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  10 ,2018

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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敬老の日
週間天気予報では雨予報だったけど 澄み切って 高度を上げ 青空にかわった敬老の日。 大阪に行ってきた。 急だったからまた今宮の大きな健康ランドで雑魚寝したのはいいんだけど 近くの「通天閣」を見に行ったら 先の台風にボコボコにされてた ガラスも割れたままだったから 欠片が落ちてこないように スリ足でそーっと「通天閣」をくぐった 「通天閣」も63歳 お年寄りと云われるにはまだ早いけど お気の毒様です(涙)

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翌朝は曇ってたけど 変な匂いがする道頓堀川の橋を回った。 阪神が優勝するとあの川に飛び込む人いるけど 汚すぎてオレ絶対無理。 朝 早かったからかもしれないけど 道頓堀川沿いにはセーヌ川沿いにあるようなおしゃれなベンチが設置してあって、そのベンチで寝ればいいのに わざわざベンチの下に潜って 若者が寝てたから ベンチが邪魔してタオルケットもかけてやれなかった ほんと風邪ひくよ


そんな若者から この日主役のご老人まで、大阪の人に愛されつづけている 「天政」。 大阪の方のブログでいろんな人がたくさん紹介してくれてたから 行ってみたかったんですー

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緊張して 注文したどんぶりの写真を撮る勇気はなかったけど 噂どおり?おいしかったですよ  「スタミナうどん」を頼んだんだけど 麺は噛んだかどうだかわからない新食感で ススったつもりが口の中で溶けて無くなったかのような喉越し。 お出汁は江戸時代から馴染みのあるような すっきりとしてて甘すぎないタイプ 適温だし。 コシのある讃岐うどんも好きだけど こんなクタッとしたうどんも大好き。 ただ、スタミナうどんにしなきゃよかった スタミナうどんは、 ほんとは細身なのに着ぶくれしたエビ天と生卵がトッピングされてて その両方がせっかくのお出汁を濁らしてしまう気がした 今度は「梅、わかめうどん」にしようと思う。

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何回も渡ったし下にも降りてグリコの看板も撮ったけど 「戎橋」の全景写真はコレしか撮ってなかった不思議。 親柱や銘板なんかはもちろん何枚も別に撮ってあるけど。 意外に若くて2007年に架け替えられてた そりゃ当然お堀の橋なので江戸時代から架かってるんだろうけど 1878年(明治11年)に鉄橋に架け替えられてからは 1925年(大正14年)石橋に替わって 現在で3代目。 ちなみにグリコの看板は現在6代目なんだそう ネオンサインだった頃は何代目だったのかな 15000Vも電圧があって消防署に設置届けを提出しなきゃいけないぐらい発火の恐れもあったから もうネオンサインはなくなっていくんだろうけど 大阪の街はネオンサインがよく似合ってた


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夏の終わり
今日はまたちょっと暑いけど 一時のことを思うと こちら地方も随分と涼しくなりました 夜には横広がりな風がブラインドを巻き上げて 鈴虫は順番が回ってきたのを思い出したかのように鳴いているし 月の輝きが際立っています

平成最後の夏は海の日も山の日もお盆も お仕事で全滅。(涙) どこにも行けていませんからネタもありません まぁ暑かったからいいんだけどね と負け惜しんどきます

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お盆明けの先週末は町内の年行事でお祭りの準備を朝早くから本番の夜、大人は打ち上げの夜中まで。 この町内に引っ越してきてまだ10年の新参者としては緊張しっぱなしだった 長老達は自分達の時は あーっだった こーだった と文句ばっかり云って 雰囲気悪くしてたけど 子供達は汗をかきながら真剣な眼差しで笛や太鼓を演奏していました 自分は子供がいない非国民だから知らなかったけど きっと随分前から練習してたんだろうな。 

祭りが終わって お寺から公民館に戻る間も列になって 演奏しながら帰るんだけど 空き缶を叩いているような音がする太鼓と花火みたいな音がする笛の音が どこの町内にでもある すだれ越しに明かりがこぼれる 昭和の台所に染み込んでいって 祭りの終わり、夏の終わりだなぁと フフン。   ガラにもなくちょっとおセンチになったことを 月に見透かされたようでした

 

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モネの橋

暑中お見舞い申し上げます   

昨日久しぶりに少し走ってきました  朝6時半頃出発したのに いつもの新木曽川大橋に取り付けらてる温度計はすでに29℃。 あと1℃高かったら引き返してたかもしれないな。 国道156号線では信号待ちのたびに顔面からも汗が噴き出していたけど 「新美濃橋」で 何事もなっかたように 穏やかな水面に戻った長良川を渡り しばらくして 国道256号線の板取川沿いになると さっきまで首筋をチクチク ツツいていた日光も遮断されて ちょっとヒンヤリするぐらいだから 天然のクーラにスイッチが入ったみたい やっと鼻歌が出るようになって10分ぐらい走ってたら 到着「名もなき池」。

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想像では マネのモネしてる だけなんじゃないかと思ってたけど ごめんなさいね。  結構いい雰囲気だった アンテークのガラス瓶を透かして見たような 不安定な透明度。 その長い時間を振り返り思考しているように ぼんやり揺らぐみなも。 浅く見える池の底を覗いていたつもりが いつの間にか オレから湧きでる「不」をその水面に映し出されて 心の淵を覗かれてしまったようでした おっかねーなもぅ。 本当にいつまでも見飽きない絵画を見ているような錯覚 間違いなく「モネの池」ですが・・・  橋だけが違う(涙)。




 

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Category: 2018年05月04日GWの思出

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GWの思い出 その3
天の川の氾濫で下界は大変なことになっていますね 歴史的とか特別警戒とか恐ろしい文字が並ぶ大雨に見舞われた各地の川で 今まさに濁流の矢面に立って頑張っている橋脚たちのことを思うと心配で心配でしょうがないんだけど クールな自然相手には やっぱり祈ることしかできません ハレマスヨウニ! ハレマスヨウニ!

GWの思い出は「平山橋」。

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箱根の大渋滞で大幅に時間をロスしたから 本当は横浜まで行きたかったけど涙を飲んで国道1号を左折して相模川沿いを遡った。 遡ったって云っても川面なんか見えやしない大都会の国道129号。 しばらく進んでから国道412号に乗り換えて、 ちょっと迷ったけど中津川に突き当たった場所に発見!「平山橋」。  はじめまして こんにちはー

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一番上の写真では分かりにくいんだけど 3連あります。  最初、1913年(大正2年)に架けられた時は一番奥(左岸側)の1連だけが鋼橋で 手前2連は木橋だったんだけど 1926年(大正15年)には その2連も鋼橋に架け替えられました この2連には 「東京 月島 安藤鐡工所製作」 と立派な銘板がついてるから日本製なんだけど 斜材にはフランスの鋼材メーカーの文字が刻まれてる

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GW初日の最後に会った静岡県の「御成橋」も被弾してるいけど、 この橋は1945年(昭和20年)7月10日にアメリカ軍機の機銃掃射を受けて 橋上やその周辺で死傷者が出てしまいました 黙祷。 その時の銃痕が残ってた めっちゃ痛そう お気の毒様です(涙)  でも今は下流側にかけられた新橋に県道の座を譲って 文化財の勲章を貰い バイクも進入禁止な人道橋となって のどかに半隠居生活を送っています  この日上流側の河川敷では大勢の家族連れがBBQを楽しんでいたからか 子供達もわざわざ渡りに来ていましたよ  平和な光景を横目に 今なおご自身の戦争体験を語り継いでくれていました 実際こんなおじいさんも多いはず  また聞かせてもらいに来ますね

「平山橋」
竣工 左岸1連は1913(大正2年) 他2連は1925(大正15年)
橋長 112.71m 幅員 4.5m
下路曲弦プラットトラスの3連



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Category: 2018年05月04日GWの思出

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GWの思い出 その2
この時期はいくらオレがハレマスヨウニと願っても なかなか云うことを聞いてくないお日様で ごめんなさいね 今年の梅雨は降る時はベチャベチャに降って 降らない時はカンカン照りだから オセロみたいにはっきりしてていいんだけど 気温の変化に体調を崩してるって いう人も多いはず でもその分、例年と違って早めに願いが届くかもね アチーのは勘弁だけど ハレマスヨウニ。

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GW2日め5月4日の3本め「森村橋」。

静岡県東部の山あいの町 「小山」 は錦糸生産の町で この地にあった富士紡績株式会社小山工場の正門前に 「森村橋」は1906年(明治39年)に架けられました 今の御殿場線が東海道線だった頃だから 当時の東海道線小山駅から工場に通じる軌道が中央に敷設されていて トラスの外側に歩道が付いていたそうです。 ご覧のように今はレールも歩道もなくなって おまけに通行止め(涙)
アメリカ式のピントラスだけど 設計は秋元繁松先生で東京石川島造船所製。 諸先輩の話だと 鋼材に「BURBACH」と読めるそうなので材料はドイツからの輸入品なんだそう ややこしいね 

ずーっと前から会いたかったから 割と小洒落た住宅街にボロボロな姿で架かってるのを発見した時は さすがにタメ息が出たけど ちょうど流れてきた富士山の雪解け水でできてる鮎沢川を もう何も渡せないのに懸命に跨ぐ姿にはやっぱり風情があって さっきとは違う熱い涙が出ました(涙) またお邪魔しますね

「森村橋」
竣工 1906年(明治39年)11月
橋長 39.2m 幅員 4.8m
下路曲弦プラットトラス(ピン結合)の1連