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  04 ,2020

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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04

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隅田川 その5
バイクでひとり旅だとどこにも密はないハズだけど このままだとGWのお出かけは中止だな 4月中に車検を通してもらって 遠くまでSRに連れってってもらう約束はしているんだけど カッパを着ていけば大丈夫かな ってバカモノ! 自分自身も具合が悪くなる可能性だってあるから ルートだけ作って行けないけど ルート作ってる時が一番楽しいし ダメでも生きてればまたの機会に走ればいいから命優先 目には見えないけど 最近は空だけじゃなくて変な空気もハレマスヨウニと願っております

すっかり怖じ気ついていますけど また年末の話と足場の呪いがかかったままの「白鬚橋」まで戻ったつづきから シレッとはじめます 

「白鬚橋西詰」の交差点を左折して 隅田川とはワンブロック挟んだ道を流れに合わせてしばらく下ると 隅田公園の奥から歓声が聞こえてくる 年末なのに何かスポーツでもやってるみたい 観光バスが何台も路駐してるから プロっぽいスポーツなんだろうか と よそ見をしながらKさんを漕いでいたら 橋の親柱にぶつかりそうになって急ブレーキ。

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山谷堀にまだ水が流れていた頃 隅田川に出る直前にかかってた橋 下の写真で見ると上路の鋼アーチ橋だったことがわかる「今戸橋ブリッジ」。 今地図で見ると山谷堀は埋め戻されてグリーンベルトになっているし 高さから見てもアーチ部は発掘したらそのまま出てくるんじゃないかな 

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かわいそうに「生き埋めの刑」を受けているけど 山谷堀の跡の先には吉原大門の地名が残っているように 吉原通いの船(親不孝船)がこの橋をたくさん潜ったそうなので 「今戸橋」には罪はないハズなのに まだまだ実刑はつづくようです(涙) あんまりにも気の毒なんで隅田川の橋じゃないのに寄り道したった 

いつか罪がハレマスヨウニと願って またしばらく進み「言問橋」の橋上から上流側を振り返ると「桜橋」が 冷たそうな隅田川に マーガリン色をにじませているから そこだけ温そうだった

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真横から撮っているから全くわからないと思いますが 上から見ると Xの 形をしている 歩道橋だからちょっと遊んじゃった橋。「桜橋」って名前の橋は何本かお会いしたことがある 名古屋にもあるし 東京にはあと2本もある 会ったコトはないけど福島にも三重県にも岡山にも広島にも台湾にだってある 金沢の「桜橋」は「犀川大橋」から見えたし 近づいたとき「薄」っと思った そーいえば富山の「桜橋」はさっきの「今戸橋」に似ているな 名古屋以外はみんな桜の名所で間違いない

隅田川にかかる「桜橋」
竣工 1985年(昭和60年)4月11日
橋長 169.5m 幅員 中央部 20m 取付部 6m
3径間連続X形曲線箱桁橋

また正面の「東京スカイツリー」に向き直り「言問橋」で隅田川を渡りきった位置にあって 漢字の銘板がはめ込まれた親柱。 1945年(昭和20年)3月10日未明の東京大空襲では多くの方が橋上で焼死しています この時あまりの火の強さに縁石のほとんどが欠けたと云われています この親柱にも痛々しく焼け跡が残っているし剛熱で欠けている

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「言問橋」は国道6号線、東京都道319号環状3号線の”言問通り”を通す橋 関東大震災後の震災復興橋梁として架橋が計画され「両国橋」や大阪の「天満橋」と並んで三大ゲルバー橋と呼ばれたとあります 大阪の「天満橋」会ったことある ここに繋がるのか フフン。   前出の「豊島橋」や「小台橋」、「尾竹橋」の初代はみんなこの形式の小ちゃい版。 「言問」という橋名は在原業平の詠んだ、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」という歌に因むとアル 「ちはやふる」の人だよね

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当時は軍艦色だったんだけど 戦争のなくなった今は年甲斐も無く(失礼)爽やかな淡水色に塗ってもらって 空と隅田川を分けています

「言問橋」
竣工 1928年(昭和3年)2月10日
橋長 238.66m 幅員 22m
鋼ゲルバー鈑桁橋 3径間
横河橋梁製作所 製

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「言問橋」を降りて下流側に進むと この辺りはまだ古い防潮堤がついてくる でも防潮堤の裏側はちゃんと遊歩道になっていて やっぱり薄着で走っている人が何人かいた  ここはKさんを担がなくても裏側の遊歩道に坂道で降りられたから 自転車もOKなんだと思う

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なんなのかさっぱりわかんないと思うけど また足場で囲われて視界が悪い「隅田川橋梁」 (東武伊勢崎線)。(涙)

「隅田川橋梁」 (東武伊勢崎線) 浅草駅 -とうきょうスカイツリー駅間
竣工 昭和6年5月25日
橋長 166m 幅員 複線
中路のカンチレバーワーレントラス

さっきまでゲルバーゲルバーって云ってたのにここはカンチレバー。 なんか理由があるのかな それにせっかく帝都復興院 橋梁課長 田中 豊先生の設計だけど 協力的じゃないのでつつっと行きます


気温は16℃まで上がったけど 少し風が出てきた隅田川沿いを河口側に進み 東武伊勢崎線の高架を潜って 親柱のランプが素敵な「枕橋」で北十間川を渡ったのはいいんだけど「枕橋」の全体が撮りたくて隅田川からだいぶ離れちゃったから 戻ろうと思って大回りしたら キンタマ が挟まってた。

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キンタマ横目に浅草通りまで出たら「吾妻橋」の目の前。 「吾妻橋」辺りは赤いから華やいで見えるけど なんか途中で足場解体をやめてほかってある状態(涙) 塗装は完璧に終わっているけどね 浅草寺に色を合わせてあるんだろうな 当然「竹町の渡し」と呼ばれた渡し舟があった場所。 初めてこの地に橋が架かったのは 1774年(安永3)江戸時代に隅田川に架橋された5つの橋のうち最後の橋。
当時の橋名は「大川橋」としていたんだけど 架橋工事中から「あずま橋」と呼ばれるようになったようで 江戸の東の橋として「東」を「吾妻」に置き換えたとか、左岸側にある「吾妻神社」への道をつなぐ橋の意味を重ねた とかいう説があります

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「吾妻橋」
竣工 1931(昭和6)年6月
橋長 150.114m 幅員 20m
上路の2ヒンジソリッドリブアーチ 3径間 他

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広重 駒形堂 吾妻橋

左岸側の「浅草通り」から「吾妻橋」を渡ると「雷門通り」になるんだ 「吾妻橋」は「雷門通り」に属しているみたい 「吾妻橋」で隅田川を渡ったのが ちょうど12時08分 フフン


浅草の老舗の洋食店でランチなので 隅田川 その6につづく


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隅田川 その4
「目ぇが赤くて喉がイガらっぽいから ”ンガンガ” 云ってるのはただの花粉症なのでその救急車には乗りません」 裏の堤防道路をピーポーピーポーピーポー鳴らしながら瀬戸際まで「黄色い救急車」が迎えに来ています 自分にもとうとう春が来ました 頭に(涙)。 年末のお話のつづきなんて もう春だからからどうでもいいって云われそうな気もしますけど 隅田川も最近の騒動もGWまでには終わらせないと後がつかえてくるハズなので お付き合いください ごめんなさいね

松尾芭蕉さんを見送って 遊歩道につづく階段をまたKさんを担いで降りたらすぐ 3本の「隅田川橋梁」が行儀よく並んで隅田川を跨いでいました 写ってはいないけど 可愛いカモ?達が水面の光を長く引き連れて優雅に泳いで行く フフン。 

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一番手前から

「隅田川橋梁」(上野東京ライン)
竣工 2005年(平成17年)銭高組さま HP情報
橋長 126.4m 幅員 9.7m
下路曲弦ワーレントラス 1連
 

真ん中の橋

「隅田川橋梁」(つくばエクスプレス)
竣工 2006年(平成18年)銭高組さま HP情報
橋長 126.4m 幅員 8.1m
下路曲弦ワーレントラス 1連


PC310210.jpeg

くぐって 一人だけ容姿も色も違う昭和生まれの粋なヤツ

「隅田川橋梁」(東京メトロ日比谷線)
竣工 1962年(昭和37年)
橋長 131m 幅員  m
下路平行弦ワーレントラス 2径間連続


つつっと行く 下流側に向き直おると 廃タイヤを周りに取り付けた鉄で出来ている「筏」のような船が隅田川に浮かんでる その「筏」にはプレハブ小屋が建ててあって よく見ると小屋の上にはエアコンの室外機、外壁に添わしてプロパンガスのタンクや洗濯機まで置いてある 住んでるのかな 蛇口は見えるけど水はどうしてるんだろう 郵便物は届くのかな って、住所が文字どうり流動的だな ちょっと羨ましいと思うのは秘密基地っぽいからかな

つつっと行く 対岸の高層マンションを眩しんで 新品の遊歩道を隅田川の流れに合わせて下ること 今度は850mぐらい マーガリンみたいな色をした「千住汐入大橋」。

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やっぱりここも「汐入の渡し」があった場所 鐘淵紡績(旧カネボウ)の工員さんたちが通勤用に利用してたから昭和41年まで運行されていた隅田川最後の渡し。「汐入」だからこの辺りまで海水が来てるのかなって思ったら「汐」って云う漢字は「夕方」って意味 らしいから関係ない 

「千住汐入大橋」
竣工 2006年(平成18年)
橋長 158.6m 幅員 20.0m
2径間連続ゲルバー式鋼鈑桁橋


「千住汐入大橋」で久しぶりに隅田川を渡ると 隅田川はまた大きく右にカーブして行く 2本目の「天狗の鼻」と云っていい 汐入公園を抜けたら 薄っすらと見えてきました はじめまして?の「東京スカイツリー」。

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よく枝打ちされた「ツリー」と云うよりは仕舞われて立ってる「アンブレラ」って感じ  これくらいの位置の大きさなら差せそうな気もするけど 立場上「ハレマスヨウニ」としては「アンブレラ」じゃなくて「ツリー」を押しときます。 この方も鉄の塊で高い構造物だけど 重力のことを考えると構造的には「立てる」より「渡す」方がしんどいハズだから個人的には橋の方が偉いってことで終結しています(断固)

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塗ってもらったばっかりかな 手前に架かっております「水神大橋」様です 橋名の由来は左岸側にある「隅田川神社」(水神宮)に因むとアル。 ここもやっぱり「水神の渡し」があった場所。  この橋は陸上で組み立てて 橋桁を船に乗せ干満の差を利用して橋脚に乗せる 大変珍しい方法で架橋されたってことは 「千住汐入大橋」とも近いし 間違いなくこの辺りは海水が混ざってる

「水神大橋」
竣工 1989年(平成元年)3月
橋長 157.0m 幅員 17.0m
3径間連続ニールセンローゼ 他


と云うわけで「水神大橋」で隅田川を渡り 大きな団地(白鬚東アパート)の公園(東白鬚公園)を抜けて 参拝してきましたよ 近隣地域と隅田川一帯の総鎮守として人々の信仰を集めています「隅田川神社」。 ご近所の方たちは 年末のこの日 お札を納めに来ていました

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今地図で見ると「隅田川神社」の鳥居が団地(白鬚東アパート)の東側の離れた位置に立ってるのを発見してしまった 残念。でも入り口にも別の鳥居が立ってたから なんの疑いもなくその鳥居だけくぐったけどね   今年1年隅田川を守っていただいてありがとうございますと年末詣です アーメン。 


次は大変楽しみにしていた 前出の「千住大橋」を設計された鋼アーチ橋の魔術師 増田淳先生が手掛けられた「白鬚橋」。 なんだけど先の道は 首都高速6号 向島線の高架が影を落とす暗い道 スーパー堤防も手伝って隅田川の水面を見せないから独りでに早足になる ちょっと不安な気持ちでしばらく進むと 案の定 足場が架かっていました「白鬚橋」(涙)。

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足場男復活。どんな星のもとに生まれたらこんなことになるんだろう(涙)。 こんな汚れが星のもとなんて居心地良さそうなところに生まれてはいないけどね(絶対)。 足場の中を覗き見するともう塗装は仕上がってる 足場解体が仕事始めって感じ 一足違いだったから一段と悔しい 

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「白鬚橋」は「明治通り」を通す橋 この地には平安時代から渡しがあって北国への要所として栄えてたんだけど 奥州街道が「千住大橋」経由、水戸や佐倉への街道が「両国橋」経由になると ここの渡しは寂れてしまったから 歴史はあるけど この地にはじめて地元の名士たちの出資で木橋が架けられたのは大正3年になってから。 現在の橋が2代目で関東大震災後の震災復興事業の一環として架けられました 名前はやっぱり近くにある「白鬚神社」に因むとアル。 橋と神社って関わりがあるんだね

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「白鬚橋」(しらひげばし)
竣工 1931年(昭和6年)8月8日
橋長 168.8m 幅員 22.1m
ブレーストリブ バランスド カンチレバー タイドアーチ

役がいっぱいついてる満貫な橋。  しなやかなアーチを描き 優美に横たわっているであろう御神体も 養生ネットでモザイク化され 足場で厳重に囲われていては どうやってもオレに勝ち目はない 涙の味がするって云う「塩水」で顔を洗って出直します  まぁ「白鬚橋」も窮屈そうで出たがって(オレに会いたがって)いたし 何よりキレイにしてもらったんだから 東京都の偉い人に感謝 ありがとうございます

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「白鬚橋」で隅田川を渡り さよならを云って 右岸側の防潮堤沿いの道を結構進んだ場所。 近づいているハズなのに霞んでいく「東京スカイツリー」はツンデレ? 何かの現象なのかな しょうがないからUターンしてまた「白鬚橋」こんにちは(照)

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葛飾北斎 雪月花 隅田


気を取り直して 隅田川 その5につづく



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隅田川 その3
腹筋を鍛えるのに一生懸命すぎるために うわの空で「空を見る少女」にはさよならを云って  バイクは乗り入れ禁止だけど Kさんとなら通れる 隅田川沿いの「遊歩道」?とまでは云えない 通路を川の流れと合わせて下ること500m。 さっき「小台橋 」の橋上 から眺めた「尾久橋」と「日暮里・舎人ライナー 隅田川橋梁」をくぐった。

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上の写真右側、青竹色の箱桁が「尾久橋」の上りと下り。  左側の背高ノッポさんが「日暮里・舎人ライナー 隅田川橋梁」。 交通量が多い「尾久橋」だけど裏側は 隅田川の水面同様のんびりしている  ここからしばらく行った「尾久橋スカイハイツ」東側に設けてある「小台東公園」から先はこの通路が無くなってしまい「小台東公園」の中を通って これまた交通量が多い都道に追いやられてしまう  大きなトラックの大きなタイヤが耳元で回る都道の端を 小さなKさんとプルプルしながらおっかなびっくり進み 追い立てられるようにして「通り抜けできません」と書かれた公園に逃げ込んだ  その「尾竹橋公園」を"通り抜けた" 先に 「尾竹橋」が無風の冬の青空にも引けを取らない その青さを より高く誇っているようでした

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「尾竹橋」
竣工 1992年(平成4年)
橋長 130.3m 幅員 15.0m
ローゼ他

「小台橋」と同じバブリーな時代生まれなのに「豊島橋」とそっくりで地味目の橋。 イヤもともとローゼ橋自体はオシャレさんだから地味って云われる筋合いもないけど 同じ区なのにどうして「小台橋」だけがゴージャスなのか意味が知りたい。 「尾竹橋」も「尾竹の渡し」があった場所。 元々は足立区側にお茶屋があったから「お茶屋の渡し」と呼ばれていたんだけど そのお茶屋さんに「おたけさん」っていう看板娘がいたことから こう呼ばれるようになったとアル。 ベッピンさんというよりはチャキチャキ系だったんじゃないのかな

「おたけさん」にニヤッとなって「尾竹橋」にはさよなら云って下流側に向き直ると「おばけ煙突」のモニュメントを発見

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個人的にこち亀の両さんの少年時代を描いた「おばけ煙突が消えた日」は超名作だと思ってる そうか 子供の頃から知っている 両さんのナワバリに近づいてきたんだな   画像検索すると 欄干とランプがお洒落な「旧尾竹橋」のゲルバー桁橋から撮影された「おばけ煙突」の白黒写真が沢山出てくる  解体が決まってから 解体に反対する人が煙突によじ登って84時間も篭城したり 解体間際の1964年(昭和39年)8月26日には煙突の下で地元住民による「煙突とお別れの会」が開催されたそうで 両さんだけじゃなくてみんなから愛され親しまれていたことがわかる

案内板にプリントされた「おばけ煙突」と町内風景の白黒写真を見て ちょっとだけおセンチな気分になったけど 気を取り直して 小綺麗に整備された遊歩道と水面が見える隅田川に沿ってこぎだしたのはいいんだけど しばらくしたら また防潮堤が出てきて 住宅も混み合ってきたから ほんとはここ通っちゃいけない道なんじゃないの?

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途中Kさんを担いで階段を降りたり 木造3階建てが当たり前な町内に紛れ込んだりしちゃったけど なんとか 浅いグレーに塗られた防潮堤に食らいついていくと限られた視界の中、なんの罪もない青空の中にいる「隅田川橋梁」(京成本線)の鉄橋をくぐった。 この辺りは従来のいわゆるカミソリ堤防に阻まれて隅田川の水面は全く見えない

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「隅田川橋梁」(京成本線)をくぐったら否応なしに川沿いを離れ 何かの工場や住宅が混在する町内に迷い込む 曲がり角にある大きな和菓子屋の工場前に 道路に向いて設置してある自動販売機で小さくて冷たいお茶を買い 一気飲みするときに仰ぎみた工場のベランダで 従業員さんであろう作業服の男性がうまそうにタバコを吹かしていた 和菓子屋さんって年末も年始もないんだね お疲れ様です   やっと見えたカミソリ堤防の端っこは階段になってて またKさんを担いで堤防の向こうにまわり 振り返った「隅田川橋梁」(京成本線)。

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「荒川橋梁」(京成電鉄本線) 現「隅田川橋梁」(京成本線)
竣工 1931年(昭和6年)
橋長 115.37m 幅員 複線
下路曲弦ワーレントラスの2連

竣工時はまだ荒川だったんだ フフン。

チャチャっと行く
下流側に向き直ると この辺りはスーパー堤防が完成済みで カミソリ堤防の一部が石碑みたいに保存されていた 立ち退きとかいろいろ大変なんだろうね そういうのとか無理そうなところは「豊島橋」辺りのようにカミソリ堤防自体を補強する方向みたいだし

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「荒川橋梁」(京成電鉄本線)からは隅田川がまた蛇行しているから見えなかったけど 蛇行に沿って600mぐらい進んだ先、 その先にもまた大物が見えてるけど  とりあえずこちらの方は 人も電車も渡せない「東京電力荒川専用橋」そう電気が隅田川を渡る橋。 お名前に「荒川」とありますので さっきと同じように竣工時はまだ「荒川」だったのかとおもったけどはっきりしない 1957年の航空写真には写っていなくて 1961年の航空写真でお目見えになるので その間の架橋で間違いない この頃は昭和もしっとりと良い時代だから 昔の名前ぇーえで でてぇーいいまぁーあすぅー

「東京電力荒川専用橋」はランガー。

鼻歌を歌いながら下流側に向き直ると お待ちかねの「千住大橋」 とその手前(上流側)に「千住水管橋」がさっきから見えてて 鼻歌を歌ってごまかしてるけど 気が気じゃなかった

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映画にまでなった「荒川アンダー ザ ブリッジ」のブリッジ。 作者は元「荒川」だったのをご存知だったのか 国道4号(日光街道)が隅田川(荒川)を渡る橋を選ばられる辺り かなり精通されているとは思いますが 作中のアンダーさ加減は 実際よりかなり大きな広がりを感じます いやそれも橋の下への強い思いゆえなのでしょうか   またここから当時の「晩翠橋」にまで繋がってるのかと思うと ぢんとします

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上の写真に自転車に乗ったジェントルマンが写っていますから 大体 人との大きさの対比がわかると思います すでに昔からあるからシレッとして見えますけど もっと周りに何にもない昭和の2年、こんな橋が現れた時の地域の方々の気持ちはどんなだったでしょうか(笑) 間違いなく頼りにしたことでしょうね 設計は鋼アーチ橋の魔術師 増田淳大先生、先生の作品は他にも隅田川沿いにもまだこれから出てくるし 渡瀬川の帰り道でお会いした「荒川橋」やもう居なくなってしまったけど「天龍橋」なんかはこの「千住大橋」とやっぱりよく似ています

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日光、水戸、奥州三街道へと繋がる江戸の玄関口、奥州街道が隅田川を渡る「千住大橋」は徳川家康が江戸に入府直後の隅田川初の橋として1594年(文禄3年) 伊奈忠次「橋奉行」がかけた橋。 当時橋の長さは120m  家康の入府が1590年だからめっちゃ最初の指示の架橋 関東各地へのアクセスが重要になると考えてのことだとわかる 銘板にも「大橋」とアルように当初は「大橋」とだけ呼ばれていたけど 「両国橋」架橋後から「千住大橋」と呼ばれるようになったともアル。

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「千住大橋」
橋長  91.6m 幅員  24.2m
竣工 昭和2年(1927年)12月12日
鋼ブレスドリブタイドアーチ

「千住水管橋」もランガー。

ついでに「荒川橋」の親柱はすごく立派だなと当時思い わざわざ?親柱だけの写真を撮ったのを覚えてる 今回「千住大橋」の親柱を見て 先生のこだわりが見えた気がしました アメリカで橋梁の設計を学んでどこかの会社に勤めるのでなく個人事務所を構えて頑張られていた先生は親柱に少し「和」の繊細さを表現したかったのかもしれません 親柱のデザインは別の人かもしれないけどね

この場所が 松尾芭蕉さんの大作「奥の細道」のスタート地点でもあります 来れて、いい天気でほんとによかった

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広重 千住の大橋

隅田川 その4につづく

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隅田川 その2
「新豊橋」に影を落としていた大きなマンションと隅田川の間には 赤いアスファルトで遊歩道が整備されていて 朝からジョギングしている人や Kさんよりもっとしっかりした いわゆるロードバイクの人達が 朝日を眩しそうにしていた。 大きく右に曲がっていくように見えた隅田川は もっとも荒川に近づいた地点でもう一度右にカーブしていき 半径300mぐらいの半円を描くことになって その半円の終点に「としまばし」も 水面とそんなに離れない位置に 若々しく架かっていました

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奥に見えている「首都高速中央環状線隅田川道路橋」が 我関せずと隅田川をしなやかに跨いで行く 上弦も下弦も利用して 上路プラス下路 ダブルデッキのワーレントラス。

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もう少し右に振ると「五色桜大橋」もいるんだけど「五色桜大橋」は荒川なんで今回は割愛。「豊島橋」の橋上で振り返ると 半径約300mの半円を描いた隅田川と荒川の堤防がもっとも接近したあたり、「天狗の鼻」とよばれる場所に鎌倉時代からつづく「六阿弥陀の渡し」(豊島の渡しとも)があった場所。 そこに1925年(大正14年)木橋の「初代豊島橋」が架けられ またそれも老朽化によって 1960年(昭和35年)に下流の現在の位置にゲルバー式鋼製桁橋の「2台目豊島橋」が架けられました
 
豊島橋

上が現在の地図 「3代目豊島橋」

「豊島橋」
竣工 2001年(平成13年)
橋長 106.7 m 幅員 15.0 m
下路のローゼ

旧豊島橋

図177-2 豊島橋、江北橋付近(1961年3月)出典:KT611YZ-2-247(1961年3月)国土地理院より拝借

1961年の航空写真には初代と2代目が同時に写ってる 現在団地になっているあたりで白く光っている大きな工場の屋根は「日産化学王子工場」で さっきの「新豊橋」が架かってるあたりから すげー煙吐き出してるのが「東伸製鋼東京製造所」とのこと。 この煙は高炉の煙なのか オレですら生まれてないけど イケイケな昭和の風景が見えます


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「豊島橋」で隅田川を渡り 今 地図で見ると Kさんとならいけそうな隅田川沿いの遊歩道は「左岸防潮堤耐震補強工事」のため この期間、この区画だけ封鎖されてたのか  現在位置からは「左岸防潮堤」と隅田川に沿って下ること 1k弱。 
 
なごりの川霧に艶をもらった「小台橋」が 冬空に輝きはじめていました 

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橋の中の両サイドに歩道があって 川側じゃなく車道側に水勾配が切ってあるのは桁に堰き止められてるからだろうな 欄干の縦格子一本一本に桜の花びらが彫ってあったし 片側2箇所、計4箇所に「納屋橋」ばりのバルコニーが設置してあるから この橋は急いで渡るんじゃ もったいない 一歩に3秒ぐらいかけて バルコニーではテーでも飲みながら 隅田川の水面に心の淵を映して ぼんやりと優雅にお過ごしください

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親柱のランプも橋上の街路灯にもバロック建築あたりの雰囲気があるし 歩道には銀杏の葉型にくり抜かれた大理石が敷かれ 車道と歩道の間の欄干にも銀杏の葉が形どられてるのとか 独創性にあふれてる 一見似たような作りの「豊島橋」とは明らかに予算が違うな  調べてみたけど「小台橋みずき通り」が「パリのなんとか通り」と姉妹提携しているっていう噂も聞こえてこなかった

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バルコニーから下流側を見ると「尾久橋」と よく見えないけどその奥「日暮里・舎人ライナー隅田川橋梁」が とりすました水面に影を滲ませていました。 

「尾久橋」
竣工 昭和43年(1968年)5月
橋長 431.0m 幅員 24.0m
3径間連続鋼床鈑箱桁橋

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南詰めの上流側には この状態で空を見ると腹筋一番辛いんじゃないかな?  頑張っている「空を見る少女」像がマゼンダピンクのかわいい花に応援されていました 寒いのを我慢すれば今日の空は見上げるのに打って付けだけど 雨の日もあるよね

でも瞳を覗いてみたら 若いのに悟りの境地に達していた まさに開眼 心の奥までハレ渡ったような瞳だったから 意地悪なことを云ってごめんね

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「小台の渡し」(尾久の渡しとも称された)があった場所。 江戸時代より江北や西新井、草加方面への交通の要所として賑わっていた この地域は古くから洪水が多く 沿岸付近は他よりも台地になっていたから「小台」と名付けられたとアル。 明治、大正、昭和と時代の流れとともに交通量が増加して渡し船での輸送に限界がきているとして 1933年(昭和8年)初代「小台橋」(ゲルバー式鋼鈑桁橋) が完成すると小台は一躍新興商店街になりました やっぱり橋って偉大だ フフン。

「小台橋」(おだいばし)
竣工 平成4年(1992年)
橋長 122.0m 幅員 15.0m
下路の鋼ニールセンローゼ橋 1連

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「小台の渡し」 足立区のホームページから拝借


結局3本しか進まなかったけど 隅田川 その3につづく


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隅田川 その1
翌朝 大晦日 AM6時37分

やっぱり明け方に少し降ったみたい 霜が溶けたのかな アスファルトがより黒く染まってる 気温が6〜7度とそんなに低くないのがせめてもの救いだけど 大変な思いをさせてしまった ごめんなさいね

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大広間の食堂には舞台があって のど自慢が3人ぐらい 替わりばんこに様々なジャンルのカラオケを披露していたのも肴に お酒を飲んでる自分も ご飯を食べてるご家族も自然に笑顔で耳をすまし 知らない人なのに歌い終わるとみんなで大拍手したりして 一人旅でも楽しませてもらいました そしてお世話になりました

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東北本線の「川口駅」の東口を出た交差点でKさんを組み立てて 朝日に向かって出発。 しばらくして国道122号に右折して入る この国道122号は知ってる。 反対に北上すると利根川を渡り 長いこと渡良瀬川とわたらせ渓谷鐵道と並走し「銅街道(あかがねかいどう)」と呼ばれて 足尾を渡り 細尾峠をトンネルで越えると 日光までつづく大変素敵な道。 今も目を閉じればハッキリと思い出す 細いのに力持ちな「渡良瀬川橋梁」(東武佐野線)、鼻歌を歌った「渡良瀬橋」、淡い新緑に彩られた山間を貫く「第二渡良瀬川橋梁」(わたらせ渓谷鐵道)。

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「晩翠橋」のリベンジかねてまた訪ねてみたい みなさんお元気でしょうか(遠い目)




南に向き直って国道122号の「新荒川大橋」で荒川を渡る時 右手に東北本線の「荒川橋梁」が見えたけど今日の目的は隅田川の制覇だから欲張ったらダメ。 でも昨日の「十条跨線橋」はあそこにいたんだ わりと近い引越しだな。 「新荒川大橋」で荒川だけを渡り Kさんとだから入れる側道から 荒川岩淵関緑地に降り立つと その色から「赤水門」と呼ばれた「旧岩淵水門」。メチャメチャ逆光だったので通り過ぎてから振り返って1枚

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また向き直って「新岩淵水門」。 「新岩淵水門」もやっぱりその色から通称「青水門」と呼ばれてる

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「新」って云ってもコアラが鼻水と涙を流しているような ちょっとレトロな雰囲気のオシャレさん  赤水門は1924年(大正13年)に竣工したんだけど 老朽化や地盤沈下などの問題と洪水調整能力の強化も含め 青水門建設を余儀無くされて 青水門竣工の1982年(昭和57年)にはお役御免となりました 青水門は200年に1回の大洪水にも耐え得るように作られているんだって こんな顔して結構やるね

荒川

「岩淵水門は荒川と隅田川とを仕切る水門。かつて「荒川放水路」と呼ばれた人工河川を現在は荒川と呼び、かつての荒川を「隅田川」と呼ぶ。この水門はこれらの分岐点にある。」とアル また、「荒川放水路は荒川のうち、岩淵水門から、江東区・江戸川区の区境の中川河口まで開削された人工河川を指す。全長22 km、幅約500 m。1913年(大正2年)から1930年(昭和5年)にかけて、17年がかりの難工事であった」ともアル。 ここからの荒川は大阪の淀川と同じで大暴れする川を治水するために作られた人工河川だった このことから 意外だったんだけど「隅田川」って呼ばれるようになったのが昭和に入ってからってのも納得。

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記念すべき隅田川の一本目「新岩淵水門」で隅田川を渡って左岸側を下ると 隅田川は大きく右にカーブしていき荒川と離れて 配送センターや町工場が目立った町内、 中洲状になってしまった足立区新田地区を形成していて もっとも荒川と離れた場所に「都道318号環状七号線」が通る その「環七」が隅田川を渡る橋が「新神谷橋」。
 
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Kさんを担いで階段を登って歩道橋上には立てた 上の写真じゃわからないけど 上りと下りの2本並行して隅田川を跨いでいます いい天気。 もともと「宮堀の渡し」(神谷の渡しとも称された)があったところ その頃は「荒川放水路」は無かったわけだから もっと波うってて危険度も高かったハズ

「新神谷橋」
開通 1965年(昭和40年)2月12日
橋長 153.0 m 有効幅員 20.0 m(車道8.0 m、歩道2.0m)
カンチレバープレートガーダー
46.0 m + 61.0 m + 46.0 mの3径間


「新神谷橋」の橋上からまたKさんを担いで階段を降りると 浅いグレーで塗られた「隅田川右岸防潮堤」で遮られた歩道沿いを下ること600m 。 なんの為なのか この時すぐ隣で仮橋の仮設工事をしていた「新田橋」。

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「新神谷橋」の写真は「新田橋」の橋上から撮ったもので バレてると思うけど この「新田橋」の写真も もう一つ下流に架かってる橋の橋上から撮ったからちょっと遠かった  「新田橋」もやっぱり「野新田の渡し」(馬場の渡しとも)と云われた渡しの跡地に架けられた橋。 AM8時14分

「新田橋」
竣工 1961年(昭和36年)3月
橋長 114.0m 幅員 9.0m
5径間連続 鋼ガーター橋


「新田橋」から500m。 また「隅田川右岸防潮堤」で隔たれた歩道を進んで堤防に上がると「新田橋」の写真を撮った「新豊橋」に到着。

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この時間、南詰めに立つ大きなマンションの影が橋上を覆って艶を失う気の毒な橋。 新しい橋だし いい天気なのにね

「新豊橋」
竣工 2007年(平成19年)3月
橋長 105.0m 幅員 車道9.0m + 歩道3.75m×2
単純箱桁 アーチ複合橋

下流側を見ると 荒川が迫ってきて隅田川はまた大きく右にカーブしていく 次の橋は見えない お日様が完全に上がっているから Kさんとだと汗ばんでくるぐらいあったかい ここで手袋とニット帽をリュックにしまって大きく深呼吸 手首足首を回して 冬日和に感謝。


まだ隅田川4本目だけどヨシとして 隅田川 その2 につづく