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プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷
待ちに待った後半のゴールデンウィーク。 太陽が後押しするから2泊3日で富山県に行ってきたぁー もちろん一人。友達も少ない。でも平気。 前半にしっかり嫁孝行したので 今回もそんなに罪悪感はないし 2日酔いでもない5月3日の6時24分。 4月は1メートルも走ってなかったから 見て、SRはもうやる気満々。

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ほったらかしだった割にチョーク引いたら キックは2発目で小さくかかりはじめてすぐ大きく回りだした やっぱりウズウズしてたんだと思う。

いつもの国道22号「新木曽川大橋」で木曽川を渡る橋上の温度計は7℃。 チッカーンと輝く朝日とはウラハラに気温は低くて2月に逆戻りな体感。ウインターグローブを選ばなかったから指先が冷たい。  

いつもの国道156号で金華山をくぐる時 頂上の岐阜城は相変わらずの凛々しいお姿。 おはようございます  震えながらも順調に長良川沿いを進むと また長良川の川幅一杯に渡した何家族もの鯉のぼりが 寒いけど季節感をたっぷりと演出。助かるわ  奥の赤い橋は「州原橋」。いつか寄るね

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日はズンズン昇るのにどこの温度計を見ても ちっとも気温は上がってなくて気分的にもまいる 励ますつもりで数字だけでも1℃ぐらい上げといてくれればいいのに。 気のきかない国道156号にブツブツ云ってると「下田橋」の親柱であらせられる円空仏様が笑顔で迎えてくれた なんかすみません おはようございます。

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久しぶりにやっとく

「下田橋」1987年(昭和62年)川田工業製
橋長139.7m 幅員11.5m
下路で平行弦のワーレントラス 2連

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誰がなんと云おうとオレには笑顔にみえる。 円空仏様にこの先の無事故を祈願して「下田橋」で長良川を気の進まない国道156号と一緒に渡る。

対岸に渡ると大概は山の陰になってワントーン暗くなるから余計に寒く感じる これからせせらぎ街道に乗って西ウレ峠を越えるのに いったいどうなってしまうのか心配になってきた

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心配をよそに長良川を離れ郡上八幡の「八幡大橋」で吉田川を渡った ちょうど8時04分。人の気も知らないで順調にせせらぎ街道に入った。 せっかくのゴールデンウィークに北海道は雨だったって聞くし 天気は満点なんだからわがまま云ったらバチがあたるかな

新緑のこの季節。楽しみにしていた国道472号のせせらぎ街道で吉田川沿いを上る。
 
聞こえる 聞こえる いつもよりおおきく川のせせらぎが聞こえる すぐ近くでピーピケキョ ケキョ ケキョ。本人探すけど見つけられない 美声だけで十分だし 寒いの許す うーん幸せ。

道が開けてゆるやかに上って行くせせらぎ街道の途中 遠くからでもはっきりとわかったよ 満開とまでは云わないけど ぽんぽんに咲いたべっぴんさんの微笑みに 素通りなんかできっこない

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下をのぞくと働き者のおとうさん 今日植えるのかな

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前を見ると 早く行こうと急かすSR 

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結構お年を召されているのかな 季節が違えば見つけられなかったはず  通勤路とかでもあれあなた桜だったのって経験あるし ラッキーだった  べっぴんさんに見送られ青空の下に再出発。

明宝温泉の看板を横目に 急勾配のコーナーをクリアすると坂本峠を坂本トンネルで一気にくぐり 川のせせらぎは馬瀬川にバトンでタッチ。 道の駅パスカル清見をスルーすると 右側にかわいそうなネーミングで知られる下呂から国道257号が合体。

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ここからのせせらぎ街道は国道472号と国道257号の重複区間で仲良くやっていく 

何本かの橋でとってもきれいな馬瀬川を渡り、眺めながら またどんどん上って行く感じ 写真は暖かそうだけど陰になった場所に取付けてあった温度計は5℃を示していたから 自分で気をしっかりしろとつぶやくけどその声も届かない この辺りはまだ新緑が芽吹く気配もしない。  知らないうちに岐阜県道73号に変わってることにも気づかずに寒さと闘ってたら 道の頂上が見えた。 西ウレ峠だった。

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しっかり立ってよって つっこみたくなるけど この看板を発見したときは あーここが一番寒いんだ ここからは1℃づつ暖かくなるんだと思って じんわりと肩の力が抜け安堵した。 天気は相変わらず満点。


まだ岐阜県だけど 頂上達成を記念して 黒部渓谷その2につづく これはきっと長くなる



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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その2
自分が着てくる服装を見誤っただけなのに なんの罪も無いせせらぎ街道に 小さな恨み みたいなのを勝手に感じてた そんな感情をいつまでも持ってても仕方ないから 西ウレ峠でしばらくお日様に当たって浄化してもらった 走ってなければ当然全然寒くない

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西ウレ峠の看板の裏側から 今走ってきた方を向くと 頂上なのにもう ”せせらぎ” が始まってる 馬瀬川になったばっかりでまだ細くて小さな声だけど 癒し効果としてはいっちょまえ ちゃんとしたもんです。

西ウレ峠でせせらぎ街道と和解して再出発。 当然だけどここからは下り 文字通り寒さも峠を越えたせせらぎ街道。 しばらくして聞こえてきた今度の ”せせらぎ” は川上川が受け持つことになった 馬瀬川も川上川も透き通った美しい声だから 甲乙つけがたい 

新緑には早すぎて冬と見間違うような景色だったけど 大自然の中の一本道だからお金出してもいいぐらい空気もうまくてニヤニヤしながら後半のせせらぎ街道を満喫した 

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町に下りてきて 一旦国道158号に入ったけど 混んでるであろう高山市内をさけるために もう一度県道73号に入ったら 今度は北アルプスがお出迎え やーわざわざご苦労様です。


急激に暖かくなってきた県道73号をしばらくし進むと かわいい駅舎を発見して寄ってみた「上枝駅」。

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これで「ほずええき」両方共難しい漢字じゃないだけに絶対読めん 大和と書いてやまとと読む状態。
別棟のトイレもかわいいなと思って借りたけどギリギリセーフなトイレだった あぶなかった

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高山本線の電車は1時間に1本ないときもある 当然無人駅だから次の駅までだったらタダかもね 

Uターンして「八千代橋」で宮川を渡り やっとこ 国道41号の東街道にでた この辺りは大きな道だけど田んぼだらけで開けてた そう云えばこの辺りはまだ水も張ってなかったような 「上枝駅」と同じ色の板金屋根の家が結構多い みんな同じ塗装屋さんかな 売れっ子はうらやましい

一気に走ってしまいそうな道だけど 随分前より飛騨古川駅の方面から呼ぶ声が聞こえてる ちゃんと聞こえていますよ  返事をしながら知らない道で線路の方に向うと うまい具合に荒城川沿いにでたから 沿って進むと たいへんお会いしたかった「霞橋」が 神社や古い旅館、小さな商店が建ち並ぶ趣のある町内に 厳かに架かっていました  初めましてー

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「霞橋」
1950年(昭和25年)
竣工は1951年(昭和26年)3月とありました 
下路のポニーアーチ 1連

ずんぐりむっくりとは口が裂けても云いません すばらしい重厚感ですね 井桁に組んだ親柱の上に意味有りげに蔓河骨の家紋が乗ってるけど意味わかんないから ヒントちょうだいギブアップ。 すぐたもとで営業してる「八ッ三館」となんか関係ある?

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文化財のプレートが誇らしげだった古い旅館。入口をのぞくと 打ち水がしてあって 1万円じゃ箸も出てこないような雰囲気にあわてて逃げてきたから関係性がよくわからない  まぁいいや。

「霞橋」にさよなら云ってUターン。 謎を解きに また来ます


国道471号との分岐で国道471号に付いて行く高山本線車に手を振って見送ると国道41号は車も少なくなって これからどんどん上って行く 前を行く遅いマイクロバスの運ちゃんが登坂車線に寄ってくれたから 遠慮なく抜かさせてもらったら 前には誰もいないし しばらくしたら後ろのマイクロバスも見えなくなって 晴天の国道41号東街道を独占して常にニヤニヤ。 登り坂だから あのぽっかり浮かんだはぐれ雲に手が届きそう どこまでいくんですかー と叫んだ声に 聞き慣れた音が重なって我にかえる。


スピードですか?と尋ねたオレに直接的には答えずに「もうちょっとだけゆっくり走って下さいよ」と曖昧な返事をする青い制服がとっても似合う青年。 今日一番会いたくない人はあなたでした 

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昨日もおじさんライダーが国道257号で亡くなったようで スピードを出すことがすごく危険なことだと切々と語ってくれました   こうやって並べると同じ乗り物として括ってはいけないような体格差だし この子普段は80キロなんて出ないはずなんですけど ごめんなさいね 記念写真撮ってますけど ちゃんと反省してますからって云ったら笑ってくれた

青切符作ってる時に通り過ぎる 何台もの単車乗り達は みんな優しい目でオレを見てた 浮かれた天気でも抑止力になったことでしょう 

どちらまで行かれるのですかの質問に あの雲に聞いて下さいと 指をさした空に 雲は待っててくれるはずもない  最後にこの先にも白バイはいますからお気をつけてと ありがたい情報と気遣いを頂き彼とは別れた 「下田橋」に無事故は祈願したけど 無違反も頼んどけばよかった


目から液体が出てるけど 気を取り直して 相変わらず誰もいない晴天の国道41号東街道を一人上って行く。

大きな声では云えないけど50キロ制限の所は65キロまでは捕まえないって さっきのお巡りさんが教えてくれた 彼だけかも知れないですから自己責任ですけど メーターで65キロを気にしてたら 65キロって遅いね 気づかないうちに結構出してたんだなと大反省。 ゆっくりゆっくり走ってたら神岡町の看板を発見して国道41号を下りる

この町は少し閉鎖的に感じる城下町な雰囲気。何とか高原川沿いに出るとすぐ「西里橋」で高原川を渡った橋上で川上側を見て確認しました「藤波橋」。たいへん珍しいボーストリングトラス。 一際映える赤い橋は新しい服を着せてもらって うれしくてはしゃいでる子供のように 高原川を跨いでいました

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「藤波橋」
1930年(昭和5年)
橋長 40.6m 幅員 4.5m 
下路でボーストリングトラス 1連

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やっぱり奥にお城のような建物が見える神岡城なのかな  昭和5年って割に幼く見えるね 若さの秘訣を教えてほしい

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さすがに神岡町だけあって親柱が宇宙的な感じもするけど なんなのかな 正直に云うとなぜか バラバラになった「ユリネ」みたいだと思ったけど 独創的なのは間違いない 


気丈には振る舞っていましたが やっぱりこの辺で 黒部峡谷 その3につづく



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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部渓谷 その3
もう大丈夫。 5月も終盤に入ってしまったし 梅雨明けまでには終わらせなきゃ 夏は夏でいろんなところに呼ばれてる  いつまでもメソメソしてはいられない メソメソはこんな心にそっと入り込んで悲しい気持ちを少しでも引きずらせようとする困った生き物だったのを 思い出してよかった そしてまた一つ大人になった。


「藤波橋」の橋上から下流側を見ると さっき渡ってきた「西里橋」。色のせいか柔らかな表情がいいヤツそう この町では「藤波橋」ぐらい自己主張しないと 誰もあなたの良さをわかってくれませんよ

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「西里橋」
1951年(昭和26年)
橋長 71m 幅員 6m 
下路のタイドアーチで1連

振り返るとSRは なんの反省もしていないご様子。 

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だいたいあなたにあんなポテンシャルがあるなんて まだ信じられん いつもブルブルすごい振動するくせに。 いかん まだひきずってる

気を取り直して「藤波橋」に また青空のもとでの再会を約束して さようならをいい  貧乏くじばかり引いてる「西里橋」を労りの横目で敬意を表し  最初、閉鎖的に感じたのは自分の心の問題でこの町に罪はなく 茜色の板金屋根が並ぶ 小粋な城下町を後にした


しばらく高原川沿いを下ると「宝橋」を発見。 わかっていた事だけど この「宝橋」のすぐ上流側、写真手前には2006年(平成18年)12月1日に廃線になった神岡鉄道の「高原川橋梁」が架かっていたけど 今はもう いない。

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「宝橋」
1935年(昭和10年)
上路のコンクリートアーチで1連


神岡鉄道の「高原川橋梁」は いつもよく行く長良川鉄道の「第五長良川橋梁」のアメリカ人と同じタイプ。それもそのはず 元々は東海道本線の「大井川橋梁」の16連がバラバラになって各地について生き別れた 血のつながった兄弟。長良川鉄道の「第五長良川橋梁」はご存知の通り現役だけど「高原川橋梁」は解体撤去されて何も残っていない 少しの差で「高原川橋梁」が「第五長良川橋梁」だったかも知れないと思うと ぽっかりあいた空間を見て 涙がでる。 

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運か 

対岸の国道41号側にも橋台部のコンクリートの塊は残ってるな でもアメリカ人が乗っていた川の中の橋脚はきれいにハツられて存在しない

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神岡鉄道を廃線に追いやった 恩知らずの神岡鉱業側にもプレートガーター橋が乗っていた橋台が残っている  石垣に残る錆跡に流してきた血を思いかぶせる。 間違いなくここにいたね お会いしたかったです(涙)


ヤフー地図には在りし日の「高原川橋梁」がまだ写ってた! 上から見ても男前なのがわかる 左上が「宝橋」。

ス

大井川時代にみんなでわいわい賑やかにやっていた頃に思いを馳せ いつかその地を見てこようと誓った また来ます。


「宝橋」で高原川を渡り国道41号に右折して入ると ここからの国道沿いは民家もなくなり またどんどん高度を上げて行き 名前も越中東街道にかわった。

車もそんなに走っていない対面通行の道。 しばらくすると「割石温泉」の看板。 震災後に湯量が増えたと報道されてたのを思い出したけどスルーした。  遠くにまだ ぽつん ぽつんとサクラが咲いてる 山の中の国道41号をしばらく行くと ロックシェッドとロックシェッドの隙間にバチんと見えました「第二高原川橋梁」。

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これも神岡鉄道の橋梁で この方は元常磐線利根川橋梁。はるばる一人でこられたけども 今は使われていない可哀相な橋。

「第二高原川橋梁」は漆山駅-神岡鉱山前駅間に架かる橋
開通 1966年(昭和41年)
橋長 77m
下路 曲弦のプラットトラス 1連

製作は1922年(大正11年)?とあります

現役を退いたとは思えない肌艶だけど やっぱりどこか物悲しい雰囲気。 何年も誰とも会わず 一人、雨や雪に打たれつづけて すっかり冷たくなっているのかな

冷たくされてもまた来ますよ 
心を閉ざした「第二高原川橋梁」に踵を返し またしばらく国道41号を進むと 横山トンネルで峠をくぐり 川はお待ちかねの神通川になった  次のトンネルをくぐる手前で その神通川に注ぐ宮川に架かる 神岡鉄道の「宮川橋梁」が左側に見えたけど 後がつかえてて急停車も出来ずに素通りしてきた あーまたやっちゃった

けどUターンしてトンネルをくぐり直す気にもならずにもうちょっと行くと「神峡橋」が待っててくれました

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「神峡橋」
竣工 1969年(昭和44年)
上路のアーチ橋 1連

「神峡橋」で神通川を渡り すぐUターンして もう一回「神峡橋」で神通川を渡って国道41号に戻ると 随分前に手を振って別れた高山本線に再会。 高山本線はオレが切符をきられた事をしらない 


国道41号に戻って割とすぐ 川面が近づいてきたなぁと思った所に 巨大な橋脚の遺構が川の中に残っている

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コンクリートの橋台は川の中に6〜7m角が2台 見えないけど対岸にも塊がある この橋台の上に鋼橋がのっていて対岸の丘から鉄道を渡していたのは、昭和6年から昭和42年までの間。 「神岡軌道」の「神通川橋梁」としてがんばっていた。 2006年に廃線になった「神岡鉄道」と区別されるのは、 もっと前の鉄道で「三井鉱山株式会社」が敷設した鉄道。 当初は、鉱山専用軌道だった。 

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建設途中の神通川橋梁(土木建築工事画報 第7巻10号「竣功せる神岡軌道神通川橋梁」より)

「神通川橋梁」神岡軌道
供用が 1931年(昭和6年9月16日)
全長 294m
水面からの高さ 57mまで持ち上げた桁。
使用鉄骨  550t
トレッスル橋脚に乗ったカンチレバートラス

身長57m 体重550tと云えば そう コンバトラーVとまさかの一致。

ロマンいっぱい眺めてみても 実はコンクリートの塊はゴミにしかならないからハツるのめんどくさくて残ってるだけ でもいい こんな遺構でも残っていれば 次の世代の人も気にかけてくれるはずだから

 
国道41号に戻りまたほんのちょっと進んでロックシェットを抜けると 国道41号上の「猪谷橋」で神通川にそそぐ猪谷川を渡る

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奥に先程の橋台の遺構がチラリ。

「猪谷橋」
竣工 1958年(昭和33年)
上路のアーチ橋 1連


振り向くと高い位置に「高山本線の猪谷川橋梁」。眉間にシワを寄せて怒ってんの? 

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トラスの端に横の桁が無くて直接プレートガーターを持ち上げてるから台形になっちゃてる 超変わり種

「猪谷川橋梁」は猪谷駅と楡原駅間の猪谷川に架かる高山本線の橋梁。
供用 1930年(昭和5年11月27日)
橋長 103.28m
1、4、5連が上路のプレートガーター
2、3連が上路のワーレントラス
高い位置を渡してるんですから 怒ってないで くれぐれも横風には注意して 安全第一でお願いしますよ 
 

暖かくなったとは云っても気温は20℃に満たないと思う とメモ帳に書いてある。 そんでもうおなじみの国道41号に戻ってまたしばらく進むと また割とすぐだった 国道のすぐ横に「第二砂場橋梁」発見。なんでこんな名前なのかな 第二って事は当然 第一もあるはずだけど あるとしたら見逃してきた 

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「第二砂場橋梁」高山本線の猪谷駅ー楡原駅間 
供用 1932年(昭和7年)
上路のコンクリートアーチ 2連

川が流れてくる訳でもないのに真ん中の橋脚が三角に作ってある デザインされた橋なんですね ちょっとローマを感じました おしゃれさんです。

今気づいたけど ギリギリ右下に小さな祠の中にいるお地蔵さんが写ってた この辺りでなにか大きな事故でもあったのかな 気づいて手を合わせる事はできなかったけど あの時も無事故を祈りつづけてくれてたんですね ありがとうございます。


なんか切りがいいから 黒部渓谷 その4につづく



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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その4
カーブミラーのバイザーやマンホールのエッジ。前を行く車のエンブレムなんかが太陽の光を一旦集めて 細く強烈に弾き返してくるけど 全然イヤじゃない。 走ってるとほんのちょっとだけ寒いけど いい天気は継続中の国道41号をまた進む。 神通川や高山本線と引っ付いたり離れたり 2度、神通川を渡って3度目の正直。 一ヶ所に3本の橋が密集する場所 オレにしてみればお花畑に到着。 ヤー咲いてますねー

まず1本目はJR西日本 高山本線の「第2神通川橋梁」の1連部分 下路のプラットトラス。

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このプラットトラスは神通川を渡ってないな 下を人が通るからここだけ下路式なのか


つづいて「第2神通川橋梁」の2、3連部分の地味なプレートガーター。

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それで「第2神通川橋梁」のメイン。4、5連部分の上路のワーレントラス。と6連部分のプレートガーター。

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もちろん1連のプラットトラスもメイン張れるし 4、5連も勝手に云ってるだけで プレートガーターだってなければ電車も通れないから地味呼ばわりされる筋合いもないんだけど ”つい” ってやつ ごめんね 全員で一つの「第2神通川橋梁」。

「第2神通川橋梁」は高山本線の楡原駅ー笹津駅間に架かる橋梁
竣工 1930年(昭和5年)
橋長 199.22m


そして「第2神通川橋梁」のすぐ上流側に 旧国道41号で登録文化財の「笹津橋」。

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これは取付けるところすごく迷ったんだろうな 文化財のプレートが下の幅木のところにあって無理矢理感がある でも象眼されてるから親柱は文化財になってから作り直したのかな 年の割にきれいだし パリっとしたモダンボーイって感じ。

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長生きの秘訣は細やかな作りにあるのかな 丁寧に作ってもらってありがたいし やっぱり古さを感じない モボと云うよりはナウなヤング寄りなのか

「笹津橋」
竣工 1940年(昭和15年)
橋長 85m
上路のコンクリートアーチ


最後「笹津橋」のまたすぐ上流側に現国道41号の「新笹津橋」。

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「新笹津橋」
竣工 1981年(昭和56年)
橋長 125m 幅員9.5m
上路のソリットリブアーチ他 3連

徒歩200歩圏内にこれだけの橋が集結することはまずないから  この辺に住んでる人は毎日散歩出来てお得ですね きっと富山県内でも土地代は高い方だと思う すれ違う人にセレブ感は微塵もないけど 本当のお金持ちは質素だって聞くからね

富山県の偉い人も素材は違うけど新橋を旧橋にあわせてアーチ橋にするあたりはハイセンス。 いいとこあるなと そのハカライにも感謝して全員にさようなら また来まーす

現国道41号の「新笹津橋」で神通川を渡り すぐ付け根から県道に入る。 つねに線路がどの辺りにあるかを確認しながら 知らない道で進んで行き「塩」の交差点を左折して「新婦大橋で」神通川を渡った。両方共ちょっとニヤってするネーミングだったから覚えてる「塩」の交差点は写真も撮ったけど ちょっと小さいから割愛。

渡ってすぐの左岸道路を少し戻るかたちで進んで行くと すんなり発見「第1神通川橋梁」。 ながっ

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「第1神通川橋梁」
1929年(昭和4年)
橋長 328m
1連〜6連 上路のプラットトラス
7、8連 上路のプレートガーター

写ってないけど この土手に横一列に腰掛けてコンビニのおにぎりをかじりながら ただただ北アルプスを眺めている若者4人組がいた 全員男。 確かにあの山々は豪華なおかずになる いいねぇ 


今日はここで神通川とお別れ 明日はトロッコ電車で時間をすごく費やしてしまうから 今日のうちに立山駅に行っときたい ナビに「大川寺駅」を入力して常願寺川を目指す。  ナビの云う通りに行くと家の近所と錯覚してしまいそうなどこにでもある町内を進み富山県を東西に横断 しばらくするとまた田園の中を気持ちよくクルーズ。 少し雲が増えてきたかな

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今調べてみたけど米の生産量はベスト10に入るか入らないかぐらい 走ってるときは絶対1位だろうと思ってたけど ダントツで秋田県だった 秋田県も何本か呼ばれてるな 秋田県を走れる日は来るのでしょうか

最短距離で見つけた「大川寺駅」をスルーしたら すぐ「立山橋」。 その「立山橋」で常願寺川を渡る時に隣の上流側にかかっています「常願寺川橋梁」。SRをUターンさせてフレームの中に入れたら ちょうど 鳩マークがかわいい電車が来て奇跡のスリーショット。

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「常願寺川橋梁」
下路で平行弦のワーレントラス 7連

振り返ると今渡ってきた「立山橋」。橋の下でBBQしてたから 炭で焼けた油の臭いがくさい

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そう云えば踏切の先に神社があったから この「立山橋」の欄干が朱色で擬宝珠が付いてるのはなんか関係があるはず そんなことはおかまいなしで BBQの人達はこの神社でトイレを借りるつもりなんだろう

もう一回SRをUターンさせて 踏切を渡ると ガタガタ道だけど川原に下りられた ハンドルを取られないように慎重に常願寺川沿いを上ると いました「新豊水橋」を発見。

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これは水を運ぶ橋。 もう少し近づくと キッャキッャっと声が聞こえる 「新豊水橋」の下でも今度は男女2人づつでBBQをしてた でもオレが近づくと急にみんな口をとじ 目線を下にして鉄板を凝視。 明らかにオレを警戒してる なんでかなぁ  雰囲気悪くするのもイヤなんで みんながギリギリ写らないように1枚だけ写真を撮ってすぐ戻る

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背を向けて走り出し しばらくすると息を切ったように 全員の大笑いが聞こえてきた ちくしょう オレがなにしたって云うんだ やっぱり肉を全部食べられちゃうと思ったのかな  砂埃さえ上げないように気をつけた 細やかな心遣いのオレなのに やっぱりきらいだ富山県。


ちょっと思い出しちゃったんで(涙)  黒部渓谷 その5につづく




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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その5
よく考えてみれば ミッキーマウスのヘルメットをかぶって 首にカメラをぶら下げてるオレだけど 年のころで云えば河川管理のおじさんに見えなくもない。 許可なくBBQをしてるから怒られると思ったのかな きっと前日からなにかしら用意して ハレマスヨウニと願って叶った青空の河川敷でのBBQ。 若いカップルのダブルデートがBBQ。 うん ものすごく健全だな。 あの笑いは安堵からでたと思う事にする だから今度会ってもただでおいといてやる。 

燻され続けてる「立山橋」で もう一度常願寺川を渡り 大川寺公園を大きく迂回して常願寺川の左岸側県道43号に入ってすぐ。 北アルプスと記念撮影ばっかりして ちっとも進まなーい どなたが立山さん?

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今回の富山県でお会いしたい橋 堂々の3位 それも同率で2本。この先にお見えになります これはもう大歓迎されてるって事でしょうかぁ

ペーターの口笛はどうしてあんなに響くのか考えてたら「甑岩橋」発見。新緑にとっても似合う爽やかだけどちょっとやんちゃな好青年。元気な挨拶が聞こえた ようでした  ペーター?

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「甑岩橋」(こしきいわばし)
竣工 1972年(昭和47年)
上路の平行弦ワーレントラス

甑(こしき)を調べてみたら「古代中国を発祥とする米などを蒸すための土器。」とある しまった 川をのぞいてくれば良かったな それらしい岩があったかも知れない 


「甑岩橋」に口笛吹いてまたしばらく進むと お目当ての人がチラッと見えた かと思うとまた木で見えなっくなって ちょっと行くとまたチラッと 一部分を見せてくる もうタマラン。  全然見えなくなったT字路を左折してまずは「芳見橋」。

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「芳見橋」は1970年(昭和45年)竣工のRCアーチ橋。あれ 結構新しいのにボロボロ。その緑色は中途半端に防水処理されてるのかな  まぁいいや SRを停めて歩いて「芳見橋」の橋上に立つ。おおきく息を吸い込んでパンパンと柏手打ってご開帳。 「千垣橋梁」。 

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うそでしょ また電車きた 富山地方鉄道立山線はこの時間帯は一時間に一本。橋だけ撮れれば問題ないオレだけど電車のおかげで その大きさがよくわかる ありがとうございます

でも時速5キロぐらいですごくゆっくり走ってくから 気になって調べてみたら 古い鉄橋に気遣って橋上では徐行運転してくれているんだって うー泣かせるね みんなに愛されてるな いい話だ。

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鉄道橋らしい松葉色ですごく華奢 ずーっと見てると奥の景色が手前に浮かんでくるぐらいに細い 透けて見える なぜだかこの橋を嫁に見せたいと思ったとメモにある  いつか機会があるでしょう 

「千垣橋梁」(ちがききょうりょう)
富山地方鉄道立山線の千垣駅と有峰駅間に架かる橋梁
1932年(昭和7年)10月1日開通
橋長 117m
上路の2ヒンジ スパンドレル ブレースド アーチの1連

常願寺川に転がってる石は割と大きいけど角が取れてるから 大分上の方から転がってきたのがわかる 常願寺川は富山市と中新川郡立山町を流れ富山湾にそそぐ1級河川。延長56kmと短い割に水源の標高が2661m。標高差に対する短延長が世界でも有数の急流河川なんだとアル。 荒れるわけだ

古くから水害に悩まされてきたから氾濫が起きないようにと 常に願っていたからが川名の由来。 寺はどっからきたのかな  「千垣橋梁」の反対側 立山の方を振り返ると遠くに巨大な「立山大橋」。

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やっぱりすごく手が入ってるな いくつもの堰で砂を止めてるから短い滝がたくさん見える 1937年(昭和12年)に完成した日本一の貯砂量をもつ本宮砂防ダム(国の登録有形文化財に登録)。この美しい景色は今も黙々とつづけられてる立山カルデラ日本最大の砂防工事でギリギリやっと今は保たれてる オレなんかが軽々しく語れることじゃないけど 今日のこの景色に感謝。

「立山大橋」
1999年(平成11年)
上路のRCアーチ

もう一度「千垣橋梁」をじっくりと目にも焼き付けて さようなら またお邪魔しますね


「芳見橋」でUターン また県道43号をズンズン上ると 立山駅前駐車場に到着。 すごく繁盛してる 観光バスもたくさん停まってるけど自家用車がごちゃごちゃっと かなりの数 第二駐車場と書かれた河川敷もいっぱい 立山駅大人気。  オレ単車だから問題ないけどね  立山駅前駐車場に入るその前。「真川大橋」で常願寺川を渡ってきた 「真川大橋」は上路の平行弦ワーレントラスの4連。

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「真川大橋」で常願寺川を渡ってる時からもう見えてた 見えてたと云うより 釘付け。 大変お待ちかね お会い出来て光栄です 「千垣橋梁」と同率3位と云いましたが本当は1分ぐらいあなたが上です「千寿橋」。内緒にしてね

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本当は冷たい鉄のくせに 自然界に違和感なく溶込む小悪魔。 しなやかにやさしく伸びる曲線はビーナスのくびれ。 やわらかそうですらある もっ 完璧。

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でも実際はこのすす竹色と御利益のありそうなネーミングのせいで 髭をたくわえた品のいいおじいさん と云ったところ  関係者以外立ち入り禁止に気づかずに うっかり渡っちゃった。 渡ってUターンしたところで看板に気がついた しょうがないからごめんなさい云って ものはついでと 記念撮影 ほんとごめんなさい

「千寿橋」
1931年(昭和6年)
中路のブレースドリブタイドアーチ 1連
北陸電力株式会社の所有 ごめんなさい

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あー名残惜しい また必ず来ますね さようなら・・・


立山駅前を横断して 今度は常願寺川の右岸側 県道6号で下ろうと思う 同じ道じゃつまんないからね。 その前に富山地方鉄道立山線と立山黒部貫光立山ケーブルカーの駅。

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この建物はツクリモノ感はないな なんて云うか 嘘くさくない 本物のアルプスだもんね 観光バスの誘導でにぎわってるけど 意外に単車で来てる人とすれ違った記憶がない 

県道6号に入り 立山に背を向けてしばらく進むと 当たり前だけどまた「立山大橋」。今度は裏面から 立山向いてる方だからこっちが表かな

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ここで気づいた「立山大橋」を渡ってこなかった 橋上からの景色を見てないや 「立山大橋」の橋上からだったら ひょっとしたら反対側は日本海が見えたのかな  またやってしまった


まだ初日ですが 再訪決定を記念して 黒部渓谷 その6につづく



06

Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その6
立山連峰に背を向けた途端、押しつぶされそうな錯覚に何度も何度も振り返る 正面に見てる分にはきれいな山の連なりなのに 背後に回られると恐怖を感じるのはオレの心の問題? お日様はとっくに折り返しを過ぎて肌寒さも戻ってきた 
 
常願寺川の右岸道路の県道6号だから あたりまえだけど しっかりと目に焼き付けて別れた「千垣橋梁」と再会しちゃってはずかしい。 照れて目も合わせず 左手だけあげて 本当にさようなら。(涙)

「立山橋」まで戻ってきたけど渡らずに付け根の県道でもない堤防道路に乗り換えてしばらくすると さすがに立山連峰の圧力を感じなくなった 振り返るとやっぱり素敵な立山の山並み。

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人間にとっては美しさと恐怖を併せ持つ大自然。 でもそこに暮らす鳥や獣達は恐怖は感じるだろうけど 美しいとは思ってないだろうな オレも当然きれいだと思うから遠くまで見に行くんだけど 山奥まで道路敷いて橋を架け お手軽にする為にいろいろ手をかけて観光地になると 少ない休みには我先にと大挙して押し寄せる人。その中の一人のオレ。 オレも家族ずれの小学生も含めて全員ストレス社会に生きる同じ穴の狢。 狢ってようはタヌキ? あちら側にしてみれば 大不自然極まりないし本物のタヌキに罪は無い。 なに云ってんだオレ


「大日橋」。これも「立山橋」と同じで山の名前をもらってるから 普通のワーレントラスだけど記念撮影しといた ここまで来ると川幅もかなり広まって9径間もある 万一のために広くとってあるんでしょう

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1965年(昭和40年)
下路の平行弦ワーレントラスで9径間連続


今日の常願寺川はみんなの願いが通じて おだやかで水量も少ない 河川敷を利用してテニスコートやサッカーグランドが造られてて それぞれの違ったかけ声が聞こえるし 結構本格的な人達が汗を流してた こういう施設も人気だろうからこのGW 予約合戦に勝利したのとしないのでは大きく予定がかわったと思う 負け組は無許可のBBQか。 ぼんやりながめながらその横を ストトトトーと走ってしばらくすると「常願寺大橋」の曲弦のモコモコが見えてきた  おー色白ですねー

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結構古い橋だし海に近くてこの名前だから さっきくぐった国道8号の旧道じゃないかと想像出来る 元々はこの「常願寺大橋」が日本で3番目に長い国道をまかされてた立派な方。 国道8号は新潟県から富山、石川、福井、滋賀を抜けて京都府までつづく561.2 km。 国道8号だらけだな よく出くわすわけだよ 

「常願寺大橋」
1952年(昭和27年) 
下路の曲弦ワーレントラスで6連


この先の河口側にまだ2本残ってるけど2人とも興味が湧かない子 だから面接も断る。  今日の宿泊予定地は北陸本線の魚津駅近くのビジネスホテル。まだ予約はしてないけれど 素泊まり3,800円のあのホテルなら大丈夫。 なので堤防を下りて日本海沿いの県道1号に山勘ででた。 

古めかしい造り酒屋を簡素にしたような建物がならぶ町並みは 初めて見る町なのに記憶の中に存在する この建物の中では 腰の曲がったじいさんとばあさんが一汁一菜の晩飯をテレビもつけず 2人とも黙って食べてる生活が何年も続いているんじゃないだろうか  搾取がひどいのかな 美浜と違ってこの辺りは貧しい感じ たっぷりめ  勝手な日本海のイメージでごめんなさい だけどちょっと心配。  

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海沿いのはずだけど防波堤でよく見えない やっと海が見えだしたて しばらくすると港を発見。 この港に浮かれた奴は一人もいない 陽気なヨットハーバーというよりは 毎日の職場。 オレと兄貴のよぉ〜 的な大きな夢を感じますが 今日は休日なのでしっかり休まれていました 

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前を向くと工場の建物に「かまぼこ」の看板。決まりすぎてる 手前の屋根の下では朝早くから競りとかするのかな よく なに云ってるかわからない競りの様子をテレビで見るけど あれは一般の人を煙に巻く為のヤラセだと思う 言葉も理解出来なくてまともな取引ができるはずがない じゃないと後日請求書を見てビックリすることになる

港を一回りして県道1号にもどると 田園の向こう 防風林の役目を果たしてない松の木の間に たいへんお会いしたかった 日本海が一直線の水平線を輝かせていました  海までつづく畦道に なぜだか「ただいま」とつぶやいて「イヤ来た事ない」とまたつぶやく

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いつもは川沿いばかりで 源流をたどり 山の中が似合う 山派な(ヤマハ うまい!)SRだけど どうして海も似合うじゃない  うーんいい男ーー。

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前を向くと和な印象の美人な母親のような日本海。

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振り向くと厳しいけどほんとはやさしい父親のような北アルプス。

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どちらもでっかい。こんな両親に育てられた富山県人がグレるはずがない 調べてみても県別の犯罪発生率は37位と低い 福井県39位 石川県40位 山形県44位 と日本海側にいいヤツが多い やっぱり母親の育て方がいいのかな  


魚津の駅前に着いたのが5時過ぎ ちょうどいい時間だなと 前も泊まった事のあるビジネスホテルに飛び込んで ちょっと見覚えのあるフロントのおかあさんに 今日お願いしますと頼んだら なんと なんと本日は満室だと笑えない冗談を云う またーうそでしょ 失礼ですけど そんなに清潔でもありませんしトイレと小さな浴槽がユニットになった小汚い各部屋が本当に満室なんですか? あの部屋で我慢出来る人 今日そんなに集まってるんですか そう云うオフ会なんでしょうか。   

わーどうしよう だから念の為にテント積んどけばよかった 何時になるかわかんなかったからキャンプはあきらめたのに  ダブルもツインも満室だって  弱ったなーと国道沿いホテルにもいったし 少し高くても仕方ないやと スマホで調べた近所のホテルに全部電話したけど 全滅。あの日 魚津でなにがあったんだろう 人生初の野宿かとあきらめかけたけど テントもない野宿よりは難民になることにした

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この年でGWに一人 「ここ朝までいてもいいんですよね」と難民生活を覚悟した おじさんを変な目で見る事なく パックにしたほうがお得で 朝出るときもなんとかのパックを再度買った方がいいですよと ポッチャリした店員さんはとても親切に教えてくれたけど 覚えられず  朝の無愛想な店員さんはそんな事一言も云わずに 結局ビジネスホテルより高い金額を支払うはめになる。  富山県に来て刺身も食べずに焼きそばと唐揚げたべて ヘルメットでぺちゃんこんなった髪もあらえずに仮眠する おっさん哀れ。


初日終了なので 黒部渓谷 その7につづく 


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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その7
 
2,000ミリ×1,800ミリぐらいの約一坪の空間。 特注の作り付けのテーブルにテレビとパソコンのディスプレイが乗ってて キーボードは引出しのようにスライドさせると出てくるようになってた そのテーブルの下に足を突っ込むと横になれる。 床は薄いウレタンマットを挟んだ青いビニールレザー仕上げで座布団ぐらいの弾力。 壁はメラミン化粧板のパーテーション。高さは1,500ミリぐらいだと思う だからプライベート感は50パーセントを下回る でも一晩なら全然平気。 贅沢にテレビを点けっぱなしで知らない間に落ちてて 朝4時20分に目が覚めた すぐホット珈琲が飲めるのもネカフェの魅力  トイレでゆっくり歯を磨いて清算 5時ちょっと前には外にでた 今日も天気はよさそう

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まぁ なにかとお世話になりました おかげで野宿しずにすみましたが または無いと思います。

いつもは10メートルも離れて寝ないけど お外で一人で大丈夫だった? 早朝は寒かったでしょう お疲れのところ こんな吹きっさらしの駐輪場しか無くてごめんなさいね  悪戯されてないか心配で仕方なかったけど やっぱり富山県人に悪いヤツはいない。

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酷い扱いをしたはずなのにキックは一発。 ご機嫌はいいみたい おはよう。

朝5時だからか完全に明けきってないのに 信号は点滅していないから魚津駅前は割と都会なんだと思う ここからの方が切りとって見える分 山が近くに感じる おはようございます。

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魚津の街にさよなら云って 跨線橋で北陸本線の線路をひと跨ぎ やっぱり海沿いを走りたいからドン突きの県道2号を選択した 車はまだ1台も走ってないし犬の散歩の人すらいない 吐く息はギリギリ白っぽくて やっぱり指先がちょっこと冷たい 

新しい朝日のおでましに喜んで輝いてるような海岸線をしばらく 目を細めながら走っていると 小ちゃい灯台を発見。  どうにかすると溶けあっちゃいそうな空と海を ぼんやりとしたピンク色の朝日の層のおかげで かろうじて区別できた 毎日違ういろんな色彩があるんでしょう 早起きしてちょっと得した

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湖のようにおだやかな水面はあまり見かけないテトラポットのおかげってわけでもなさそうで よく見ると6本足なんでテトラポットじゃないや 消波ブロックに間違いないけどテトラポットみたいなニックネームはあるのかな 

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満潮だから道路と水面の高さがかわらない  おー あれはもしや噂の蜃気楼なのか と一瞬思ったけど石川県の能登半島が見えてるだけだよね 

ここからまた県道2号を走って 片貝川と布施川をつづけて渡る時 すぐ上流側に架かってる松葉色した富山地方本線のプレートガーター橋を横目でちらり おはよございます  ちょっと海と離れて行くからまずいなと思って知らない道を左折したらすごくいいところに出た  2013年GW2日目の記念すべき本日の橋一本め「生地中橋」発見。

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一見、普通の箱桁橋に見えますが ここは運河。 この橋 船を通す為に回ちゃうんです 

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片持ちで写真右側に回るみたい  回って橋が架かっていない時は踏切じゃないのに遮断機が下りてくる 渡すだけでも大変なのに 可動橋は働き者。

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「生地中橋」
1982年(昭和57年)
旋回橋

こんな朝早くに誰も船に乗ってくれないから いつまで待っても橋は回らない 仕方ないから普通に渡ってさようなら タイミングよくまた来たい

渡ってそのまま進むと少し迷子になったけど大丈夫。 山がそっちなら海はこっちって決まってる なんとか2号線に戻ってお待ちかねの黒部川に出た 県道2号線の「下黒部橋」。

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すぐ上流側に架かっててちょっとだけ見えてる白い方は北陸本線のワーレントラス。適当な紹介でごめんなさいよ 
「下黒部橋」
1966年(昭和41年)
橋長 508.2m
下路のランガー4連と箱桁橋

「下黒部橋」で黒部川を渡り すぐのあまり舗装の良くない堤防道路で意外と流れの早い黒部川沿いを上って行く。  と云う事はですよ これ黒部川ですから あちらが北アルプス様であらせられます

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朝からすごいね 一歩も動かんぞって感じ あらためましておはようございます 北アルプスと記念撮影ばっかりして今日も全然進まなーい。 

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ギリギリ写ってないけど もう軽トラックが停まってていろいろ準備してた どんな心境なのかな 稲に対しても育むって気持ちなんでしょうね 今日植えるのを楽しみにしてるようだった

ぼけっとしてないで早く行かないとトロッコ電車出発しちゃうから 朝日に向って再出発 しばらく進むと今度は国道8号の「黒部大橋」が見えてきた この辺りはまだ川幅も広くトラスが9連もつづく

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あまり意味は無いけど 折角の曲弦だから北アルプスの山並みにトラスの山並みを重ねて見たら なんと 北アルプスの優雅な連なりと「黒部大橋」の曲弦がまさかの一致。 あなたも十分きれいです

「黒部大橋」
1957年(昭和32年)
橋長 570.8m
下路の曲弦ワーレントラスの9連
 
絶対この日のこの時間が1番きれいな時だったと信じたい また来ますね さようなら


走り出してしばらくすると「墓ノ木自然公園キャンプ場」に到着。 最初の計画ではこのキャンプ場に宿泊予定だった  結果、難民にはなったけど あのペースでここまで来てたら絶対暗くなってるはずだから止めといてよかったかな  もっと手前に大島キャンプ場とかがあったけどSRをそばに停められないキャンプ場ばかりだった。 「墓ノ木自然公園キャンプ場」はオートキャンプ場だから すぐそばに停められて安心。 なので人気なのかな入口近くから大きなテントが並んでた 

キャンプ場をスルーして少し高台にでると 有名な赤い橋が 日陰に肩をおとしてガックリとうつむいているようでした どうかしたの?

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少し心配になってあわてて近づいてみると なんてことはない ただの気のせい まだ若いし 日が当たれば色艶も復活するでしょう  

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なにげにSRも最近旅慣れた雰囲気を醸すようになってきたな その落ち着いた立ち姿は頼りになる先輩のように思えてきた

宇奈月温泉まで6.5km。 先が見えたので 黒部峡谷 その8につづく


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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その8
昔の「愛本橋」は全長63メートルもある木製の刎橋(はねばし)だったから 山口県岩国市の錦川に架かる「錦帯橋」や山梨県大月市の桂川に架かる「猿橋」とともに日本三奇橋の1つとされてた けどもう随分前に撤去されたから 今は日本二奇橋なのかな 語呂が悪い気がする  徳島県の「かずら橋」なんかを昇格させて日本三奇橋に戻したほうがいいと思う

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「愛本橋」
1972年(昭和47年) 
橋長 130 m 幅員 8.5 m
鋼ニールセンローゼ橋の1連

すぐ上流に建設されているダムのせいか ここでキュッと川幅が狭まる「愛本橋」は黒部川のウェストベルトって感じ  ピンピンに張られたワイヤーをベンベンベンと鳴らしてみたい


「愛本橋」で黒部川を渡り 今度は左岸側の県道を上る しばらくすると対岸に 音沢発電所を見つけた 上をコンクリートのアーチ橋がお水を運んでいます わかるかな

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建物からするとだいぶ大きいのがわかる 対岸にも道があったのか「愛本橋」の手前からはいれるんだ まぁいいや 
「音谷水路橋」
1936年(昭和11年)
上路のRCアーチ 1連


結構上ってきたはずだけど まだ割と民家が並ぶ県道をもう少し 進む  道路に湿り気を感じだしたのは湯気のせい? なのかな 現れたトンネルを抜けるといきなり温泉街になった 大きなホテルとその影に小さな旅館。24時間気の抜けないホテルの従業員さん達の交代時間なのか 今来た人と帰る人では服装のヨレかたと顔に浮いたテカリで一目瞭然。 トロッコ電車の始発は7時半ぐらいだったと思う まだ全然早いから そのまえに会っとく「宇奈月川橋梁」。

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猛牛とまではいかないけれど 年を取った元猛牛がその大きな体で 結構流れの早い宇奈月川を跨いでいました SRも腰が引けとる 間近で見れるから大迫力。 
 
「宇奈月川橋梁」富山地方鉄道の音沢駅-宇奈月温泉駅間
1923年(大正12年)
上路の平行弦ワーレントラス 1連

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蹄みたいな支承部。ご覧の通り 力を逃がす為に剛接合されてない 乗っかってるだけだと思う 圧縮は平気そうだけど この丸いムク棒に 外からは見えない横ズレ防止の加工はされてるのかな 

ちょっと勉強してまた来ます 


お日様も完璧に姿をあらわして気温も上がりだした6時36分。 富山地方本線の宇奈月温泉駅に無事到着。 さすが温泉街 駅前に温泉の噴水だなんて おしゃれなことしてた ちょうどいいやここで どうにもかゆい頭洗ってもいいかなぁ 一応確認取ろうと思ったけど 肝心の駅長さんが見つからない。

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銅かどうかもわからないけど銅像の少女は足の角質をとってるのかな 温泉街らしくていいんだけど 芸術家でも庶民的な人もいるもんだね 頭になにか付いてるし もうちょっとよく見てくればよかったな

オレの頭はかゆいだけじゃなくて なんでだろう少し湿ってるのかな さわやかのちょうど反対。  もうそこからそこなんだけどまたヘルメットをかぶり直して200メートル。 今度は楽しみにしていた黒部峡谷鉄道の宇奈月駅に到ーー着。 ぐるっと回って駐車場に、単車ではオレたち一番乗り。 1日400円也。

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まずは始発の切符を買いに切符売り場に 切符売り場も今開いたばかりのようで誰も並んでなかったのはいいんだけど 今日は欅平駅まで行けないらしい なんでだー 楽しみにしてたのに 残念。 猫又駅で折り返しなんだそう GWは毎年そんな感じらしい 知らないのはあんただけだよ的な 接客もどうかと思ったけど どうしようもない。 しかも始発が8時頃の出発。 とぽぽん

時間があまりすぎてるから 「山彦橋」を探しに行ってみることにした 当然一人。 駅前をはずれて ありそうな方角はわかる おお少し見えたね。 すぐそれらしい歩道橋を見つけた 山の陰になって薄暗いし誰もいないからちょっとビビってるけど この先にいるんだと確信したから 会いたい気持ちの方が勝る。 湿気っているけど清々しい渓谷の空気をごくんと飲み込んでしばらく歩いて行くと  「ここがオレの仕事場だ。」と云っておられました ジャーン。「山彦橋」。

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もう6月も半ばですが ありがたいことに何家族もの鯉のぼりが季節感をたっぷりと演出。 ああ天国のお母様。 私、今 あこがれの「山彦橋」の橋上にいます そちらから見えますか

「山彦橋」の橋上から川上を見上げると「新山彦橋」。若いくせにあなただけ塗ってもらったのかい。

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「新山彦橋」黒部峡谷鉄道 宇奈月駅-柳橋駅間
1986年(昭和61年)
上路のトラスドアーチ 1連

まぁその赤い色と形状は 全国のやまあいに架かるアーチ橋のお手本として十分な実力ですし なにより 今トロッコ電車を走らせて この美しい黒部峡谷を渡しているのはあなたですから 皆からの羨望独り占めで 調子に乗っても仕方ない頃。 「山彦橋」も云ってるぜ オレも昔は若かった。

あーなんか道がある 川沿いに降りれるんだ 行ってみる 来た道戻ってすごく大回り。鉄道で働く方達の駅からかなり離れた 舗装のされてない駐車場を横切ってお目当ての道に出た

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「山彦橋」
1923年(大正12年) 日本橋梁製
上路のスパンドレルバランスドアーチ 1連

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新旧共演。遠回りしても来たかいあったな こんな道があるなんて だれかもう一人でも居ればもっと奥の方まで行くんだけどね 発車時刻も迫ってるし 熊とかもう起きてそうだから 今日はこの辺でUターンしとくか うん。

次回トロッコ電車発車します  黒部峡谷 その9につづく



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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その9 
「山彦橋」たちに会うちょっと前。 駅の入口のところのおそば屋さんの寸胴がほんわりとゆげをあげていた たまらず 山菜そばを注文すると もうおばあさんと云っていい老齢のおかあさんは オレとは目を合わせず寸胴の方を振り返って 味も匂も確かめずに あと10分待って と云ったから 先に「山彦橋」たちを探しに行った さらに 下に降りれる道を見つけちゃったんで 10分のつもりが30分ぐらいかけたから お出汁はもう問題ないでしょう

今度は 天ぷらそばを注文すると返事と同時に 堂々と四角く固まった冷凍麺をゆで麺機に入れたから 少しガッカリ。目でお出汁の具合がわかる達人とお見受けしたのは間違いだったのか 海老のてんぷらもここでは揚げていない スーパーのラップをかけた白いポリ皿から出して乗っけられた 

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注文から1分半後、すでに興味を失った天ぷらそばが出来上がった。 クールに割り切ってひとくちすすると めちゃめちゃ美味しい。 あの見せ方は期待値をさげさせる業だったのか 麺も天ぷらもフツーだけど お出汁は甘過ぎずに醤油、かつおだしとのバランスが抜群。もう一杯いけそう お見それしました イヤわかっていました ごちそうさまです。

おそばを食べ終わった頃には 始発の乗客の入場がもうはじまってた  オレは余分に360円支払っての特別な指定車両だから 出遅れたけど慌てる必要は全然無い。 リッチな気分でこんな写真を撮ってるくらいだから 楽しみにしていた黒部峡谷鉄道に オレ相当浮かれてるのがわかる

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指定された車両を見つけたけどもう満員じゃん。 席までの指定はなくて1,500ミリぐらいの横長のベンチに5人は座らせようと切符を販売してることがわかった 当然5人がけの真ん中しか空いてなくて こんな席では景色はおろか 粘つきだした髪の毛の匂をふりまいてしまわないかと気が気じゃない

駅員さんに空いてる ガラスがはまってない普通車両に乗ってもいいかお願いしてみたら 払い戻しはできませんよ とニコやかに案内してくれた。 わがまま云ってごめんね

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外とは鎖だけで区切られた 丸裸の普通車両だけど無事 窓際? をゲット。 GW中だけの特別ダイヤ。 7時57分出発の黒部峡谷鉄道のトロッコ電車は 富山県出身の室井滋さんの案内アナウンスで定刻通りに出発。 なんだか興奮してきたぁー


出発していきなり 「新山彦橋」の橋上からさっき渡った「山彦橋」に向けてあわただしくシャッターを押しまくる けどみんなピント合ってないや

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それでも かっこよすぎて 気が変になりそう  ヤッホー ヤッホー 行って来るー

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トロッコ電車はほんとうに とろっこ とろっこ っていいながら走って行く。 平均速度が時速25キロとかなり遅い。 宇奈月ダムでたぷんたぷんに塞き止められた湖に「愛本橋」とそっくりな赤いニールセンローゼ橋が架かっていたけど 遅いのにピント合わず。ナサケナカ

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しばらくして柳橋駅のところに 場違いな建物は関西電力新柳河原発電所。 誰かからの侵略でも恐れているのか それとも社長がよっぽどワンマンなんでしょうか なんで城っぽいのかな  もしかしてヨーロッパのアルプスの峡谷がこんな感じなのかな  それだったらオレが間違ってた 場違いって云ってごめんね

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川の底にエメラルドや翡翠の宝石なんかを沈しずめて 長い年月かけてやっと抽出できた特別な色なんじゃないかと思えるほど 白が効いててきれいな色。 珈琲も時間はかかるけど水出しの方がうまいって聞くけど この水がうまいかどうかは また別の話。

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上の写真に手すりの無い吊り橋が架かってるのがわかると思います 人用じゃなくてお猿さん用 なんだそう。 ダムで塞き止めちゃったから 向こうに渡れなくなった生態系に影響を与えないようにとのはからい。 そこはアピールしとかないとね


トロッコ電車が遅いとは思わなくなってきた ゆっくり景色を眺めるには最適な速度。 ここはちょっと待ってと思っても電車は とろっこ とろっこ 我関せずと進んで行く 意外に力強い。 しばらくすると「仏石橋」が迫ってきた なんだかんだで こんな写真しかない ほんとうに残念でしかたがない

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「仏石橋」柳橋駅-森石駅間
上路の平行弦ワーレントラスで1連

平行弦かさえも怪しい写真しか撮れなかったし この橋は年代がわからない でも見た感じ結構古い。
この写真は来週ぐらいになると 右端に写ってる得体の知れない黒いもじゃもじゃに侵されて 真っ黒になってしまうかもしれない


今度は「仏石橋」の橋上でいそいであわてず。  橋名の由来になった石仏。 ただの天然石だけどそれっぽいから 赤い帽子をかぶせてもらい みんなに手をあわせられるまでに成り上がった うらやましい石。 ほんとうだ雰囲気はある。

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本当に手を合わせてる人が何人かいた この石仏様が毎日何を見てるのかオレも見てみたい 手を合わせた人はなにかをお願いしたのかな 仏石様は、なにとも目を合わせず漠然としてるようだから ちゃんと聞いてくれるか難しいところ 助けにはなるけどね

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まだたくさん残ってる雪は今年の雪じゃないかもしれない 今年の雪はちょうどきれいに融けて今見えてるのは去年の雪だったり そんなちょうどが繰り返しあって ひょっとしたら10年前の雪かも 10年前は体からこんな匂は出なかったなぁ

まだ厳しかった冬がそこらじゅうに残ってて 新緑って云っても淡いから 綺麗な景色に違いないけど どうにかすると ぼやけて見える  ぼやっとしてたら「森石橋」を通り過ぎてた。

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振り返って

「森石橋」森石駅-黒薙駅間
1925年(大正14年)
上路のソリッドリブアーチで1連

しかしよくこんな険しい峡谷に電車を通してくれたもんです 人が本来は入れそうにない谷の景色を電車の特等席?から見てさらに 移動していってくれるなんてありがたいね  ありがとうございます。

景色を思い出して眠たくなってきたからこのへんで  黒部峡谷 その10につづく




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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その10
 
黒部渓谷鉄道のトロッコ電車から眺める景色はかなりおすすめ 今日一人で乗ってるのはオレだけだけど そんなに変な目で見られない 乗り物ってこともあるでしょうけど 単車で一人で来る人にも慣れてる感じ 
観光地だから何回も来てる人は少ないだろうから 切符売り場の人は寒いよと気遣うフリをしてシメシメと特別車両をすすめるけど 山だと思って準備して行けば 隔たりの無い普通車両の方が絶対楽しいから 騙されないで。 あと普通車両でも一番後の方、行きは進行方向右側に座ると 大きなカーブでは先頭車両が見えて 写真を撮るときは臨場感が増してかっこいいと思う  今回は前の方に乗ってしまった

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「後曳橋」黒部峡谷鉄道 黒薙駅ー笹平駅間
1926年(大正15年)
橋長 64.62m
上路のスパンドレル ブレースドリブアーチの1連

大正生まれだけど スカイブルーのおかげで さわやかなスポーツ選手のよう。 軽快に黒薙川をまたいでいました。

「後曳橋」の橋上で進行方向左を振り向く感じ すごく近い空中に「跡曳水路橋」も高い位置で黒薙川をまたいでいたから かなりドキッとした これは水を運ぶ橋なんだと 室井滋さんが教えてくれた

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「跡曳水路橋」
1927年(昭和2年)
橋長48m 幅員10m
上路のRCアーチ橋で1連


笹平駅を通過してしばらくすすむと 出し平ダムでまた川を塞き止めてた。 またしばらく進み塞き止められた水面がなくなって 流れのある川に戻った頃 いました 黒部川第二発電所の建物につづく「目黒橋」をバチンと発見。

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この赤い体が見えたときは 思わず立ち上がってしまったぐらい 背中になんか走った。 フィーレンデール。すごくめずらしい橋  立ち上がった時に前の人にビクッとされたけど かまいません ほんとめずらしいからあなたも一緒に拝んだ方がいい

「目黒橋」
1934年(昭和9年)
橋長 75m
下路のフィーレンデール 1連

石仏様には手を合わせないのに「目黒橋」には手を合わせる罰当たり 赤色はご利益ありそうだからムリもない 

今日はこの「目黒橋」を通り過ぎて すぐの猫又駅でUターン。 もう少し暖かくなって準備が整うまではこの先に架かる「鐘釣橋」も「奥鐘橋」も おあずけ。 いいまた来る

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猫又駅では電車を降りるわけでもなく 自分で立ち上がって向きを変えて またその席についた。大勢の売り子さん達に見送られて そのまま出発。 なんだか後味が悪い

当たり前だけどまたすぐに「目黒橋」に再会。 あんなに別れを惜しんだのに気まずい

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「目黒橋」の奥に切り立った岩肌が見えると思います 高さ200メートルもある大岩壁。 猫に追われたネズミも登れないほどの角度だから 「ねずみ返しの岩壁」と呼ばれているそうです 犬に追われた猫はどうか。 猫もまた が猫又駅の名前の由来なんだそう 室井滋さんは何でも知っている。


出平駅で停車中に 向こうからかわいい子がやって来た 見るからに真面目そうな働き者。今日はありがとう

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想像通り 帰りはテンション低い あくび連発でほとんど寝てたら 9時半ぐらいにはもう宇奈月駅に帰ってきた 改札を出ると ものすごい人だらけ 黒部峡谷鉄道大人気 始発を選んでて大正解だった 出発前、席に座ったらプロっぽくないカメラマンが写真を撮ってくていた 駅の出口にその時の写真がもう出来上がって並べてあったから何気に見てたら ニヤついて浮かれた様子の自分と目が合った 1000円もしたけど あまりの浮かれ顔に今回は買った 今回嫁へのお土産はこれしかない(笑)

ありがとう黒部峡谷鉄道。 また必ず季節のいい時に来ます 欅平まで行けなかったのは残念だけど大変たのしかったです

 
予定より早く切り上がったし 折角の宇奈月温泉なんだけど 昨日のこともあるから かゆい頭で考えてもやっぱり時間が心配。 まだ刺身も食べてないし 有名な温泉街に来て温泉にも入らず 来た道を戻る 一人だからいいけど 団体行動でこんな企画は通らんでしょうね  まぁ橋のはしごも元より無理なはなしで誰も来ないでしょうけどね

県道からもう一本 黒部川寄りに切り替えて左岸側の堤防道路を黒部川と一緒に下ると 現橋のたもとに部分保存されていました「権蔵橋」。

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部分保存といっても近くで見るとかなりでかい 大事に保存というよりは恥じを晒されてるようで ちょっと気の毒。 本人は誇らしいのでしょうか 裸の王様を思い出した

「権蔵橋」
1954年(昭和29年)
下路平行弦ポニーワーレントラス

昔から黒部川の増水で交通が途絶えるこの場所に 見かねた権蔵代議士が昭和7に吊り橋を架けてくれたけど昭和9年に流されて また昭和12年に権蔵代議士ががんばって架け直してくれたから「権蔵橋」になったと案内板に書かれてた 偉大な権蔵さんの為に見せ物になっているのかな


県道に戻って一旦国道8号に出る 山が邪魔して東西を抜ける道は海側に偏ってるから 地図上は隣の川なのに どうしても大回りになってしまう

国道8号から今度は片貝川沿いに県道を上る 上流の方に1本だけ気になる情報を入手してた この1本の為に温泉をあきらめたと云っていいぐらい 時間の予想がつかなかったけど 片貝川も綺麗な川でした

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昨日より気温は随分高くて まだぎりぎり午前中だけど汗ばむほど ヘルメットの中は深刻な状態がつづく 晴天の片貝川沿をズンズン上って行く 川沿いになってから信号もないし民家もすくない 相変わらずお米ばっかりつくってる奥入った町内で発見「黒谷橋」。

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ご覧の通り現橋につながる道路に突き当たって道が塞がれてる 今は使われていない可哀想だけど とても雰囲気のいい橋。 でもペンキは塗ってもらったばっかりだから この2本パイプの為にまだまだがんばってもらうつもりみたい。

「黒谷橋」
1954年(昭和29年)
下路の平行弦ポニーワーレントラスで1連

橋上からトラス越しの景色。 海と空の境目がぼやけて溶けあってた  静かな町内にやさしく響く片貝川のせせらぎを聞きながら 結構長い間眺めていました いいところですね あなたの為に大回りしたけど 来た甲斐がありました  また来ますね

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今度は左岸側を下りはじめてすぐ 人は見当たらないけど 苗はスタンバイOK。 お昼休憩でいないんだと思うけど イメージでは畦道でおにぎり食べててほしかった 

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多くをのぞみ過ぎた田舎道を抜けて 現実的な国道8号に戻り ワープするように富山県を一気に横切って 神通川に到着。

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写真は国道8号が神通川を渡る「中島大橋」。すぐ下のガタガタ道に咲く白い清楚な花がSRをライトアップしてくれました ここからは昨日と印象が違って川幅の広い 神通川沿いを上ります


富山県も折り返しに入ったので 黒部渓谷 その11につづく



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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その11
 
神通川は岐阜県高山市の川上岳(かおれだけ)が源で 飛騨を流れて富山県境の神通峡あたりで高原川と合体して富山湾に注ぐ一級河川。岐阜県では宮川と呼ばてるけど富山県での名称は神通川。 やっぱり岐阜とは仲が悪いのかな 新潟県では信濃川だけど長野県に入ると千曲川になるし 大人の事情を川に押し付けるのもどうかと思う。 昨日、山奥で見た底の知れない強面の神通川とちがって この辺りは川幅のせいか穏やかな流れ。

川沿いを行くと 穏やかな神通川とはウラハラに 何にも悪いことしてないのに 急に空が白くのっぺりしだして表情がなくなった 曇ってるって云うわけでもないけど ご機嫌はよくない その割りにジメって暑いし あんまり歓迎されてないようだけど しばらく進むと 大変大変お会いしたかった 高山本線の「新神通川橋梁」に 到着。

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細いなー やっぱりピンが好き ピントラスがほそくてカッコイイ。 昨日錆びた橋台だけが残ってた 今は亡き 神岡鉄道の「高原川橋梁」はこの橋と同タイプだった(涙) 「新神通川橋梁」も同年代。 だけど 始め北陸本線としてここに架かり 北陸本線複線化の時は向って右隣に写ってる 複線のワーレントラスが横に新設されて 自分は同位置のまま高山本線に生まれ変わり 危機をまぬがれ6連もご健在な ラッキーな方。

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向って左は ただいま建設中の新幹線のエクストラドーズド橋。 古い橋脚を助けてくれてるのかな 若者の助けなどいらぬ と云わないところがかわいい

古いけど「新神通川橋梁」高山本線 西富山駅-富山駅間
1907年(明治40年)アメリカンブリッジ製
1908年(明治41年)架設
橋長 424m
曲弦プラットトラス(ピントラス)の6連

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橋脚も石&レンガ積みで100点満点。 あれっ アメリカ製なのにレンガはオランダ積みですね 間違えちゃったのかな まぁいいや アメリカンブリッジ社製の銘板は取付が弱いらしくて6連中の1枚も残ってない 川の清掃活動にこっそり参加して見つけてみたい  そういえば樽見鉄道の揖斐川橋梁の同タイプで端っこのヤツは銘板が割れてたから下の土手を結構長い時間探したけど欠片は見つからなかった 誰か先輩がもう持って行ったのかもしれない

川原から川上を見ると「神通大橋」のピーコックグリーンが普通にみえた ハイハイ今行くから。

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ガタガタだけど道はつながってるようだから 来てみたら カタギっぽくない人と普通の人が橋の下で怪しい取引をしてる最中だった やっぱり海からいろんな物が密輸されるのかな 目を合わせないように気をつけ 橋の写真を撮ってる振りして犯行現場を押さえておいた  あー 犯人に告ぐ写真を警察に渡されたくなかったら 川の清掃活動のフリをして「新神通川橋梁」の銘板を見つけてもってこい。

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「神通大橋」(古い方)
1953年(昭和28年)
下路のトラスドランガーで3連

もう一回 犯人の横をスルーして「新神通川橋梁」に戻ってきた フフフ 念願の銘板が手に入るのか

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手に入っても拾った物だから一回、交番に届けないとダメだな そうすると経緯をどうやって話そうか 口は堅い方だけどあまりにも取り調べがきついと どうだろう まぁそん時はそん時だ

心配してたけど すぐ横に新幹線の橋が出来ても「新神通川橋梁」の存在感は失われることはなかった 威厳もバッチリ。風格をタップリ纏った「新神通川橋梁」とは これで本当に さよなら また来ますね


ここで一度 神通川沿いを離れて街中に呼ばれた お城の跡の公園横を過ぎて 目指すは「桜橋」。街中に入って富山ブラックの看板を見つけたら 即入店する心構えでいたけど 先に「桜橋」を発見。

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こう云ったら どちらにも悪いけど名古屋の堀川ぐらい ばっちーね そうかこの川もお堀か でも辿って行くと水源はあるようなんだけど 流れてるようには見えない

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「桜橋」
1935年(昭和10年)
長さ 約16m 幅員 約22m
上路の鋼2ヒンジアーチ橋 1連

随分シティ派になられたチンチン電車も渡る 国の登録有形文化財。 奥の建物は富山電気ビル。元は国から指定を受けて海外や県外からのお客様をもてなす迎賓館だったとか なんでも「電気」つけるとかっこいいと思ってた時代の建物 ウイスキーで「電気ブラン」とか確かあったず。


あんなのチンチン電車じゃないや  黒部峡谷 その12につづく



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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その12
調べてみたら チンチン電車は「富山地方鉄道」と云う民間の企業で オレにチンチン、チンチンって軽々しく云われる筋合いのない立派な方々が運営されてる立派な会社だった そりゃそうだよね チンチン電車にお勤めなんですか? なんて聞けないからチンチン電車にチンチン電車以外の名前があるのはちょっと考えればわかるはず 知らなかったとはいえチンチン、チンチンって云ってごめんなさいね  それに7000形の電車もまだ走ってた この車両なら オレ的にチンチン電車と認められるから 前記事でこんなのチンチン電車じゃないって云ったのも謝る

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 7000形の車両 写真拝借。


「桜橋」で松川を渡って さようなら   今度は先程のピーコックグリーンの「神通大橋」で神通川を渡たり街中を離れたから 結局、富山ブラックラーメンは食べられなかった。 あきらめて神通川の左岸堤防を上っていくと 新しい橋が架かってて その横で古い「富山大橋」が解体されている最中だった 

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「富山大橋」
1936年(昭和11年)
橋長 472.4 m 幅員 16.0m
上路のカンチレバー式プレートガーター

真ん中から壊していくのね 陸地があるからかな  あんまり好きなタイプの橋じゃないけど 今度来た時にはもう存在しないのかと思うと やっぱり寂しくなってくる 名前からして富山の代表選手だっただろうし 戦前から幅員が16mもあるなんてすごいなと思ったら 中央に例の電車の軌道が走ってたのか でも富山市の大動脈として頑張ってきたのは間違いない ほんとうに長い間おつかれさまでした 

着の身着のままだし 近くに花屋さんもなかったから 献花もできなかったけど 今生のお別れに またも目からぬるい液体が出た。  さようならです


後を振り向かず また左岸道路をしばらくすすむと今度は「有沢大橋」発見。 新旧2本の橋が並んで神通川を跨いでいました 今はそれぞれが上り線と下り線を担ってます 先輩が撤去されるっていうのに のんきな色だ 

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「有沢大橋」(古い方)
1964年(昭和39年)
橋長 457.5m 幅員 6.5m
下路の曲弦ワーレントラス 7連

やっぱりこの色に罪は無いな こっちから回ってたら さわやかなお兄さんとでも云ってたかもしれないし 


相変わらず空は白くのっぺりとして表情をかくしているけど 雨が降ってくるような気配はない 今回の旅の前にヘルメットのシールドをスモークからクリアに替えたから紫外線がモロ当たり 朝、ネカフェで 嫁に教わった通りの順番で最後に日焼け止めは塗ったけど こんなに汗かいて1日もつのかな ちょっと酒さみたいな箇所があるから心配。

新しい方の「有沢大橋」で また神通川を渡り 少し街中を走って 国道359号の「婦中大橋」で またまた神通川を渡った。 そして、ここで2013年GWの旅の神通川ともお別れ 大変お世話になりました 山ではおっかない川と感じたのは 自分の気の小ささのせいで 街中では長良川に匹敵するぐらいきれいで鷹揚な川でした 季節を変えてまたお邪魔します


国道359号のまま3kmぐらい進むと「速星大橋」で井出川を渡る。 橋上で下流側を向くと みつけた! めちゃめちゃかわいい子を発見。 実際に橋上で「かわいいー」って黄色い声をあげてしまいましたが 今のところ問題はないようです 国道を離れてなんとか その井田川と山田川が合流する場所に到着すると それはそれはチャーミングな「落合橋」が キャハハとはしゃいで歓迎してくれました

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ピントラスじゃないけど 細いなぁ 細いと云うか華奢。 華奢コンテストで優勝出来るレベル 大きくなったらモデルになれると思うから 今のうちから目をつけとこ サイン下さい

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色鉛筆の中の水色を使って幼稚園児が描いた絵のようにかわいくて愛嬌たっぷりめ。 一気にファンになりました 田舎でもたまにこんな子いるからやめられない  名前がおっさんくさいのがタマにキズだけど(個人的なイメージですみません )2本の川が合流するところに架かる橋は「出合橋」とか「落合橋」って名前が多い

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「落合橋」
1931年(昭和6年)
浅野造船所製
下路の曲弦プラットトラスで3連

わかりにくいけど真ん中のトラスだけ長くて大きい。両サイドは同じ大きさ これでピントラスだったら今頃は黒山の人だかりで大変なことになってるでしょう 


本当は誰にも教えたくない「落合橋」と再会を約束して ゆびきりげんまん さよなら またなー

ここからは方向を決め適当な道で庄川を目指した そして着いた。 ナビのおかげもあるけど庄川の堤防道路に出たのは県道58からで ちょうど良かった しばらく右岸側の堤防道路を行くと真っ赤かの「大門大橋」発見。

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「大門大橋」
1962年(昭和37年)
下路の曲弦ワーレントラスの4連+プレートガーター


渡らずに大回りしてまたつつっと行くと今度は大物。 北陸本線の「庄川橋梁」が 押さえに出てくる太ったピッチャーのようにふてぶてしく庄川をまたいでいました

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「庄川橋梁」北陸本線の高岡駅-越中大門駅
1963年(昭和38年)9月27日開通
橋長 533.26m
1連〜6連 上路のプレートガーター
7連 下路の平行弦ワーレントラス
8連〜11連 下路の曲弦プラットトラス 1917年(大正6年)
12連〜14連 上路のプレートガーター
15連 下路のPC桁

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設計者も製作会社もバラバラなのは 主役の8連〜11連が常磐線下りの利根川橋梁からの移設だから。 と云うことは昨日、国道41号の上から見下ろしたオレンジとブルーに塗り分けたご隠居。神岡鉄道の第2高原川橋梁と兄弟だ  当時撤去されなかった常磐線上りの利根川橋梁は 今まさに架け替え工事が進められてもうすぐ撤去される 何年も前に先に撤去された兄弟の方が遠い地につき生き残ることになった 人生いろいろ。 

ほんとうに「川の流れに身を任せ」ですね 勉強になりました また来ます


次の橋も見えてるけど この辺りだけ堤防道路がつながってなくて また一回 町内に入てから大回りしなくちゃダメ  町内の道路は雪を溶かす為の 小ちゃい噴水仕掛けの鉄管のせいで錆色に染まってる もちろん信号も全部縦。

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つつっと行くと さっきから見えていました「高岡大橋」。 最近は割と好きな ひわもえぎ色 いいと思うけどこの色と曲弦のせいで でっかい芋虫に見える 

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「高岡大橋」
1938年(昭和13年)
橋長 432.6m 幅員 7.5m
下路の曲弦ワーレントラスで5連+プレートガーター

「大門大橋」も「庄川橋梁」も「高岡大橋」もみんな左岸側にプレートガーターを従えているのは 陸地が多くて橋脚を建てやすいから プレートガーターは橋脚の数が増えるけど安上がりなんです 橋と橋の間はグランドや家庭菜園に使われていた 家庭菜園と思ったのは野菜を作ってる人が素人に見えたし 軽トラじゃなくて普通車ばっかりだったから  タダで貸してくれるのかな  愛知県の新川では考えられない 橋の下で何年も生活してる人に全部食べられちゃうはずだから


「高岡大橋」も渡らずに ここからはつながってる右岸道路を行くと 河口のすぐ手前にかわいい駅発見。

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万葉線の「庄川口駅」。ポールをあげる機械のヤロウがヤナ感じだな ハイダメーってポールを降ろしそう  左を向くと3本の橋が架かってた けど 万葉線のプレートガーターに付いてた銘板が取れかかってたのが心配なのと もう塩水かなと思った意外は 特になんのコメントもない。

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突き当たりの道まで行き 海沿いをしばらく走ると なんとかパークと道の駅みたいな市場があって結構賑わってたけど もちろんスルーして「新湊大橋」と記念写真。 わざわざゴミ置き場みたいなところで1枚撮ってUターン なんでだろ こんなことが多い

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鋼橋じゃないからあんまり興味はないけど 渡るとなるとお尻がムズムズするでしょうね  Uターンしてもう1本 こんどは運河沿いに出てすぐ「東橋」発見。 これはなんとかすれば住めそうな橋 と云うか理想の住まいじゃないか お家賃お高いんでしょうか 

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でも冬は寒いかな プライベート感ないし やっぱりやめた  さようなら


よかった 予定より少し早いけど本日のお宿に向う。 今日の宿泊は国道156号線沿いにある健康ランド。GWでいくら混んでると云っても健康ランドなら安心。 魚津にも黒部にも健康ランドがなかったから難民にならざるを得なかった 

国道156号は岐阜の街が起点で終点が富山県の高岡辺り。地元でもよく使う長良川沿いの好きな道だから 折角なんで終点から起点まで制覇したいと思って 国道8号から県道24号に下りた。 この県道24号が広小路の交差点を過ぎると自然に国道156号になると信じてた

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終点の文字がほしくて 広小路の交差点をSRを押して見落とさないよう慎重に探すけど 無い なにかしらあるはずなんだけど 半径を200mぐらいにして2周した

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すぐ近くにある有名な高岡大仏も見ずに半径を300mにして1周し直したけど終点の文字はない

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無いんだと結論づけて これが国道156号最後のおにぎり標識だとあきらめて健康ランドに向った 今調べてみたら国道156号の終点は広小路の交差点を西に折れて1.5kmぐらい行った国道8号との交点の四屋交差点だった 残念すぎる そこには終点の印があったはず おにぎりもこれが最後じゃないだろうな


そんなことは知らず健康ランドに到着すると ヘルメットの中に残された 今は貴重な髪の毛に別れを告げ さっぱりシャンプーで2回頭を洗った  さー ビール ビール 

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富山の名物の白海老の天ぷら。 普通の小エビとあんまり違いがわかりませんが やっと地の物を食べれたのは 大変うれしいです  だけどビールは? ビールはまだですか?


やっと2日目終了で 黒部峡谷 その13につづく


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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 その13
朝が早かったし 入店も5時前だったから 早いうちから出来上がって 10時過ぎにはベットみたいなおおきな椅子で横になったけど 隣のおじさんがこっち向いてゴーゴー唸ってるから午前1時過ぎに目が覚めた 周りを見渡しても 空いてる椅子も無いし そこらじゅうから 粘り気のあるイビキが聞こえてくるから 移動はあきらめて なんとか寝るけど1時間おきに目が覚める 健康ランドはそう云うもんだし お互い様かもしれないから仕方ない。

そんな繰り返しでも6時過ぎには起きだして 朝風呂に入り歯を磨いた あんまり寝た気はしないけどお風呂のおかげで疲れは感じない 全部人工温泉だけど 漢方薬が入ってたり 露天風呂は別府温泉のエキス入りだったりと なかなか努力家な健康ランドでした お風呂があるだけでもネカフェの12倍ぐらい快適。 大変おせわになりました

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清算をすませ外に出ると 昨日来たときはいなかった奈良県からお越しのXJさんがお隣さん 今日も天気は心配なさそう SRは疲れきってるようにみえたけど チョークを引かなくてもキック一発。ご機嫌で出発。

完全に明けきって 車も出はじめてるけど街中の国道156号を快走。  道の駅庄川(まだやってない)を過ぎてしばらくすると 国道156号はゆるやかに登りだし 道も1車線になって庄川沿いを走れるようになった この辺りまで来ると人通りも無くなって民家もない寂しい雰囲気だから 出くわした古い小牧ダムに恐怖を感じてかなりビビった 目を合わせずに小牧ダムを過ぎると 岐阜までもう200kmをきった。

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帰り道だからあたり前なんだけど 今年のGWの旅も終わってしまうんだなと思うと 急に気持ちまで寂しくなる だからと言ってさらにスピードを緩めてゆっくり行っても終わるものは終わる。  誰もいない山の中の国道156号をしっかりと味わうように進んで行くと 利賀川が庄川にそそぎでるところに 「利賀大橋」の主塔が両方共残ってた

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元は吊り橋だったようで ワイヤーや桁はもう無いけど 対岸に見える主塔はコンクリートのアーチ橋と剛接合されていて なかなかかっこいい。 昭和12年に開通したけど火災で通れなくなり 朽ちていって今のお姿に。すぐ横を通る時はロックシェットの中だったけど ちょっとビビるぐらい大きかった


今日は朝からちっとも寒くない 3日間で一番春らしい 鼻歌が「さ〜らりとした〜う〜め〜しゅ」から抜け出せなくなって40分ぐらいたった 選曲して紙に書いてどっかに貼っておかないといかんな いつのまにか梅酒ワールドに引きずり込まれてしまう リラックスするには名曲なんだけどね


しばらくすると赤いおおきな「長崎大橋」を発見。3径間の真ん中がアーチ橋。

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何でいきなり長崎が出てくるかわかんないけど この橋を渡って2kmぐらい山道を行くと庄川峡長崎温泉があるそう 他には何にもなさそうなんで温泉の為だけの橋だ 名称が長崎温泉ってだけで地名でもないのに「長崎大橋」。別に長崎を名のるなと云ってる訳でもないし罪も無い 私物なのかな  長崎はオレの故郷なんです 「ふる里は遠きにありて思ふもの そして悲しくうたうもの」 いい想いでもいっぱいある

「長崎大橋」
1971年(昭和46年)
橋長191m 幅員4m
上路のアーチ橋



お天気のいい国道156号をおっかなびっくり走っていると 川面が路面と離れていく カーブの度に死亡事故現場の立て看板。 それ見て余計にビビりながら ズンズン走って行くと 今度は祖山ダムのおかげで水面が一気に近づいた 近くなってすぐに この辺ではめずらしい吊り橋が威風堂々と庄川を跨いでいました

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「大渡橋」
1958年(昭和35年)
橋長104m 幅員5.5m
トラス補剛の吊り橋
川田工業製

「大渡橋」で庄川を渡る 渡るとき水面が近くてちょとドキドキした  ここからちょっとの間国道156号は右岸側を少し登って行く感じにつづく 上がってしまった高度をこんどは下げる為に大きなカーブをクリアすると 個性的なとんがり屋根の町内に「平橋」が静まり返った庄川を大きく平らに跨いでいました 

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手前に前橋の吊り橋の主塔が残ってるな 町内の人は誰一人として 壊してくれと云わないのかな  この主塔は生き残るためにこっそり景色に入り込み息をころして町内の人に気づかれないようにしてるようだった  その調子。

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「平橋」
1960年(昭和35年)
橋長 163m
上路の平行弦ワーレントラスの2連
これも川田工業製 

フレッシュピンクの「平橋」で庄川を渡っても国道156号のまま 渡って割とすぐ合掌造り集落の看板。もちろん見に行くよ このときちょうど8時58分。 誘導看板に従ってちょっと登って無事到着。 入口付近でチョビ髭のおじさんに100円か200円か徴収されたけど あのおじさん ちゃんと世界遺産と関係ある本物だったのかな 領収書もなにもないから騙されたかな

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黒部峡谷鉄道の特別車両代といい 珍しくなれない観光地に一人でくるからこんな目に遭うのかもしれない もしかしてどこかからカモオーラが出てるのか それとも顔に書いてある?

ベスポジだと云う撮影場所がちゃんとあってちょこっと登った 決められたように順番をまって1枚。

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水琴窟 の中で鳴いてるのかなと思うぐらい 澄んだカエルの大合唱が響き渡ってた。  よくみると藁葺き屋根の中にふつうの瓦屋根の住まいがある  よそ者を受け入れるはずの無い凝り固まったこの町内の中で いえいえ私の家は世界遺産じゃありませんと 肩身狭くずっと下を見て生活してるのかな あの家だけ町内会費払ってるとかかもね  世界遺産と云っても表の方だけで 裏側にこっそりエアコンの室外機を隠してあったし いろいろご苦労はあるみたい  今度は雪景色を見てみたい


国道156号に戻ると 結構バイクの人が増えてきた 陽気のせいか 向こうから来る気のいい単車乗りが手を振ってくれたり ピースサインで挨拶をくれる おじさんは照れながらも 精一杯答えた ありがとうございます

長いトンネルを抜けてしばらくすると「湯出島橋」発見。 スケールが違う壮大な橋が 雪の残る人形山をバックに従えてふんぞり返っているようでした

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「湯出島橋」は、上路の平行弦ワーレントラスといくつものプレートガターに上路のアーチ橋が全部つながって水面から高い位置に大きくカーブしながら架かってた グレーの多い水色で庄川を空中で2回渡ってるから「渡らずの橋」なんだそう ちょっとややこしい。  「湯出島橋」の橋上から振り返ると ぼけっとした表情で「大平橋」も庄川を跨いでいました

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「大平橋」
1971年(昭和46年)
上路の平行弦ワーレントラス 1連


「湯出島橋」達で 空中遊泳気分で庄川を渡たらずに 左岸側に戻って来た。(笑) そのまま進むとすぐに赤い「小原橋」発見

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「小原橋」
1962年(昭和37年)
橋長 106.5m
上路のアーチ橋で1連

「小原橋」で今度はちゃんと庄川を渡り右岸側に移れた。 すぐのトンネルを抜けると小原ダムのおかげでまた庄川の水面がUP。 するとまた合掌造り集落の看板。 こんなふうに点在している

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国道を下りて見学 しようと思ったけど 入口付近に今度はチョビ髭じゃないけど 赤いキャップの集金人が見えたんで入口につながる坂の途中で引き返した 保存状態が良すぎて映画のセットみたいだし復刻版なのか古く見えなかったから もうちょっと古くなった頃にまたきます。   

実は、今思うとぶつぶつ云わずに世界遺産の為にも100円か200円ぐらい払ってこいよと 反省してます。


すごく反省しています   たぶん黒部峡谷完結につづく





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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

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黒部峡谷 完結
菅沼合掌集落に感じ悪いことしてごめんなさい 次回は、保存協力金もしっかり払って隅から隅まで拝見します その時はきっとまた違う毒をは吐くと思いますが それはその時あやまります。 おじさんの気持ちはうつろぎやすく 今回は滞在時間45秒でUターン。

国道に戻ると そんな山里の集落とは縁もゆかりもないねって感じで 東海北陸道の巨大な橋が大自然の中をおかまいなしに ドドーンと 山と山の間を貫いて行く 庄川なんてひとまたぎ。 ほんとおかまいなし 矛盾を感じるけど高速道路は超便利。 五箇山ICをくぐってしばらくすると 人が住んでる気配がしてきて町ってほどじゃないけど 生活感のあるシルバーのトラスが現れた 

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「新屋橋」
1958年(昭和33年)
下路の曲弦ワーレントラスで1連

「新屋橋」で国道156号のまま庄川を渡った  そのまましばらく進むと 「飛越七橋」の一つ「楮橋」を発見。 「飛越七橋」(ひえつななきょう)は、岐阜県と富山県の県境付近の庄川に架かる、国道156号の7箇所の橋の総称であるとアル。

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「楮橋」
供用 1975年(昭和50年)
延長 106.9m 幅員 9.5m
上路の平行弦ワーレントラス 1連

名称未設定-3

川の真ん中が岐阜県と富山県の県境なんだけど この辺りは庄川が蛇行してるから「楮橋」だけは違うけど この先の6本の橋で計7回 県を跨ぐ。


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「火の川原橋」(ひのかわらばし)
供用 1978年(昭和53年)
延長 120.0m 幅員 9.0m
上路の平行弦ワーレントラス 1連

昔、木材を運搬するときに筏で庄川を下った人達が この川原で休憩して焚き火をしてたらしい 


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「 成出橋」
供用  1976年(昭和51年)
延長  197.9m 幅員  9.5m
上路のアーチ橋で1連

この橋から管理者が岐阜県になる


そして「飛越七橋」の七本目「合掌大橋」。
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「合掌大橋」
供用  1976年(昭和51年)
延長  440.1m 幅員  9.5m
箱桁の斜張橋

白川郷・五箇山の合掌造り集落の合掌造りをモチーフにしているのだそう  えーっと 色ですか?


云ったもの勝ちの「合掌大橋」で庄川を渡り トンネルを抜けたすぐ脇に 旧国道156号の「加須良橋」が 庄川にそそぐ濁り気のない加須良川を跨いでいました。

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「加須良橋」
1952年(昭和27年)
上路の平行弦プラットトラス 1連

ちょっと先まで行って旧道部に下りてみたけど「加須良橋」の入口にはカラーコーンを置いて通行止めになってた もう誰も助けてくれないだろうから 華奢できれいな橋だけど朽ちて行くのを黙って見てるしかない(涙) いるうちにまた来ますね。


国道156号に戻り つづけて庄川の左岸側を走っていると またでた 大きくて長い 北陸自動車道様が頭上を跨いで行く 全くもって品がない。くぐってロックシェッドを抜けると「椿原橋」。赤い下路のランガー橋がトンネルへとつながってる

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単車を止めて 歩道のない「椿原橋」の橋上に立つと もう誰も近寄らない奥ばった吹き溜まりに「旧椿原橋」が静寂の中 存在感を消し この方も 座して死を待つ覚悟を決めていました。

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トンネルの脇にもうボロボロだけど 道があって接近できた カンチレバートラス。 尖ったところが持ち出した腕を引っ張り上げるように持ってる構造で 持ち出した分だけ支間が長くとれる いいトラス。

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もう熊も起きてらっしゃるでしょうから ビビリながらさらに近寄ってみると 銘板もちゃんと付いてるし 路面だって問題ない 一昔前、まだその黄色が鮮やかだったころ 山の中走ってて こんな楽しい橋で川を渡れたら 誰もが浮かれて口笛吹いちゃってたに違いない 

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「旧椿原橋」
1952年(昭和27年)さっきの「加須良橋」と同じ年
下路のカンチレバーワーレントラスで三径間
銘板に横河橋梁製作所製とありました 改めまして偉大な会社です 

また来ますから くれぐれも早まったまねだけはしずに お気を確かにお願いします  さようなら


ゾウゾウ山の長いトンネルを抜けると いつもお世話になっている国道156号の雰囲気になってきた 見覚えのある国道156号を走って行くと 案の定、白川郷のところで渋滞。

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でも合掌造りはおなかいっぱいだから 白川郷はスルーして 日差しの強くなった国道156号を走りつづけていたら 橋に戒められた 気がした

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シッタカはいかんなと これからも精進することを誓い(なにを?) 使われなくなったロックシェットの連なりを見て 今はトンネルが流行で もう景色のことを考慮するのは時代遅れなんだと知った。

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相変わらずカーブの度の「死亡事故現場」の立て看板に脅されていると 御母衣湖の水が少ないのか 細いキュートな 生足をおしげもなく披露している「尾神橋」に会いました。

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「尾神橋」
1958年(昭和33年)
三径間連続の下路平行弦ワーレントラス

ハレンチな「尾神橋」に さよなら云って しばらくすると御母衣湖畔自慢の「荘川サクラ」が大人気。 ご老人が多くて みなさん、飛騨牛の串焼きの匂をかぎながら 0.3分咲きの由緒あるサクラの前で 気をつけをして遺影の撮影をしていました

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奥の橋は「宮谷橋」
1960年(昭和35年) 
下路の平行弦ワーレントラス 1連

「宮谷橋」で御母衣湖の端っこを渡り 服に付いてしまった 炭焼きの匂を払うように少しスピードを上げてしばらくすると 今度は丸いから余計にハレンチな「岩瀬橋」で庄川を渡る 

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「岩瀬橋」
1959年(昭和34年) 
下路の曲弦ワーレントラス 3連

この後国道156号は牧戸交差点で直角に折れ、ひるがの高原を横目に 分水量公園を過ぎると文字通り川は太平洋にそそぐ長良川にかわり いつもの国道156号になった。


今回旅した富山県 すごくよかった。 立山連峰、飛驒山脈。南側は山に囲まれ ウソや冗談の通じない雪深い大自然と立ち向い。北側は冷たい日本海。 人々が無口になるのも当然で でもこのおおきな自然に感謝しての日本海の漁業や雪解けの綺麗な水を生かした工業、世界に誇る文化遺産とか 自然と共存共栄してる立派な県だと再認識しました 
県の花がチューリップだったり新鮮を意味する方言が「きときと」だったりと ちょっと可愛らしさも感じました またお邪魔します どうかその時もハレマスヨウニ。



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ただいま。

3日間の走行距離755km