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プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2015年09月20日 北陸の空2

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北陸の空part2
北陸新幹線が開業したっばっかりの「春分の日」におじゃましたのはいいけど 報告もせずに腐らせていた北陸の空。 今更報告しようにも さすがに記憶も曖昧だし 状況も変わってるかもしれない。  なので 鮮度を求めて 「秋分の日」に また行ってきたから ちょっと聞いてもらっても よかかしら?

本当は、橋がらみで三重県にキャンプに行くつもりだったけど おめあてのキャンプ場が もうこの時期営業してない事を知って 前日に金沢行きを決めたから 宿は今回も予約のいらない健康ランド。 

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だからSRは軽装なんだけど、自分は去年の今頃 ミギヒザをヨンハリ やってるから 必要以上にビビって ニーパットを重装。 ジンクスにならって 念のために 昨夜1回エンジンを掛けといたから 今日はキックは1発。 6時43分に出発。 ナビもついてるし お守りも持ってるから 誰がなんと云おうと 幸先はいい。

でも、良くすると踊ってしまう自分を調子づかせないために 空も気を使ってちょっと煤けた乳白色。 いつもの「新木曽川大橋」の橋上に取付けてある温度計は14℃だった

いつものように国道21号に合流して暫く進み 今回は金沢へ下道の最短ルートをとろうと県道23号を真北に上る。 またしばらく行くと 道はそのまま国道157号に変わり だんだん民家も少なくなって マイナスイオンがシールドにへばりつきはじめた 頃でした

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本日の橋一本目。「第一根尾川橋梁」(樽見線復習を参照(笑))も すでにお目覚めでした  おはよーございます お元気そうでなによりですが 片っぽ まだ塗ってもらえないね 体温に差が出て収縮率がかわっちゃうんじゃないかと心配ですが 今日は急いでますんで 遠くから失礼しますよ  またおじゃましますね

「第一根尾川橋梁」に大きく手を振って 根尾川沿いをのぼる。 根尾川沿いの酷道157号と云えばーーー 

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そう。 「落ちたら死ぬ!!」ううぅ  ビビってるくせにね やめときゃいいのに どうしてへんなところに意地をはっちゃうのかな(涙) でもここまできたら行くしかない  滲み出るワキ汗のところに丁寧に意地を貼り付けて まだ少し冷たさの残る 酷道157号に再チャレーーンジ。

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でも まぁ ビビってぐだぐだ云ってるのは最初だけで いつものように走り出しちゃえば 天気も良くなってきた峠道。 操作感といいますか やっぱり楽しいわけですわ フフン。  それにぐねぐね道だから たぶん平均時速も30km出てないと思うし 誰もいないから気負わないし。 

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前回はこの洗い越しをシャバーーーっと通りすぎた青年たちとご一緒したのを思い出した いつもは後ろに付かれると勝手に気負ってイヤだけど あの時は共に酷道を制した戦友ように感じたのをおぼえてる オレにも敬語を使ってくれる好青年だった  今日はどこの空を見上げているのかな  彼らの旅の空がハレてマスヨウニ。  

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この時期登山客の路駐でちょっとゴチャゴチャっとしている「温見峠」を無事制覇。  ここからは下り。 車との出会い頭もそうだけど あそこから猿が飛び出してくるんじゃないか とか 常に想像しながら下りてきた 一回コケたから やっぱり前回よりビビリーセンサーの感度が上がってる  そのセンサーは横隔膜の辺りにあることが判明した。 

大野市に入っても ずっと国道157号を走り 「下荒井橋」で久しぶりに九頭竜川に再会したけど そっけなくて 福井県は信号待ち以外一回も足をつけずにスルー。 

県境の長い「谷トンネル」を抜けて石川県に入ると手取ダムで堰き止められてできた湖畔道路を激走。 結構交通量もあって 流れにあわせてると 鼻歌なんてできやしない 

引っ張られるように走ってて ハッと 気づいたら現れてた「濁澄橋」(にごりすみはし)。

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記念すべき石川県の一本目は いい名前。 尾添川と手取川が合流する辺りなんで 調べてみたら やっぱり 濁ったり澄んだりする場所に架かる橋だから 名付けられたとありました

「濁澄橋」
竣工 1974年(昭和49年)
橋長 98m
下路の曲弦ワーレントラスで1連 


「濁澄橋」で尾添川を渡り 150mぐらい行った先を左にUターンする感じで戻り 「濁澄橋」の橋台辺りをくぐって反対側に出ると いました 「濁澄橋」(旧)。 会いたかったよぅ

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上に写ってるのがさっき渡った「濁澄橋」。SRが乗ってる旧橋の方は上路式だから こうやって見ると道路にしか見えないし 現橋の影に怯えてるようにも見える

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川沿いを下っていく道がふさがれていて こんな写真しかないけど わかるかな 本当は若い者にも屈しない ちゃんとした鋼アーチ橋なんです 

「濁澄橋」(旧)
竣工 1934年(昭和9年)
上路のスパンドレル ブレーストアーチ 1連 

隠しても溢れ出てしまうその風格。 本当はあなたのことを呼んだ粋な橋名。 実績からするともっと当然威張ってもいいはずなのにね  慎ましやかな「濁澄橋」(旧)に 相違なく再会を約束して  さよなら。


あれ 調子づかなかったご褒美のつもり?  いつの間にか本来の蒼さと高さを取り戻した空を見上げ おおきな雲が影を落とす 国道157号、 ニヤニヤしながら 手取川に沿って 北上をつづける


石川県に入ったから良しとして 北陸の空 part2 その2 につづく



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Category: 2015年09月20日 北陸の空2

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北陸の空part2 その2
この頃の 色なき風がわたる 宇宙規模の空の輝きのおかげで 随分遠く 色をつけはじめた木々の輪郭をクッキリさせるから  あれ、オレ目が良くなったんじゃね? って思わせる たいへんすばらしい天気がつづくこちら地方であります。  が 先の連休は出張お仕事でした(涙)  鮮度を求めて行ったハズの北陸も 気づけばもう1ヶ月も前のこと。  でもこれしかないので 絶好のツーリング日和には目を合わせず 下を向いて北陸の空(遠い思い出)を見上げます


上下関係がはっきりしない 新旧の「濁澄橋」にさよならを云って再出発。  ここからの手取川は思い切った蛇行をしない優等生だから 並走する国道157号は自然に鼻が 歌を奏でる快走路。 しばらく行くと 国道から 幾分色をとばした橙色が一本見えたから 寄ってみた 

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「大東橋」
竣工 1973年(昭和48年)
下路のランガー 1連

のんきそうに見えるけど結構、水面から高い位置に架ってて緊張感のある「大東橋」で手取川を渡ると 北陸ならではのスケールがちがう田園風景に おおきく深呼吸。

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もうこの時点でうまそうな越前のお米。 新米を買って帰れるかなと思っていたけど まだ少し早かった  まぁそれはいいけど ここんところ写真が左に傾いているのは 深刻な右の肩コリが原因だと思う。

ついでに国道を離れて 畦道の県道にストトトトーとお邪魔する  県道はなにかのレース中なのか自転車の方が多い でも、本格的な というか いわゆるロードバイクの方に混じって 小学生の女の子やママチャリのママも 何かと競っているようで あきらかにいつもよりスピードを出してる感じ。  買い物レースなのかな

鳥越城跡の城山につづく「岳峰」をはさんだ反対側に呼ばれているから そのレースには参加せずに トンネルをくぐって しばらく戻るかたちで 下町っぽい町内をウロウロキョロキョロしていたら ココだと教えてくれるように  コホンと 咳払いが聞こえた  ようでした 「出合大橋」。
  
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もう随分前に国道を隠居してますから 今は静穏に過されているようでしたけども ちょうど補修工事中だったから  ここ、出合町の人々に まだまだ必要とされて 愛されているのでしょう  おかげで渡れなかったけどね(涙)

「出合大橋」
竣工 1937年(昭和12年)
橋長 42.2m
下路のボーストリングトラス 1連

日当たりのいい縁側にいるみたいで 結構、20分ぐらい眺めてた フフン。  また今度はお茶菓子持って渡りに来ますよと手を振って 「出合大橋」にさよならいった。

そのまま県道44号で手取川の支流、大日川沿いをしばらく下ると 手取川との合流地点の手取川にかかる 背高のっぽさんを発見。 そりゃこんなお天気ばかりじゃないでしょうから 残念なことに ところどころサビが出始めているけど そのシャープなスカイブルーは 今日進むにつれて爽やか度をUPしつづける 北陸の空の色 そのもの。

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「江津橋」
竣工 1954年(昭和29年)
橋長  m 幅員 3.5m
下路の曲弦ワーレントラス 1連

えっ 白に見える? 

いま思うと 隣にも橋が架かっているのは「江津橋」の幅員が3.5mしかないから 各々上りと下りの一方通行なのかな だとしたら オレここでUターンしてるからな   わーごめんなさい

逆走してることに気づかずに 同じ「江津橋」で手取川を2回渡って 県道に戻った ほんとごめんなさい  県道をレース中のチャリダーさんと並走しながら しばらく進み 県道をそれて歩道におおきく曲がっていくチャリダーさん達の視線の先に いました。 自分も県道から畦道を通って 接近「金名橋」。

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案内板によると「金名橋」は、今から約八十年前に金沢と名古屋を結ぶ遠大な構想のもと建設され、長い間沿線住民の生活や経済をささえた 北陸鉄道 金名線にちなんで名付けられたとありました  もともとこの現位置にその金名線の「手取川橋梁」が架かっていたけど 1978年の廃線後 「手取川橋梁」は撤去されていたそうです。 のちに 金名線の廃止区間を中心に整備された自転車道(手取キャニオンロード)の橋として新しく「金名橋」が架設されたともありました。 だから自転車レースみたいだったのか

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新しくと云っても この「金名橋」は、金沢の犀川に架かってて架け替えられた 先代の「御影大橋」の鋼材を再利用して造られたリサイクル製品。 鋼材の再利用により削減された二酸化炭素排出量は、直径20センチの樹木約六千本が一年間に吸収する二酸化炭素量に相当するんだそう  偉いねぇ

「金名橋」
竣工 2004年(平成16年)
橋長 70m 幅員 4.0m
下路のワーレントラス 1連

在りし日の金名線の起点「白山下駅」は「濁澄橋」の近くだったみたいで 駅跡が残ってるようだからまた行ってこようと思う。 先代の「御影大橋」にもお会いしたかったな でも小さくなってるけど面影はある  また来たいと思います さようなら


今、地図をよく見ると うっすらと廃線跡だとわかる「金名橋」から続く道に 絡みつつ 県道をまたしばらく進む。 よく思い返してみると 使われてない古い公民館だと思ってスルーした みかん茶色の瓦屋根の建物は金名線の終点「加賀一の宮駅」で間違いないな もうちょっと勉強して出直します。 その「加賀一の宮駅」のある込み入った町内を過ぎて 手取川に視界が開けたところに発見 「和佐谷橋」。なんだコレ

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ご覧のように吊り橋だった頃の主塔が両岸には 今も残っている 1932年(昭和7年)に吊り橋として竣工した時は川の中にも主塔があったそうで 下の写真中央の大きな橋脚の上に主塔が建ってたと考えられる 2連だった吊り橋を1953年(昭和28年)に両岸の主塔を残したまま吊り橋を撤去して 足らない橋脚を新設し6連のポニーワーレントラスが据えられたから こんな2度見してしまうぐらいの楽しい橋になりました(笑) 

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「和佐谷橋」
竣工 1953年(昭和28年)
下路の平行弦 ポニーワーレントラス 6連

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「和佐谷橋」のすぐ下流側に架かってた「水管橋」。この写真ではちょっとわかりにくいけど スキューしているランガー橋。 と さらに下流側に国道157号の「山上郷大橋」。 いい天気。

「和佐谷橋」を歩いて往復した時に 歩数を数えたけど 忘れてしまった メモにもないし おおよその橋長もなぞのまま 再出発。 またおじゃましますね

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草が上手にかばっても もう明らかに廃線跡とわかる線路沿いを 北陸鉄道石川線の終着駅になってしまった「鶴来駅」に向かう。

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途中、ほんともう「鶴来駅」って 手前で廃橋を見つけた 当然もうこの橋梁を渡る列車はいない 青空がクールな分、 その鉄道橋らしい松葉色が一層 胸にしみる  なに川橋梁と呼ばれていたのかな 

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想像より立派な「鶴来駅」だったけど 向かって左側からずーーと廃線。


近くの、天狗橋事件で有名だった「天狗橋」にも寄ったけど トラスは撤去されて もう天狗橋事件とは無関係なコンクリートさんに架け替えられてたから割愛。 

ここから国道157号と国道8号で金沢市役所に向かい この旅で唯一の観光地を目指す。実は楽しみフフン


今日の目標だった国道157号の完全制覇は達成したから良しとして 北陸の空part2 その3につづく

アレっ?
 
 

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Category: 2015年09月20日 北陸の空2

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北陸の空part2 その3
金沢市役所の駐輪場に着いた時には 国道157号を完全制覇したと思って、 こう 右足を軸に ちょっと浮きあがる感じで時計回りに クルッと回って 小躍りしたんだけど  前回、自分で書いたのを読み返してみると 途中から長いこと県道に寄り道してるから 完全にアウト。  毎回ツメがあまくて 宿題ばっかりが溜まっていく(涙)  小々次郎も来年は年男で 1回転しただけなのにクラッとするお年頃。  残りの人生で全部宿題が提出できるのかが心配になってきた 自分にはあと何回、夏休みがくるのかな(涙)。 いかん いかん ハレマスヨウ二 ハレマスヨウ二。

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ズリーー って云われるかもせれませんが 休日の金沢市役所の駐輪場は無料開放されています 平日もかな。 雨が降ってると容赦ないし 黙っててもクサイ臭いを嗅いじゃうけど 単車旅はこういう時にも得した気分。 

前回来た時も思ったけど 金沢の街は文句なく素敵。 すず風のような空気に気品があって 自然に背筋が伸びるし  ちょっと見ると新品で尖ったものなのかもしれない部分でも 厳かでありながら 華やかさを感じる。 ちょうど神前式の式場にいるような錯覚。 新しいものも 古いものも自我を確立して 寄り添ってるからなのか 優しい気持ちにさえなってくる この街だったらアメリカ人じゃないおっさんでもレディーファーストをしちゃうハズ。 わかった! ニューヨーク みたいな街だ  行ったことないけどね。

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息をころして おしゃれな街をコソコソと渡り、 真弓坂から「兼六園」に忍び込んだ すぐの木の根っこ。 なんかう蠢いてない? 出してあげたいけど 気味が悪くて目を逸らしてきた ごめんなさいね


根っこと 道を挟んで反対側、「瓢池」(ひさごいけ)の中にある 海石塔の立つ島に架かる「日暮らしの橋」。 「このほとりに立って、辺りを眺めていると いくら見ても見飽きなくて いつしか日が暮れていた」から名付けられたそう 物語があるね 

日暮らしの橋

「日暮らしの橋」
橋長 13m 幅員 1.75m
戸室石の石板橋



以下は歩いた順です

「汐見橋」。昔は海が見えたんだそうです
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せせらぎに架かる「黄門橋」。切石橋としては「兼六園」の中で最長。 全国の日本庭園の中では4位。横から見ると2枚重ねたように見えるけど 実際は一枚石。 橋台とはワザと斜めに架けてあって 遊び心満載の橋

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「黄門橋」
橋長 6m 幅員 1m 厚さ 0.4m
青戸室石の反橋


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第1キノコ
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一番有名な 霞ヶ池の北岸、徽軫灯籠の手前に架かる「虹橋」。 「兼六園」の石切橋では黄門橋に次いで2番目に長くて 赤琴の形のように緩やかな曲線を描いていることから、琴橋とも呼ばれてる。 こんなに乗っても大丈夫なんだろうか

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「虹橋」
橋長 4.99m 幅員 1.1m 厚さ 0.3 
赤戸室石の反橋



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これは、橋じゃなくて水路のフタなのかな 外につながっていく。

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「月見橋」。
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「木橋」。
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七福神山から少し下流の曲水に架かる「雁行橋」。夕空に雁が列をなして飛んでいく様子を再現。 一枚一枚の石の形が亀の甲羅の形になっているから、亀甲橋とも呼ばれていて 万年を生きる亀にちなんで、この橋を渡れば長生きができると言い伝えられていたけど 摩滅が激しくて現在は通行止め(涙) 渡ったことがある人もいるんだね

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「雁行橋」
11枚の赤戸室石をつなげた切石橋



そのお隣、七福神山の正面の曲水に架かる「雪見橋」。青戸室石を2つ上手に2列合わせて敷いてある 橋台の御影石の白色と青戸室石の青?のコントラストが特徴とアル。 この橋も渡れなかった

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「雪見橋」
橋長 4.8m 幅員 2.3m 厚さ約3cmとアルけど? 30cmぐらいはあると思う。
青戸室石の反橋



「千歳橋」。
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鶺鴒島となりの曲水にかかる「花見橋」。欄干の柱の頭に擬宝珠がかぶせてあって、4月は桜花、5月は曲水のカキツバタやツツジの眺めがいいところから、この名が付いたとアル。曲水に架かる月見橋、雪見橋と合わせて三橋といわれています

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「花見橋」
現在の橋は1989年(平成元年)に架け替え。
木製の反橋



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腰に手を回して 昼間っからイチャイチャしてた松の木
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「板橋」。
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「一跨ぎ橋」(仮称) 「架けず橋」のほうがいいかな
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第38から第46キノコ
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最終キノコ
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ハイ、お察しのとおりです 平成も27年になってからの衝撃の新真実。 「兼六園」のほとんどは「橋」と「キノコ」で出来ていたぁあ。

冥利に尽きる  ありがとう「兼六園」。 北陸の空part2 その4につづく




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Category: 2015年09月20日 北陸の空2

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北陸の空part2 その4
北陸の空を観覧してから 早、2ヶ月(涙)。 そろそろ街中じゃぁ ジンゴノベー♪ ジンゴノベー♪ ってさわぎだしてる頃だろうし  ひょっとして金沢あたりはもう雪が積もっちゃって 木の枝を上手にロープで吊るし終わった「兼六園」とかは 曲水がスケートリンクに無料解放されてるんでしょうか。  そー云えばスケートをするときのカップルって どうしてわざわざ 一本のマフラーをつけて首を絞め合うのかな 綱引きみたいな競技?
うーさぶいさぶい。

「兼六園」の本質を写真におさめて さよう なら。 また見つからないように おしゃれな街をコソコソと駐輪場に帰ってきたら 市役所の懸垂幕に「金沢に来るなら 春か夏か秋か冬が いいと思います」って三桁に分けて、雰囲気をやわらかくした明朝体で書いてあった。 春と秋はオレも太鼓判を押すよ  残るは夏と冬か フフン。

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市役所の駐輪場を21世紀美術館 側から 信号を2回待って大通りに出ると 少し下って行くような錯覚。 背が高い街路樹だけのせいにしちゃわるいけど 急に日が陰った 三車線もある一方通行はやっぱり大渋滞。 随分経って109のドン突きを左に折れて、耳元で回るバスの大きなタイヤにビビりながら国道157号をしばらく行った先  北詰からだと少し仰ぎ見るかたちでご対面。 おまちかね 加賀藩城下 一ノ橋の末裔、 赫赫たる「犀川大橋」が傾きだした秋空の色にまでつづく グラデーションを織りなしていました

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正面からだと お相撲さんの「はっけよいのこった」のポーズに見えてしまうのは 橋長に対して幅員が広いからだと思う。

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大正生まれの割に大きな幅を持って造られたのは やっぱり当初から交通量が多かったのもあるけど 1967年(昭和42年)まで北陸鉄道金沢市内線のチンチン電車が真ん中を走ってたんだそう。 そのおかげで強度も十分だから おじいさんなのに今でも国道だし ガシガシ使われまくってて 気の毒って云えば お気の毒。 お疲れ様です

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そんなゴリマッチョな おじいさんの 無骨な見た目とはウラハラに 昔から多くの人に親しまれ その功績は当然、讃えられて 2000年(平成12年)には国の登録有形文化財に登録されました。 おめでとーございます

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わりと最近になってから拡張整備された歩道の 丸みを帯びた張り出しに設置してある 文化財のプレートの写真を撮っていたら すぐ横で、独り言の声がおおきな おじさんが「なんで文化財なんだ」「どうして文化財なんだ」ってわめいていたから オレに聞いてるのかなぁ と ちょっと思ったけど 怖かったんで知らん顔した  ごめんなさいね

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銘板には「日本橋梁株式会社 製作 大阪」とアルし 設計は当時、日本橋梁株式会社の専務で あの「澱川橋梁」の設計も担当した「関場茂樹大先生」。 垂直鋼材にはヤワタの文字が見えたから 日本純血かと思いきや 「犀川大橋」の完成当時は関東大震災の影響もあって 鋼材が入手し難く 少し英国産の血が混じってる

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「犀川大橋」
竣工 1924年(大正13年)7月
橋長 62.3m 幅員 18.7m
下路の曲弦ワーレントラス 1連

190回中181回が北陸下街道を利用してるそうなので お城との位置関係からすると 参覲交代にここを渡ったのは東海道や中山道を通って行った時の数回だけだと思う。 何度も架け替えられてるから 姿は変わってるでしょうけど すごくすごく昔から在って 人や馬や車だけじゃなく いろんな思いや 文化、その時々の海風もが ゆっくりとこの橋を渡って行く姿が見えました。  

ありがとう「犀川大橋」。今度は思い切って冬に来ます(電車)  さようなら。



今週のオマケ

「犀川大橋」の お隣の隣、「金名橋」に鋼材を譲って架け替えられた「御影大橋」。

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「御影大橋」
竣工 2006年(平成18年)
橋長 108.6m 幅員 22.0m-24.5m
単弦のローゼ

地図を見るとこっちは国道8号の旧国っぽい。



やっと初日終了で 良しとして 北陸の空part2 その5につづく

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Category: 2015年09月20日 北陸の空2

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北陸の空part2 その5
今日はダメだけど おととい みたいに澄みきった いい天気の日は 職場の窓から御嶽山の先っぽの方が見えるんです 急かされすぎて 見てるようで見てなかったんですけど、  不謹慎かもしれませんが いつの間にか びっちっりと雪化粧をしています また、おかかえのメイクさんがカリスマで ちょっと うっとり。 もうすっかり冬ですね  秋めいていた北陸の空も 今となっては遠い記憶。 でも懲りずにシレッとつづけます ごめんなさいね


前回は「テルメ金沢」で雑魚寝したんだけど 今回は「ゆめのゆ」でやっぱり雑魚寝した(笑) 今まで行った 全国の健康ランドの中でも最大級だったし 比例して寝れるイスの数も多かったんだけど 文字どうりイス取り合戦に負けて 急遽開放してくれた 会議室みたいなところの硬い床でなんとか寝むり 5時41分に目覚めた。 でもサウナは室内温度を下げない為の入口の配置や 出口で自動的にシャワーが汗を流すシステムで衛生面も配慮してあったし お風呂も素晴らしかった

駅もん

まだ朝の6時34分なのに黒山の人だかり  金沢駅大人気。  だからなのか 早朝からパトカーやお巡りさんも結構目に付いて 勝手にビビってた。
  
お巡りさんと目が合わないように 駅前をコソッと抜け出し お目見えしたばかりの朝日に導かれて 浅野川に出ると、 ポストとなんらかの「契り」をかわした親柱を発見「中島大橋」。

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一見、ボーストリングトラスのように見えるけど  まぁ今となってはボーストリングトラスでいいんでしょうけど 斜材は後から追加して補強された為に 元々は垂直材だけで吊っていた「ローゼ」橋 なんだそう。  猫とかも おおきな手術をすると性格が変わったりするって 云うもんね

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「中島大橋」
竣工 1955年(昭和30年)5月
橋長 37m 幅員 13m
どちらにしても下路のアーチ橋で1連


オレはこの姿しか知らないけど 人が変わっちまった「中島大橋」に さよなら云って  城下町ックな風情漂う浅野川沿い、 左岸の細い一方通行を 流れに逆らって上ること300m。 亜鉛が含まれるシルバー塗料で身を固めた頑固者「昌永橋」を即発見。

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30代の人しか渡っちゃダメなのかな と 一瞬だけ思っちゃたじゃないかい。 この橋もさっきの「中島大橋」と同い年で 両方とも東京鐵骨橋梁製作所製なんだけど 幅員が細いから形状も全然違うし 色も手伝って「昌永橋」の方が老けて見える そのせいか人通りも少ない 日陰の橋。

「昌永橋」
竣工 1955年(昭和30年)
橋長 38m 幅員 4.5m
下路のポニーワーレントラスで1連


イヤ、本当は 日は当たっていたから 裏の世界の住人でもない「昌永橋」で浅野川を渡り 今度は一方通行じゃない 右岸沿いをしばらく進み 出くわした「彦三大橋」で浅野川を渡り また左岸に移ってすぐ。 さっきと似たような感じの「小橋」。

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「小橋」って云うわりには ギリギリだけど2車線ある。 大きさを競っているのは「昌永橋」とじゃないみたいで いつできたかは、はっきりしないけど歴史的には「小橋」の方が断然古い 奥の有名な飴屋さんよりもずっとずっと古い。 「小橋」は、1922年(大正11年)と1953年(昭和28年)の大洪水で流されて それぞれ架け替えられているんだけど  大正時代に流される前は、欄干に擬宝珠が付いた木橋だったそう。 それだったら きっとこの町内には似合っていたんでしょうね

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「小橋」
竣工 1953年(昭和28年)10月
橋長 36.1m 幅員 10.5m
下路のポニーワーレントラス 1連


「小橋」で浅野川を渡り 俵屋さんはまだ営業してなかったからUターンして ちょっとこみいった町内を抜けると 木製の歩道橋を発見したから 寄ってみた「中の橋」。

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昔は「小橋」もこんな感じだったんでしょうね  対岸は重要伝統的建造物群保存地区に指定されている主計町のお茶屋街。 なんか自分は近寄っちゃいけない気がして「中の橋」の中央でUターンしてきた。 Uターンした場所で上流側に目を細めると 「小橋」、「中の橋」ときて、当たり前だろって感じで ふんぞりかえっていました「浅野川大橋」。

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「浅野川大橋」
竣工 1922年(大正11年)
橋長 55.0m 幅員 15.6m
上路で3径間連続のコンクリートアーチ

「犀川大橋」と人気を二分する金沢の代表選手。 今の地図を見るとさっきまでは「御影大橋」がそうかと思ったけど 「浅野川大橋」から お城を囲むように武蔵が辻、香林坊を経て「犀川大橋」に続く道が旧国道8号だった。  結構ずーっと眺めてた。  1594年(文禄3年)に、自分でさえ名前を知っている 初代加賀藩主の前田利家が架けてくれたのが始まり 強くておっかない人だったのでしょうけど 未来につなげる橋も架けたのね。 何度も架け替えられて 必要だから在りつづけ 戦国の世が終わって平和が訪れ保守的になっても 病気や事故の失望感でふらふらと欄干を背に座りこんでしまう人や ほんの一時だけど思惑にはまり 転がるように笑いながら渡っていく人 もっといろいろ いろんなドラマが見えてしまいました。 

うーん どうか ほんとーに いろいろ 明日とかも  ハレマスヨウ二。


北陸の空part2 完結につづく橋

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Category: 2015年09月20日 北陸の空2

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北陸の空part2 完結
冬至の日、よく行く日帰り温泉施設の ”日替わりの湯” に黄色いのがたくさん浮かんでいたから おーっ 柚子湯か と 感心したのに よく見たらアヒルのおもちゃだった(涙) あれ絶対わざとなのに 誰もツッコまないのが不思議なんだけど  ツッコむと店のお茶目担当者をつけ上がらせちゃうからかな  それともみんな大人なのに柚子だと思い込んで気づかないのかな。 そういうオレも気づかないフリをしてたけど もうすっかり年の瀬。 秋の話を終わらせないと 年が越せないような 気もしないでもない


えーっと 今頃は あわただしいドラマが 繰り広げられてるであろう「浅野川大橋」にさよなら云って またちょっと 込み入った町内を抜け「浅野川大橋」のある国道を横断してすぐ。 ひがし茶屋街のメインストリートにSRをのせた

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まだ朝早いから お店はどこも営業してない  というか今さっき閉店したばっかり?  残念ながら角度的に こちらのかっこいいお姉さんが覗くファインダーにSRは いないだろうけど SRは以外と古い街並みにも似合う。 と思う。

お店も閉まってるし 条例なのか自販機さえないから 仕方なく、 朝は空気がちょっとしっとりしてる 古いようで 近未来的な 街並みを抜けて 方角だけを頼りに しばらく進むと ちょうどいいところに出た 「天神橋」。

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「天神橋」
竣工 1955年(昭和30年)
橋長 48.1m 幅員 13.6m
下路のタイドアーチで1連

橋の上空、卯辰山の頂上に天神を祀った社があったから 最強の名前をもらったありがたい橋。 完成形と云えば そうかも知れないけど 昭和も、30年になってくると 親柱のアールデコ風味が食傷ぎみ。 でも大好物な「天神橋」に さよならを云って ゆっくり渡り 下流側を見渡すと 2015年のSW。 個人的に、住みたいランキング急上昇の小粋な街。 金沢とも とうとうおわかれ お世話になりました  またお邪魔しますね


この部分は結構残ってる 後ろ髪を思いっきり引っぱられ 国道157号から国道8号に移り 人生初の「すしべん」福留店 に入店。 まずコンビニコーナーからおにぎりを買ってきて ドキドキしながらも きつねじゃなくて いなりうどんを頼んで 両方ともレストランコーナーのカウンターでクールに食べた。 店の人はきっと地元の人間だと思ったに違いない フフン。

期待していたとおりのお味で大満足。 ”まいげん”でしたと ごちそうさまを云って、SRのご当地ナンバーが店内に見えないように素早く また国道8号に戻り 程なく手取川に出ると 1kmぐらい上流に発見「手取川橋」。

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いま気づいて 北陸本線のトラスを見逃してきたのもダメだけど お天気もいまいち。 手取川も噂に聞くほど暴れ川には見えないし たぶん奥にうっすら見えているのは 北アルプスじゃ ないと思う。 一昨年行った富山県と同じで この辺りもGWぐらいが一番ハレてるのかな  

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「手取川橋」
竣工 1932年(昭和7年)10月 
橋長 406.0m 幅員 7.3m
下路の曲弦ワーレントラスで8連

この場所が「粟生の渡し」だったと 横に案内板がありました その案内板によると 手取川にロープを張って、そのロープをたぐり寄せるように進む「綱ぐり渡船」だったとアル。 ということは 時を渡る船にオールはなかったのね  粟生の宿駅と右岸の交通はこれしかなかったので 増水時は何日も足止めされた旅人もあった  ともありました  ほらねっ 昔から橋は旅人の 夢 なんです イェーイ。


昭和7年竣工ってことは まちがいなく旧国道8号だった「手取川橋」に大きく手を振って さよーなら。 ここからは小松、粟津、と ぬくそうな 街を抜けて 一番ぬくそうな 開湯1300年の山中温泉に呼ばれた  はいはーい

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でも山中温泉には浸かってない(涙)

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松尾芭蕉が行脚の楽しみここにありと 称賛した景勝地。 昔は那谷道を通って この「黒谷橋」を渡り 多くの旅人が山中を訪れたんだそう。

「黒谷橋」現在の橋
竣工 1935年(昭和10年)8月
橋長 36m
コンクリートアーチ橋で1連


大聖寺川に迫り出すように建ち並ぶ温泉旅館の裏路地を「黒谷橋」から上流にさかのぼること500m。 行ってみるとわかるけど 以外に、裏すぎて見つけにくいし みんなに親しまれてるっていう感じがしない「あやとりはし」を無事発見。

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「あやとりはし」は 映画監督や いけばな、陶芸、舞台美術、オペラなどなんでもできちゃう 今は亡き「勅使河原宏」さんデザインの橋。 きっと地元の人は どうしてここに あやとり? なのかなと 思ってるけど 黙ってるんだと思う。

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「あやとりはし」
竣工 1991年(平成3年)
橋長 94.7m 幅員 1.5m
単純 曲線 三絃トラス

ウィキペディア先生は ”単純” とおっしゃられていますので 3径間連続にも見えますが 「1連」でまちがいないのだと思います。  もう家元も亡くなられていますし ご自分もこの地について24年。 いつまでもとんがってないで もうそろそろ 山中の町内の方々とも仲良くできるように 心を開いてくれると いいけどね。


ここにSRを留守番させて「あやとりはし」で大聖寺川を渡り 対岸の鶴仙渓散歩コースを徒歩で 上流にさかのぼること今度は800m。 はじめは江戸時代に造られたと伝えられる「こおろぎ橋」に 到ーーー着。

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「こおろぎ橋」(現在の橋)
1990年(平成2年)架け替え
橋長 20.8m 幅員 4.0m
檜作りの頬杖橋

さすがに 江戸時代から受け継がれているだけあって「こおろぎ橋」はこの町内によく馴染んでる 見てこなかったけど お土産に かりん糖こうろぎ橋 とか、こうろぎ橋漬け や、こうろぎ橋柄のネクタイ とか売ってそうなぐらい馴染んでた  でも「あやとりはし」の問題は時間が解決してくれるような 簡単な問題じゃない気がする。

「こうろぎ橋」で大聖寺川を渡り 今度は ゆげ街道 をぶらぶらして SRを停めてある「あやとりはし」に戻ってきた。 不憫に思いながらも かけてやる言葉も見つからず「あやとりはし」には さよなら云ってUターン。 また来ますね

山中温泉街から 大聖寺川沿いをくだること 3kmぐらい コメリの信号を左折して より、大聖寺川に降りていくと 真正面に登場「二天橋」。

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山中節に 「ハァー 送りましょうか 送られましょうか せめて二天の橋までも」と 「ハアー 笠を忘れて 二天の橋で 西が曇れば思い出す」と 「ハアー 恋のしがらみ かわいやおつる 泣いて別れた二天橋」の3フレーズに登場する橋。  嗚呼、橋上ドラマッチック (はぁと)

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斜材と垂直材が合わさるプレートに いちいちカーブが切ってある 丁寧でおしゃれな作り。 特徴的だから制作会社ぐらいすぐわかると思ったけど わかんない 東京鐵骨橋梁製作所かな(勘)

「二天橋」
下路のポニー ボーストリング プラットトラスの1連


謎を残しつつも「二天橋」に さよならいって 国道に登り、国道8号も横断して 大聖寺の表向きの町を抜けると 途端に 城下町の雰囲気。 だから道も細くなるし 結構迷って 発見「福田橋」。

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斜角がついてるけど 大きさといい プレートのカーブも然り、「二天橋」と瓜が二つ。「福田橋」には制作会社名がわかる銘板が付いていたと思われる跡が残ってた 残念。

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こんなに近い場所だし 制作会社も年代も同じはず。 「福田橋」の親柱にはめ込まれている銘板には昭和十一年六月竣工と彫られてたから 「二天橋」もその頃だと思う

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横に立ってた町の歴史案内板に「福田橋」の完成当時の古い写真が掲載されていました

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「福田橋」
竣工 1936年(昭和11年)6月
下路のポニー ボーストリング プラットトラスの1連



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ホース格納箱に圧迫される「二天橋」の親柱。

「二天橋」の親柱の側面についてるボタンは何だろうと思っていたけど 「福田橋」の古い写真を見ると手摺の跡だとわかった。 と同時にもう一つ思い出した

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上の写真は朝2番に寄った 浅野川に架かる「昌永橋」の親柱。 年代は違うけど「昌永橋」は東京鐵骨橋梁製作所 製。 勘は当たってるんじゃないかな フフン。


いろいろとヒントをくれて 人のいい「福田橋」に さよなら を云ったら もう石川県ともおわかれ ありがとうございました 今度はカニを食べにまた来ます。  



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あとは、国道305号で地形をたどる日本海側の道「しおかぜライン」をゆっくりクルーズして帰りました


長々とすみません 北陸の空part2 完結 2日間の走行距離 556km

良いお年を!