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  10 ,2017

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2016年10月09日  大井川

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大井川
毎年、この日は そんなに大げさに祈らなくても 大抵の場合 ハレるんだけど 今年は前の晩からシトシトと雨が降りつづいていた 体育の日。  お母さんが無駄にお弁当を作る前に運動会は中止になったのかな    自分はお仕事もちょうど 一物件片付いたし せっかくの連休がもったいないから 9時頃まで雨が上がらないかな と ねばったけど 結局カッパを着て 雨の中 出発。 案の定キックも 20発。(涙)

予報でも午後からは 雨もあがるって云ってたように そんなに大した雨じゃぁない 前の車が跳ね上げる水滴が シールドにへばりつくのが鬱陶しいだけで あとはそんなに嫌いじゃない 濃いめの霧みたいな煙が漂う 名古屋の街なかを抜けた さすがにバイクとは すれ違ってない。 

生2

熱田神宮をすぎてから国道1号に入ると 速度も乗ってくるし 停まるのが億劫になって 長い時間黙々と走っていたから どこからって聞かれても はっきりしないけど 完全に雨も止んでるなぁ と気づいた頃でした(遅)  お久しぶりの「西浜名橋」。 なんだけど 全員ツノを尖らせて  やっぱりなんだか不機嫌そう
 
「西浜名橋」
竣工 1932年(昭和7年)
上路のRCアーチ 13連

今でこそ歩道橋になってしまって 国道の番号も剥奪されたけど 昔は車も渡していたし 間違いなく旧国道1号で 由緒ある東海道。 国道だった頃、本当はツノの三角形の出っ張りに すずらん型のランプが設置してあったんだそう。 

でも、ご機嫌ナナメの「西浜名橋」にさよなら云って 700〜800m。 今度はそんなに尖っていない「中浜名橋」を発見。 こちらも当然 お久しぶりです

中浜名

「中浜名橋」
竣工 1929年(昭和4年)
上路のRCアーチ 9連

地形も変わっているだろうし どっちの「浜名橋」が元祖かはわからないけど 「浜名橋」は まだ浜名湖が海とつながる前の 平安時代から架っていた 悠久の歴史を持つ橋。 

鳥居

なんども歌に詠まれているくらい。 意外だけど東海道が海に面してる区間は少ないそうで 東海道を旅する昔の旅人が「浜名橋」の橋上に立って 美しい遠州灘の大海原を前にしたら やっぱり ”うひゃー” ってなったただろうな そりゃ ちょっとでも覚えがある人なら きっとこの橋に感謝して 歌だって詠みますよ  オレには絶対無理だけど

鳥居の先、今の国道1号の「浜名大橋」のはるか はるか さき、 いろんな時代の「浜名橋」の橋上からみえた景色に思いを馳せ  現代の「浜名橋」達に さようなら云って再出発  またおじゃましますね


バイクともたくさんすれ違うようになった 旧国道をそのまま しばらく進むと 今業界で大問題! わわわわ 噂には聞いていたけど なんでこんな おっかない色になってるの?「掛塚橋」。

掛塚橋

どこのどなたが決めたのか 軍艦みたいな色になって おっさん度がメチャメチャ上がってる あの愛嬌たっぷりだった ピンク色の時代を知ってるだけに これはアリエナイ(涙)

「掛塚橋」
竣工 1955年(昭和30年)
橋長 877m 橋幅 6m
下路のカンチレバートラス 58.2mが 15径間 

15径間もあるんだスゲーな。  でも、人が変わっちまった「掛塚橋」で これまたお久しぶりの天竜川を渡り ナビの云う事を聞いてたら どっかの街中で新幹線と東海道本線の高架をくぐって また国道1号に戻ってた  国道をだいぶ走ってから 道なりに県道381号になって しばらくしたら お待ちかねで 初めましての大井川を これまた初めての「大井川橋」で渡らせてもらった フフーン。

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以前教えてもらったんです 「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」!! 自分でも調べてみたら 表向き徳川幕府は江戸防衛の「砦」として 大井川に橋をつくらせなかったので 東海道一の 難所だったとありました 橋や渡船がない代わりに 肩車や蓮台っていう 簡単な神輿みたいなのに お客を乗せてその神輿を担ぐ 川渡しのプロ集団、川越人足さん 達に 料金を支払って川を渡してもらっていたそうで 中には わざと深いところを通って 転んだりして通常より高い料金を請求する悪いヤツもいたみたい でも渡ってみたい!

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大井川が ひとたび大雨に見まわれて 水深が5尺(約1,5m)以上になると「川留め」になって 通常は2日~1週間ぐらい待てば再開するんだけど1868年(慶応4年)に連続で28日間「川留め」になった時は 島田宿や周辺の宿場は大変繁盛して儲かったそう 自分はいつも ハレマスヨウニ と願うけど 宿や酒場の経営者達は フリツヅキマスヨウニ と願ったのでしょうか 

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「大井川橋」
竣工 1928年(昭和3年)
橋長 1026.4m 幅員7.3m
下路の曲弦プラットトラス 17連

渡船や橋を架けても良くなったのは 明治維新後。 はじめは当然「木橋」だった「大井川橋」で 初めて駿河と遠江がつながった 難所だった分 みんなすごく嬉しかっただろうな あらためて橋って偉大。  同時に自由の象徴でもある「大井川橋」に ありがとうを云って さようなら また来ますー

「大井川橋」に直接取り付けられている「大井川橋東」の信号機の交差点は右折禁止なので 一旦左折して150mぐらいさきの回転道路を使って左岸側の堤防道路に出た その県道342号を大井川に沿って下ること1km弱。 大勢いるから即発見!「大井川橋梁」(東海道本線)。

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やっとお会いできましたぁ  レンガで出来てる橋脚に何枚もの鉄板のタガで補強してある方が下り線(左側)。 橋脚は1888年(明治21年)竣工当時のものを補強して現役。 これに「第五長良川橋梁」や「第一九頭竜川橋梁」が乗って 連なっていたのかと思うと 泣けてくる お墓まいりに来た気分。 でも今回帰ってきてから調べてみたら「第五長良川橋梁」や「第一九頭竜川橋梁」は「大井川橋梁」の初代じゃないことがわかった 初代はポーナルさん設計のダブルワーレントラス 現「揖斐川橋」と同種。 転用先も気になるところ。

「大井川橋梁」(下り線)
竣工 1915年(大正4年)
橋長 1018m 単線
曲弦のプラットトラス 62.4m×16連

次回は「第五長良川橋梁」や「第一九頭竜川橋梁」の写真を額に入れて持参します さようなら〜

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お〜い川。

また県道342号で大井川と並走して下ること 今度は2km強。 ギネスブックにも載ってる”世界一の長さを誇る木造歩道橋” 「蓬萊橋」。
さっきまでの「大井川橋」や「大井川橋梁」で 写真を撮ってる人は一人もいなかったけど 「蓬萊橋」はカメラマンだらけ。 こんなに近いのに 「蓬萊橋」だけが観光地なんだね(涙)

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「蓬萊橋」
竣工 1879年(明治12年)
橋長 897.422m 幅員2.7m
木造橋

明治12年竣工なので 本当の参勤交代で大名たちが渡ったことはないはずだけど 映画の撮影で使われるのは雰囲気なんでしょうね ちなみに京都の「流れ橋」も竣工は1953年(昭和28年)。(涙)

大井川かち渡り 三枚続

広重「大井川かち渡り」


大井川 その2につづく





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Category: 2016年10月09日  大井川

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大井川 その2
最近 うちのココさん(猫) 朝方になると なんか ”にゃうにゃう” 文句云いながら 布団の中に入ってくるけど 昼間はまだ冷たいコンクリートの床にお腹をつけているから 本人もここんところのへんてこな気象に困惑してるのかな。  でも彼の場合 春夏秋冬 朝昼晩 ほとんど寝てるから そんなに関係ないハズなんだけどね。

雨上がりの体育の日のつづき  「蓬莱橋」が架かっていたココ、静岡県島田市は 「文金高島田」とかの「島田髷」の発祥地。 毎年9月の第3日曜日に「島田髷祭り」が行われている。 今日は10月9日なので「島田髷祭り」じゃぁないだろうけど この日も駅前の道路をホコテンにして 大層 騒いでいたから 島田市民はお祭り好きなんだと思う。 おかげで 大回りしなきゃいけないし 迂回路は大渋滞。 30km離れた静岡駅近くの本日のお宿に到着した時には すでに 夜の帳シャッターが閉店ガラガラ(涙) 

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個室にトイレとお風呂がない部屋は一泊3、900円の 「サンキュープラン」。 大浴場には小さいけどサウナも付いてて大満足。 お世話になりました

翌朝6時19分。 息も白くないし ホテルの人がここに停めてって云うから心配したけど シートも濡れてなかったからよかった SRもチョークを引かなくても キック1発 おはよう 出発。


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ホテルがある「しあわせ通り」から 県道208号を左折して 進んだって云っても 500m。 まだ開けきってない うす曇のふわふわとした 穏和 でさえ あなたを より 剛健 とするための 演出なのでしょうか 「安倍川橋」。  はじめまして おはようございます。

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間違いなく 旧国道1号で 由緒正しき東海道。 安倍川も明治になって川越人足が廃止になり 渡船の後、木橋がかかり 現在の橋が3代目。 右岸側(写真右側)の1連が大きいのは、1990(平成2)年、右折レーンを設けるために 2連のトラスを撤去して 3車線分の幅をもつローゼ桁に取り替えられたから

「安倍川橋」
1923年(大正12年) 下路のボーストリングトラス 35.1mが12連
1990年(平成2年) 下路のローゼ 1連

もちょっとしっかり明るくなるのを待てばよかったかな  ちょっぴり後悔しながら 「安倍川橋」で安倍川を2回渡って 安倍川沿いを上る。

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大都会の「安倍川橋」から安倍川沿いを15kmも遡ると 民家もなくなって 完全に夜が明けた。 安倍川は河原に何本もの流れの筋を作って まとまりがないし 水量もそんなに多くないと思う。  県道27号をしばらくして「玉機橋」で安倍川を渡り、 「西山橋」で中河内川を渡ってからは いよいよ山道になる雰囲気。  最初の分岐で県道189号を選択すると 並走するせせらぎは西河内川になった。

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県道189号に入ると当分登りだから 道もくねくねしてくるし 木の影になって気温は下がる  昨日の雨の名残なのか この辺りはいつもそうなのか知らないけど アスファルトはちょっと湿り気味。 慎重に進むから鼻歌はいつの間にか「君が代」をローテーション。  ちーよーにーー やぁーちーよーにーー と 標高1049mの 「笠張峠」 を越えた

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「笠張峠」を越えてすぐの開けた場所に 掲げられた道路標識には「左折 大型車通り抜けできません」の文字。 イヤイヤ ここまでだって無理でしょう と思ったけど  万が一ここまで大型車が来てしまった時は Uターンできるように 大きくスペースとってあるのかな  大型の運ちゃんが ブツブツ云いながらも 苔を払うぐらいに スペースを目一杯使って 綺麗にUターンしていくシーンが浮かんだ

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運ちゃんに口笛吹いて 県道60号を井川方面に進み 今度は標高1184mの 「富士見峠」を越えた 越えてから30分ぐらいくねくね道を走って トンネルを抜けると 井川ダムの堰上道路に到〜着。 バイクに乗ってる方は ダムが好きな人が多いってことは知ってる 自分は興味がないわけじゃないけど どっちかって云うと ビビってて おっかない。  同じライダーとしてダムに萌えない自分を恥じながら 一枚だけ写真を撮って 既読スルーです ごめんなさいね

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堰上道路の突き当たりを左折してすぐ 大井川鐵道井川線の「井川駅」。 残念ながら 2014年9月の大雨の影響で土砂崩れが発生して 末端側の接岨峡温泉~井川間が不通となってて 今は、ロープで簡単にだけど 封鎖されていたし 人っ子一人いない状態。 でも調べてみたらこの11月に再開するみたい

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この分岐に気づかずに えんじ色の板金屋根が並ぶ町内をだいぶウロウロした  井川ダム建設で沈んだ井川村は 金銭補償ではなくて代替地造成による新しい井川村の創造という補償を求めたそうだから  きっとあの町内が新しくなった井川村なんだと思う  お墓とかもちゃんと移せたのかな。 


見えにくいけど 今日の中間目的地、「千頭」の文字がやっと見えたから 良しとして 大井川 完結につづく



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Category: 2016年10月09日  大井川

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大井川 完結
笑えてくるぐらい 忙しいんですけど きっと皆さんもそうでしょうから ソレはソレで いつの間にか世の中は なんでもうまい季節になっていますね 仕方なく自分も 笑えないぐらい よく食べて 怒られるぐらいの 量を飲んじゃってます(涙)  この調子でいくと 年内に正月太りを らくらくクリアしちゃって 本当の正月が来たら 次の段階の人になってるのでしょうか こんな大人の階段は登りたくなかった。  この時期一番好きなのは ちょっとべちゃっと炊いた 松茸ご飯。 フレーバー系は太らないハズなんだけど おっかしいな 体質かなぁ

気をとりなおして 最高気温が25℃だった ハッピーマンデーのつづき。   やっと見つけた「千頭」の文字を横目に 県道でもなくなったし 大型車も通行できない 割に たよりなくもない道を 大井川鉄道の運休区間と並走。  線路の上面が錆びていた「閑蔵駅」をスルーすると 「尾盛駅」には近寄ることもできず 現在の終着駅 「接岨峡温泉駅」に到着。

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駅舎と云うか公民館みたいな この建物よりは 看板の方が価値があるような気がする  大井川鐡道のSLが走る方、 大人気の”本線”とは違って 中部電力が大井川鐡道に運営委託する この"井川線"は 全然人気がない  だから毎年3億円ぐらい赤字なんだけど その分は中部電力がアレしてるんだってね 電気代が高いわけですよ 

このための駅なのに 温泉にも入らず 記念撮影だけして 標高496mの「接岨峡温泉駅」(せっそきょうおんせん)に さようなら。 県道に戻ってしばらく下り トンネルの手前で左の脇道に入って 大井川を見下ろすと 発見!「奥大井レインボーブリッジ」

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本当は もうちょっと右側が この「レインボーブリッジ」のベストな撮影ポイントなんだろうけど すでにプロっぽいカメラマンが橋上にメガホンみたいなレンズを向けて 電車待ちでした(涙) 本当だったら「大井川第五、第六橋梁」って呼ばれるハズなんだけど ハイカラな名前を付けられて 浮かれているのか 橋長すらわからない上路のワーレントラス。 いろんな理由で「秘境駅」なのに都会ぶってる「奥大井湖上駅」に鼻を鳴らして一瞥くれたった

ついでに天気も ご機嫌が傾いてきた 大井川沿いを いくつかのプレートガーター橋をスルーして するすると「千頭駅」まで、 結構な急勾配を降りてきた

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SLってだけでもすごいのに こんなことになってたらそりゃもう大人気でしょう 子供達は絵本の中の世界を等身大で体感して気がへんになってるのか 楽しそう?を通り過ぎて固まってるように見えた  自分も大人になってからだけど ディズニーランドで初めてミッキーを見たときは動けなかった思い出。  でも今日の目的は いぶし銀の「転車台」。

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イギリス式の日本最古級だそうです そうですか。 自分の勝手なイメージでは もっと土に還る寸前を想像してたし その色似合ってないんじゃない? って正直思ったけど  まぁ大事にされてる証拠だし 銀でもないけど エメラルドグリーンの「転車台」に罪はない。

「千頭駅」の入場券はモノクロのSLが印刷された ちょっといいものだったし 入場する時は一枚一枚受け取って「改札ハサミ」で切符を文字どうり切ってくれたから ニヤニヤしちゃたんだと思う フフン。

単車が多くなってきた「千頭駅」の無料の駐輪場を後にして 今度は国道362号で大井川沿いをしばらく下る と 綺麗に整えられたお茶畑がつづくから 念のために深呼吸してみるけど お茶の匂いは全くしなかった

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酷道って云ってもいいと思う 国道362号。 ここまでも結構な道がつづいていたけど この標識を見たときに息継ぎができた ここから一旦区別するように 息を整えて新たな気持ちで酷道362号にチャレンジスタート。

ふさふさ系じゃない ぬるぬる系の苔が路面にまで侵食しはじめている 誰もいない 誰も通らない酷道362号を 絶えず視界の隅にある暗闇と並走。 気がついたら右耳の裏側あたりに不安が貼り付いていて ドクドク ドクドクと急かすけど こんな時は まず転ばない

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途中、崖側を中心に半円を描いて アスファルトに深い亀裂がはしっているところが 何ヶ所もあったし 崩れ抜けて補修されてるところも もちろんあったから やんわりと 暗がりのくねくね道を過ぎると 国道に向いてたつ民家も増えてきて その村は祭りの準備中。 赤いアルトが停まってないかなぁ と第一テラスを探すけど 国道からは見つけられなかった(笑) 

結構横に広範囲な春野町の空を見上げて ストトトトーと通らせてもらい らしくなってきた国道362号で気田川沿いに出て しばらくすると 人懐っこい”親柱”が呼びかけてくれました 「秋葉橋」。

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上の写真じゃトラスに見えないけど 河川敷に降りられたから よかった  気田川は余裕を感じる 緩やかな流れ。  橋台は煉瓦積みだったし 橋脚も輪郭は石積みで重厚感のある 落ち着いた佇まいで さすがの存在感。 トラスも 斜材が中央にいくほどに細くなっていくから 考え抜かれてる。

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「秋葉橋」
竣工 1926年(大正15年)
橋長 93.7m 幅員4.6m
中路ポニープラットトラス 30.2m 3連  


初めましてだけど そんな気がしなくて ついてきそうな「秋葉橋」の親柱に なんとか さよなら云ってUターン また来るね。  国道に戻ると 気田川がいなくなってて しばらくすると 国道362号は二俣川に追いつく。  その二俣川が天竜川に注ぎ込む町内に やっぱりいました「鹿島橋」。 お久しぶりです

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「鹿島橋」
1936年(昭和11年) 
橋長 216m 橋幅 6m
下路カンチレバートラス 57m+102m+57m 3径間


そのお隣、「天竜川橋梁」(天竜浜名湖鉄道)も当然久しぶり 

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「天竜川橋梁」(天竜浜名湖鉄道)
二俣本町駅ー西鹿島駅間
竣工 1936年(昭和11年) 
下路の平行弦ワーレントラス 62.4m 3連他


この前に、これまた転車台のある 文化財の「天竜二俣駅」にも寄ったけど 転車台を見学できる時間が限られてて会えなかった(涙)  今調べてたら 大井川鐵道の近寄れなかった「尾盛駅」近くに 有名な「関の沢橋梁」がいたのに見逃してきてる 近寄れなかったのが原因だけど 展望台があるとのこと(涙)  まぁいいや 大井川にはさよなら云い忘れたから また行ってくる。

ここから家まで130kmもあるけど このあとも国道362号で浜名湖の上の方をかすめて 途中、両サイドがみかん畑で ニンマリする三ケ日を通って帰りました

二日間の走行距離 603km  

大井川 完結