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プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2010年05月16日 揖斐川と

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2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿い
木曽川と揖斐川沿い

国道22号の「新木曽川大橋」で木曽川を渡ってる時に隣の「東海本道線の木曽川橋梁」が長いなーと思ったんですぐ笠松側に下りたけど、知らん間に東海本道線をくぐってた。

笠松競馬場の横を通って堤防に登ったら今度は、「名鉄名古屋本線の木曽川橋梁」の真下に出た。
あずき色に塗られた この橋は、リベットだらけだから古いんだろうな。
 


橋脚には、4、5、6、7、8と上から数字と横線がペンキで書かれてる あんなとこまで水位あがるのかな



電車用だから床がなくて、下から見ると線路がまる見え。

電車が通って行ったけど全然揺れてないみたい。電車に乗って橋を渡るとだいぶ揺れて感じるけど
立派だった。

あずき色の本体に黄色い、人が一人立てるぐらいの籠が一定のスパン取付けられてた。危険だから黄色 なんだろうけど配色的には、まぁまぁ似合っている。

「木曽川橋梁(名古屋鉄道)」は、
愛知県一宮市と岐阜県羽島郡笠松町をむすぶ木曽川に架かる橋であるとある。
この辺りでは、一番川幅の狭い所をねらって造られてて、さっきの「東海本道線の木曽川橋梁」とは、近いけど
100m以上短く出来て低コスト。
完成は、1934年(昭和9年)とヤッパリ古く戦前だ。
供用は翌年で延長484.5m
複線式 下路の曲弦のワーレントラスで7連。
 
地味な色だけどトラスは、にぎやか。

振り返って「東海本道線の木曽川橋梁」も撮ったけど手ぶれがひどくて、また今度

「木曽川橋梁(名古屋鉄道)」をくぐるとき裏側にネットが張ってあった 
 
川沿いに進むと公園になってて、「木曽川橋」に出た。 きれいな橋だな
小さい時から何回も渡っているけど 改めまして素敵です。シルバーの橋は、きれーでも男っぽく見える 。





「木曽川橋」は、
愛知県一宮市と岐阜県羽島郡笠松町の木曽川に架かる県道14号の橋。
供用は、1937年(昭和12年)
延長462.4m 幅員9.0m 
下路のブレースドリブタイドアーチで7連。

現在の橋で2代目で上流側には、初代の木製橋の橋脚がまだある。すげー こっちは、1910年製できっと10連。
現在の「木曽川橋」は、横河橋梁製。 横河さんは、こんなきれいな橋も造るんだな


                                初代の木製橋の橋脚跡

すぐ横、上流側に歩道、自転車専用の橋。こっちは下路の平行弦でワーレントラスの7連。ちょっとクリーム色の入った水色。

渡らずに岐阜方面に。 渡っとけば良かった

松波総合病院の前の坂道途中に小さい親柱が見えたぞ 短い橋があるな 道と一体化してるけどなんかある。まぁまた今度下からアプローチしてみる。

一気に走って茜部本郷の信号を左折して国道21号に。ズドーンと道路にしか見えない「穂積大橋」で長良川を渡って、今日は、マックにも寄らず 「下牛牧」の信号左折してすぐ小ちゃい橋で「犀川」。なんて読んだらいいわからない川を渡って知らない道で右折したら「揖斐川」沿いの道に出た。

国道21号の「新揖斐川大橋」をくぐったら、おまちかねの橋が見えました。



木曽川と揖斐川沿いその2につづく



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Category: 2010年05月16日 揖斐川と

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2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿いその2
木曽川と揖斐川沿いその2

おまちかねの 旧「揖斐川橋梁」現「揖斐川橋」。



天気も良くなって来てその爽やかな、蒸栗色の橋は、意外な大きさで田舎の風景にとけ込んでいますよ


先に「東海道本線揖斐川橋梁」をくぐりすぐ隣の「揖斐川橋」の橋台とSRを入れて記念撮影。
橋台は、レンガで積まれてて中心下部はわざわざアーチに積んでて凝ってる。
レンガ_convert_20110818184404




すぐ下流側、現「東海道本線揖斐川橋梁」の間には、2代目「揖斐川橋梁」の橋台も残ってる


ややこしいので



よけいややこしいかな

初代は、「揖斐川橋」と名前を変え歩道、自転車用となって、現役。
2代目は、橋台だけ残して撤去されてしまった
3代目は、現「東海道本線揖斐川橋梁」。

3代目を造って2代目を撤去するまでの間は、3本の「東海道本線揖斐川橋梁」が狭い場所に架かってたことになる


「東海道本線初代揖斐川橋梁」(現揖斐川橋)は
明治政府が官設鉄道として、日本の東西に幹線鉄道(東海道本線)を敷く為 
1886年(明治19年)に揖斐川に架けた最初の鉄道橋であるとある。

橋長321.7m 
岐阜県安八町ー大垣市間 
下路の平行弦ダブルワーレントラス(ピントラス)
1連が63.4mの5連。
1913年(大正2年)に道路に転用。

国の重要文化財に”指定”されてる。

 


橋脚もレンガ積みで下部、中心がアーチ型に貫通している 橋台のアーチ積みは、このデザインに合わせたんだなきっと

この日は草ぼうぼうで この一枚は、今年2月の再訪時。
よく見ると、真ん中の足は、だいぶコンクリートのパンツ下げてるな


1886年の銘板と


1885年の銘板(ちょっと見にくい)の2種類ある これも今年2月の再訪時の写真


ダブルワーレントラス(ピントラス)とパテントシャフトアンドなんとか製と云えば、
岐阜県中津川市 旧北恵那鉄道の「木曽川橋梁」と兄弟。年式も一緒だし東海道本線の再利用ってあったから あの外人この辺に居たのかな 東海道本線は、長いからな でも同じ電車が走った事は間違いない。
こっちだけ文化財は、気の毒なキもするけど、はじめからずっと同じ位置に居るってのがすごいのか

2代目は、1903年(明治39年)に複線化の為に初代の下流側に架けられた アメリカンブリッジ社製 曲弦のプラットトラスの5連だったそうな。1960年(昭和35年)に3代目が架設され1961年(昭和36年)解体撤去されたけど橋台は、残った 残したんだな 57年間もお疲れ様。

やっぱり1年間とは云わないまでも何ヶ月かは、3本の東海道本線「揖斐川橋梁」が架かってた時期が間違いなくあるな

3代目は、1961年(昭和36年)下路で平行弦のワーレントラスで5連の複線。


それにしても、初代 あんたは、立派だよ124年間もそこに居て人の役に立ってるなんて、普通ならガンコじじいは、いやがられる。 ガンコかどうかはわからない


124年前だと電車じゃなくて汽車だな


この橋の向こうから汽車が走ってくる 想像するだけで だいぶドキドキする。

今日の目的は、これ。 あとは、テキトーに揖斐川を下る


3本架かってる航空写真があったけど見えにくいし年代があってない。まぁいい




木曽川と揖斐川沿いその3につづく

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Category: 2010年05月16日 揖斐川と

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2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿いその3
2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿いその3

今日の目的は、「揖斐川橋」が見たかっただけ あとは、テキトーに揖斐川を下る

「揖斐川大橋」があるけどなんかおなかいっぱい



岐阜県道18号に左折して「大森」の信号をまた左折。何とか岐阜県道23号にでて長良川沿いに。
岐阜県道23号は、国道21沿いマックの裏の「清流サルスベリ街道」だ この辺りの事を清流って云うんだなこの道。いい道だ 天気もいいし、いい風吹いて、チンタラと 酔っぱらって自転車乗ってるみたいだった。

本当、オートバイには、いい道だと思っていたら「国営木曽三川公園」に出た。オートバイだらけ、オレもか。
「国営木曽三川公園」スルーする時 ライダー同士なんか、揉めとった。  いい天気だからオートバイ乗るけど行く所が実感として、あまりない。行く所を決めると みんなと ”かぶってしまう” のが切ない。 仲良く出来るといいけど 同じ趣味でも微妙に違いはあるもんなぁ・・・ 


「長良川大橋」で長良川を渡り 渡ってすぐ左折して、「長良川大橋」とSRを入れて記念撮影。めずらしい、鋼ニールセンローゼ橋。



「長良川大橋」(ながらがわおおはし)は、
岐阜県海津市と愛知県愛西市を結ぶ長良川に架かる
(愛知、岐阜、三重県道125号)の橋であるとアル。
 
供用は、1987年(昭和62年)延長471.5m 
のニールセンローゼ橋。

吊ってるワイヤーをピンビンと弾きたくなる。


振り返って県道168号を木曽川と長良川と一緒に下る。
県道168号が外れて行って、「東名阪自動車道」をくぐると、「関西本線」と「近鉄名古屋本線」の木曽川橋梁のたもとに出た。この辺りは、いよいよ川幅も広くなってスケールがでかい。って完璧に木曽川沿いになってる。

「東名阪自動車道の木曽川橋梁」のすぐ上流側に「木曽川水管橋」なる13連にもつらなった、ランガー橋とSRを入れて記念撮影。 人や自動車用じゃない「水用」の橋。すぐ下には、いくらでも水が流れている木曽川。簡単ではないな。




「関西本線の木曽川橋梁」は、鉄道橋らしい松葉色のワーレントラス。
三重県桑名市と愛知県弥富市を結ぶ橋。
現在の橋梁は、3代目で1976年(昭和51年)に完成。
延長は、854.0mの複線式。
 
何連かは、わかんない 誰も数えきれないくらい長い 向こうまで霞んで見えないし



すぐ上流側に、初代か、2代目の橋脚跡が写ってる。水面スレスレで、アップアップ息をしている。
初代が1895年(明治28年)完成 2代目が1928年(昭和3年)に完成しているとアル。

その下流側、「近畿日本鉄道の木曽川橋梁」は、
うすいグレー色以外は、「関西本線の木曽川橋梁」と
ウリが2つの下路平行弦のワーレントラスで、
延長860.7mの14連

と、こっちは、数えた人がいる。長さとウリ2つ感から云って、「関西本線の木曽川橋梁」も14連じゃないかな。
1959(昭和34年)9月26日に完成したけど
竣工当日の夜に「伊勢湾台風」の上陸で、こわれた。
なので供用は、1959年(昭和34年)11月27日まで延びちゃった。

そうか、きっと「伊勢湾台風」は、人命や民家だけじゃなくいろんな土木遺産も壊したんだろうな

台風や地震、火災なんかを先人は、経験して研究し より強くて安全でコスト抑えた建設物に生まれ変わっていく

既に便利になってから生まれた自分には、想像もつかない大変なご苦労があったんだろうな 初代があって2代目で改善され3代目で完璧にって ぐあいに。 ありがとうございます。  この「近畿日本鉄道の木曽川橋梁」は、2代目。



「関西本線の木曽川橋梁」と「近畿日本鉄道の木曽川橋梁」は、30mぐらいしか離れてない もうちょっと仲良く作れば、橋脚代安く収まっただろうけど どうしたもんかな。

でも良く考えると災害時には、どちらかが保険的な役割をするか、考えたくないけど倒れてもぶつからない距離をあける必要もあるんだな きっと。年代も違うし。


橋と橋の30mの間にSRを入れて記念撮影。 すごい遠近感。

とてもいい天気で ジェットスキーをする人達がビーチベット?サマーベット?で日焼けをしている。結構な人数。 アップアップの橋脚にぶつからない様に気をつけて。

 

木曽川と揖斐川沿い完結につづく


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Category: 2010年05月16日 揖斐川と

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2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿い完結
2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿い完結

「近鉄の木曽川橋梁」をくぐって「尾張大橋」へ 橋梁をくぐる時に銘板がコンクリートの橋脚部にはめ込んであったんで写真を撮った。



すぐに「尾張大橋」 デケーし ナゲー
結構アーチの R が半円に近くて高い もこっ もこっ とした感じ 全景は、鉄のくせに柔らかそうな印象を持った

国道1号線は、たいへん混んでる。

「尾張大橋」(おわりおおはし)は、
愛知県弥富市と三重県桑名市の木曽川に架かる国道1号の橋であるとアル。
供用開始は、1933年(昭和8年)11月8日 
延長878.8m 幅員は、7.5m 
下路のランガートラスで13連。支間長63.4m 

なんかみんな1連の長さは、63.4mだな フィートってやつなのか 


                   よく見るとおねーさんがサマーッベットでくつろいでいらっしゃる


桑名側に1連、支間長40.8mの下路のポニーワーレントラスがくっついてる


リベット多しでかっこいい。大きすぎてグレーに見えるけど 白緑色。(びゃくろくいろ)



渋滞しながら「尾張大橋」で木曽川を渡り



弥富側からSRを入れて記念撮影。 昭和一桁だもんな スゲーな

さすがに最初の国道 いまでも、いっぱい通る。昭和の初期からもう何万人 通ってるだろうか もっとか。

橋が架かる前は、たいていその場所に渡し船があったみたいだけど この場所は、1921年(大正10)以降、「尾張大橋」が架けられるまで、愛知県営の無料の渡船が運行されてたぐらいに 交通量が多い所だったから、国道1号になれたんだ。

それ以前は、「七里の渡し」と呼ばれた渡船が熱田区の「宮宿」から、ここ「桑名宿」まで 渡していた。東海道五十三次で、「宮宿」の宮って熱田神宮のことだろうし木曽川を渡してもらって、桑名って云えば伊勢神宮にお参りに行くんだろうし、昔の人は、お参り大好きなひとばっかり。 オレはお参りよりも鉄橋の方が好き。単車で渡れるし、歴史も感じとる事は、出来るよ。 なんにしろ対岸に渡るのにいちいち船に乗ってた事を考えると、ヤッパリ橋って偉大だ。  渋滞してても速く渡れる


今度は、木曽川沿いを上る様に走りたいけど木曽川と離れてってしまう。強引に左折して堤防に登った。堤防を走れたり、降りなきゃいけなかったりと こっち側は、つまんない道。
それでも「馬飼大橋」に出た。



「馬飼大橋」は、「馬飼頭首工」の管理用道路として1976年(昭和51年)2月26日に供用された、岐阜県、愛知県道134号の橋。

「馬飼頭首工」(まかいとうしゅこう)は、木曽川本川下流部に建設された ”堰”(せき)で「木曽川大堰」とも呼ばれてる。 独立行政法人、水資源機構が管理している。 この法人は、徳山ダムも管理しとったぞ。

「独立行政法人」は、何回読んでもややこしい ようは、国っぽい仕事を 国じゃない企業が、国っぽい目線で行う。たくさん ”天” 下ってそう

「馬飼頭首工」の目的は、上水道、工業用水、灌漑(かんがい)(農地に外部から人工的に水を供給すること)などと名古屋市、三重県、知多半島の人達は、大変助かっている。

よくわかんないけど川の流れをせき止めているので水面は、湖みたいにおだやか  大きな川だな



ダムのようにローラーゲートの様なものせき止めてるみたいだけど、管理用なのか部屋が高い位置に長い足で持ち上げられて建っている。目がかすんでよくわからんけど、16塔ぐらい建っている。
ちょうど窓が並んで2つ取付けられてるので ”目” にみえて、古いロボット規則正しく整列している様にも見える
今は、規則を守って整列しているけどなんかの拍子に、バラバラっと動き出してしまいそう。



堤防で木曽川を登る。 野球をやってたり、サッカーをやってたりしてるのを横目に、天気もよくて、べつにこの後のノルマもないから、てきとーに走ってたら、起の堤防で車がひっくり返ってた。車がギリギリしか通れなくしてある所。  ちょっと停まってみたけど、緊張感は、なかったんでけが人は、いないと思う。



朝見た「名鉄名古屋本線」のあずき色が見えた。今度は、愛知県側の「木曽川堤駅」から橋とSRとお地蔵さんとで記念撮影。橋の端が垂直なのは、めずらしい らしい。



こっち側は、木がジャングルってて水面なんて見えやしない。

踏切を渡って堤防をしばらく行くと「東海道本線の木曽川橋梁」をくぐる。写真とったけどなぜかSRが中心で写ってて やっぱりまた今度にする。

すぐ国道22号の下をクイックで右折して「北方町」の信号で岐阜方面にまた「新木曽川大橋」で木曽川を渡りストトトと岐南インターで国道21号をくぐって、国道156号に入ってすぐの「餃子の王将」に入店
14時過ぎてたけど満席。 でもここは カウンターがあってお一人様は、すぐ座れた ファミリーさんごめんね。

注文は、すでに決まっていた ”餃子定食” メニューも見ずに注文した。 餃子が2人前と天津飯の天津部と串カツが一本とスープとご飯。で 750円 と天才的な構成。 しいて云うなら串カツは、衣がべちゃっとしてて カツと玉ねぎが交互になってるところの玉ねぎ部がトロッとしている 悪い意味でトロッとしていた。
あとは、いい。 餃子は、間違いないし 天津部は餃子に飽きた時に助かる どうして串カツかな ヤッコとかの方がいいと思うけど 会議で「揚げ物は、いりますよ」とかで決まったっぽいな。  ごちそう様

近くのいつもの「永楽」(銭湯)。  19時頃まで入ってたんで帰り暗くてちょっと緊張した。

本日の走行距離 134km また意外と走ってた。