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  02 ,2013

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2013年02月10日 京都大阪

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目指したのは淀川沿い その2
この時は蝉丸さんにさよならも云えず 「大津宿」としか認識がないまま東海道五十三次最後の宿場町を後にした。 国道1号に戻ってすぐ上を行く名神高速道路の大きなアーチ橋をつづけて2本くぐったけど流れ的に停まって写真を撮る状況じゃなかった と オレがあきらめてどうするの   道幅が狭いからきっと最初から東海道はこの位置だったと思う そんなに高くないけど山と山の間を縫うように進むこの道の景色は京への憧れも加速して昔から旅人のテンションをアップさせたことでしょう スキップはこの道で生まれたのかもしれない

せみまる-4

並走する京阪電気鉄道の大谷駅の東約100m、国道1号沿いに「逢坂山関趾の碑」と「逢坂常夜灯」が立ってたはずなんだけど気がつきもしないでスルーしてた さっきの「名神高速道路 蝉丸橋」の撮影共々もう一回行ってこなきゃいかんな



課題が残ってた事も知らず 国道1号でそのまま京都に入った。  そのあと国道1号を離れて京都府道に入ると どこにでもありそうなゴタゴタした町並で京都じゃないみたい 車もいっぱいで渋滞しながらじんわりとしか進まないけど おかげで寒くもない それでも辛抱強く進むと左から宇治川が追いついてきて 同時に大きな大きな鉄橋が目に飛び込んできたー あれだー  あわてずに まずは国道24号の「観月橋」で宇治川を冷静に渡る

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「観月橋」の南詰めに「淀川維持区域標」が立ってたから宇治川じゃなくて もう淀川なのかな  いや間違いなく一級河川宇治川。 信濃川もほとんど千曲川だったから大人の事情があるんでしょう

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「観月橋」は塗装工事中で足場が組んであって見えやしない 親柱は石細工的には大変だろうけどシンプルって云われちゃうだろうな 

宇治川の左岸に車は通れない細い道があったからSRを押して下ると 最初から見えていました 大変お待ちかねの「澱川橋梁」(近畿日本鉄道)が太り過ぎて膝が痛くなった相撲取りのような悲愴な面持ちで大きく大きく宇治川をまたいでいました  やー 会いたかったよ

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ちょうど電車が通って行くからこの橋の大きさがだいたいわかるかな 川幅のある宇治川をうんしょとひとまたぎ 1928年(昭和3年)竣工以来現在まで存在する単純トラス橋としては最大の支間長。つまり日本一。 すげーぞじいさん 途中に橋脚がないから曲弦を上に持ち上げていっぱい補強の入った分格トラスはペンシルバニアトラスと呼ばれてる 名前もステキだけど「力学」で入れたトラスが なぜこんなにも美しい  物が形成するには雪の結晶の様な作用が働くのかもしれない  まじ惚れた

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惚れやめた 近くで見るとごっついしこわい。  ウィキペディアでは途中の橋脚が作れなかった理由や1800トンもの鉄骨材を当時どうやって調達したか 工期がなくて組み立てをぶっつけ本番するための製作精度など 一本の映画になるんじゃないかって云うぐらいドラマチックに時系列で大変面白く、詳しく書かれていますから 是非

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「澱川橋梁」(近畿日本鉄道)
近畿日本鉄道京都線の桃山御陵前駅-向島駅間
竣工 1928年(昭和3年)
橋長 164.6mの1連の複線
下路曲弦プラット分格トラス(ペンシルバニアトラス)

奥に見えるのは「伏見桃山城」。「観月橋」由来の月がキレイに見える 豊臣秀吉 終の家

一応 淀川と云う事で良しとして  目指したのは淀川沿い その3につづく


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Category: 2013年02月10日 京都大阪

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本文: 18  Trackback: 0

目指したのは淀川沿い その1
どこに行っても黒い街宣車が大きな声で建国について語っていた2月の連休日。 志は高く大阪を目指した 早起きはしたものの 道路の凍結が心配なのと寒さもあって8時過ぎの出発。 SRも ぐずってキックは10発以上 幸先悪かったもんなぁ

キンキンした空気を自ら切り裂いて冷たいんだけど期待値の方が断然高くて気分は上々 天気もよさそう あっちの最高気温予想は10°だったけど 関ヶ原で見た温度計は1°を指してた 凍結も今解除したばっかりでまだ路面は濡れてるけど寒いのに朝から塩化カルシウムを撒いてくれた人に大感謝 ありがとうね

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晴れてるけど山の陰になって薄暗い国道21号をやっと抜けて彦根を過ぎた辺りだったと思う 湖岸道路に出たくて知らない道を右折したら 今は休んでいる田んぼにうっすらと雪が積もった壮大な景色の中に一人 名前も無いけどみんなに必要とされたコンクリート桁橋が 冷たそうな用水路に足を突っ込んで耐えてた

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いつの雪かわからないけど 固くなった雪の残る橋上を田んぼ仕事に関係のない自分が渡らせてもらい 一般道に出て琵琶湖を目指すけど道はなぜか彦根の方に戻ってしまう 勘を働かせて方向を決めて左に左に進んで行くと突然 大きな大きな湖が開けた。 向こう岸が見えないよ 本当に海みたい

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ここからは、風が出てきた滋賀県道25号の湖岸道路で琵琶湖の地形ををたどる 常に右側にツーリングの幸せを感じながらニヤニヤ。 波の側面に当たる太陽がキラキラとシールドに反射して冷たいのに暖かい気分 フフーンだ やめられん  当然だけど磯の香りは全くしない

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湖岸道路も少し大きくなって南に向う側は車も多くなってきた頃 信号が少ないので、それでもみんな60kmぐらいで流れていたんだけど オレの後ろから軽自動車のおじいさん 何を思ったのか反対車線にはみ出して、オレを追い抜こうとすごい音。 車間距離しかあけてない間に入ってきてご満悦 何がしたいのかわかんないし危ないよ 

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抜かれる事に執着がないオレだったから良かったけど もうちょっと若い人だったら意地悪されたかもよ まぁ信号待ちのとき先頭に出て抜き返したからオレも大人気ないんだけど   気を取り直して「道の駅草津」でトイレだけ借りて大津に向う 国道1号から国道161号に斜めに入ってすぐ 見つけた

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「蝉丸跨線橋」(せみまるこせんきょう)
京阪電気鉄道京津線の大谷駅-上栄町駅間 
くぐってるのは東海道本線 
1921年(大正10年)
煉瓦アーチ 2連

短いからそれほど恐怖は感じないけど一人で長くは耐えられない フェンスが張られてて網の中にレンズを突っ込んで撮ったらみんなピンぼけでこれしかない残念。 だけどこう云うのは一回くればいいや 

この時もう午後1時 湖岸道路は気持ちがいい素敵な道だけど地形をたどっている分距離があって時間がかかってしまった まぁ急ぐ旅でもないんだけど これはちょっとまずいかも まだ一本も鉄橋が出てきてないから心配して下さる方もいると思いますが(笑)

目指したのは淀川沿い その2につづく


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Category: 未分類

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遠回り
先週の連休を利用して久しぶりに1泊のロングツーリングに行ってきた。 結果は計画の半分も廻れずに、そんなにロングでもなくなってしまった中途半端な旅の空 その話はまた今度ゆっくり聞いて下さい  その準備でオイル交換に出掛けた2月3日の節分日曜日。 それだけではもったいないぐらいのいい天気だったから 帰り道に ちゅる♪ちゅる♪うまうまー♪と鼻歌まじりで 遠回りして2本だけ拝んできた

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その前に素通り出来ない国宝「犬山城」。白い軍服を着ている様な相変わらずの凛々しいお姿でこんにちは

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前を向くと新旧の「犬山橋」が競演。 大正生まれの白い「犬山橋」は、もう電車でしか渡れなくなちゃったけど 現役だし撤去されなかっただけでもありがたい  まだまだご苦労おかけします 

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今まで鉄道橋に親柱が設置してあるのを見た事が無い でも「犬山橋」にはオベリスクタイプの立派な親柱が存在する 理由は下流側に新しく道路橋が完成した2000年(平成12年)までは車も人も渡れていたから その名残。
理解ある方達のおかげで鉄道橋となった今も壊されずに 格調高く空を示していました ありがとうございます

「犬山橋」は名古屋鉄道の犬山遊園駅-新鵜沼駅間の木曽川に架かる橋
竣工 1925年(大正14年)
橋長 233.2m 幅員 16m
下路で曲弦のワーレントラス 73.2mの3連

白って云ったけど ちょっと緑の入った びゃくろく色。 また来ますね さようなら


突然 本当、急にカレーうどんが食べたくなる病にかかってしまい小刻みにふるえがくる ”仕方なく” 国道21号沿いのアピタ内の「若鯱家」に入店 この症状がでるとカレーに浸ったお揚げを口に入れるまでは治まらないから 体重の事は心配するな 今は一刻も早く病気を治すことだけを考えろ と確かに聞こえました

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えびふりゃーはこの地方の文化です 文化人なオレはダブルで頂きます なにも聞こえません うまかったです

症状が治まるとちょっぴりの罪悪感と共に本来の目的を思い出した 今日はあの橋を左岸側から見てみたいと思って国道21号に乗ったんだった どこにも「若鯱家」が入り込める隙はなかったはずなのに 恐怖すら覚える



気を取り直して 今渡ダムを横目に「新太田橋」で木曽川を渡り適当にこの辺かなぁと思う住宅街に入って行くと あっさりと見つけた 「木曽川橋梁」(太多線)。 今渡ダムでたっぷんたっぷんに塞き止められて静まり返ってる木曽川に まじめそうに一直線で架かっていました  すこし風がでてきたね

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「木曽川橋梁」(太多線)は、美濃川合駅ー可児駅間の木曽川に架かる太多線の橋梁
供用 1928年(昭和3年)
延長 307m の10連
下路で曲弦と云うか角弦のワーレントラスが2連
上路のプレートガーターが7連と1連。

鉄道橋らしい松葉色が線路のサビを吸って下の方が茶色く染まり だまってその長い歴史を物語ってる 雰囲気あるなぁ 細くてかっこいい 橋脚も石積みだし 文化財になれるといいね 季節を変えてまた来ます 


三峯温泉に浸かってから帰えりました
本日の走行48km


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Category: 2013年01月13日 堀川沿い

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堀川沿い 完結
美味しかったけど もう今年はいい。年に一回ぐらいにするか大盛りをやめないとダメだな 単独行動だと誰も見てないから調子に乗ってお腹いっぱい食べてしまう  私の生き方をときどき遠くで叱ってほしい

お腹ポンポンで出発。 名駅通りから「山王橋 」で堀川沿いにまた戻りしばらく下ると「古渡橋」に遭遇。ちゃんと屋根も窓もある親柱。入口さえあれば2時間ぐらいは住めそう 雨宿りには最高だと思う  この橋も堀川に最初に架けられた堀川七人衆の一人。

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この橋には本当に住人が居る 橋のすぐ横にブルーシートで上手に家を作って結構いい暮らしをしていた けど 堀川におしっこしてるのを目撃してしまった 逮捕だ あのヤロウ 市県民税も払ってないくせに 今度から小さい鳥居をいつも持ち歩こうと誓った 腫れちゃえ


気を取り直してまたしばらく進むと「尾頭橋」。この近くにJRAがあるからなのか昼間から酔った人が多い いやJRAに罪は無いし 博徒はもっと誇り高い。 はず

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「尾頭橋」(おとうばし)も堀川に最初に架けられた七橋のひとつで「佐屋街道」とある
「佐屋街道」は、東海道の宮宿と桑名宿とを結んでいた道。 普通なら宮宿と桑名宿間は「七里の渡し」を利用しなければならなかったけど 天候次第で船が出ない日もあったり、船酔いをする人や、犯罪に巻き込まれやすい女性や子供の旅人からは敬遠されてて、「七里の渡し」の迂回路として盛んに利用されたのが、この佐屋街道であるとアル。ようは遠回りの脇道。 オレもこっちを利用したい 東海道の「七里の渡し」は、今は天下の国道1号。フンダンに鉄を使った「尾張大橋」となって大出世をはたす よっ

実は「古渡橋」も「尾頭橋」も渡ってなくて、今の橋が何年に竣工されたのか見てきてない お腹いっぱいなのは、いろんな緊張感を解いてしまうからだめだな  まぁ自分の目で見る事が目的だし当然好みもあるからね


きっと次の鋼橋がもう見えてたんで上の空だったんだと思う 次の橋は「住吉橋」。午後からの曇り空に機嫌を悪くしたのか ぶすっとした表情で川面におなかを映していました ちょっと冷えてきたね

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なんでだろ親柱が2つづつ 計4つもある 両サイドのコンクリートアーチは、後から拡張したのかな しかしなにがあっても絶対に飛び込みたくない川の色。 とは対照的に 鉄の冷たくて固いイメージを ほんわかした優しい雰囲気にかえてくれる浅緑色。 やっぱり色って大事だね 「尾頭橋」から250mぐらいなのに治安もよくなった

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メリーゴーランドみたいに回わちゃいそうなランプはどっかと交信できそうだし 欄干にはめ込まれた鋳鉄の装飾もダサくてかっこいい デザインはこの時代に出尽くしてるな

「住吉橋」(すみよしはし)
竣工 1937年(昭和12年) 
橋長 30.4m 橋幅 24.5m
構造 上路でソリッドリブアーチの1連
   コンクリートアーチの2連

晴れた日は印象が違うでしょうね また来ます さようなら


ストトトトー(SRはこんな音がして頼りない)とつづけて左岸側を走ると「熱田記念橋」。

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片持ちの吊り橋で 主塔が1本しかないからちょっとめずらしい橋 堀川も川幅が広がってきた いよいよ海に出るけどこの先に興味のある橋はないんで「白鳥橋」から国道1号を通って ずーっと呼ばれ続けてたけど行けてなかった「神宮前駅」に初到着。

本日のメインイベント とってもお会いしたかった「御田人道橋」。手作り感満載のそのお姿は夢にまで見ていました

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すぐ下の名鉄神宮前1号踏切とJR東海御田踏切が合体している踏切は 「開かずの踏切」として超有名だった 国土交通省では「開かずの踏切」を「ピーク時の遮断時間が1時間あたり40分以上となる踏切」と定義してる  この名物踏切も2012年6月30日廃止。 トラ柵で封鎖されてたのはいいけど 問題はそのトラ柵に貼ってあった案内。

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踏切跡に新しい歩道橋が出来るとアル。 あーあ「御田人道橋」撤去確実だな 平成28年完成とアルから それまでに出来る限り 何度でも弁当を持って通う覚悟がかたまった。

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JR東海道線を跨ぐのは 下路でボーストリングストラスの1連

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名鉄名古屋本線を跨ぐのは 下路で平行弦のワーレントラスの1連


どちらもいろんな国製の古くなったレールを再利用してつくられてて 今も健気に人の役に立っていました この満身創痍の姿故 哀切このうえない思いではありますが もう休ませてあげるのも愛。

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支柱も古レールを上手に曲げて再利用。 こんなかわいい跨線橋が大好物 今度は錆び止め塗料でも持って また近いうちに必ず伺います(涙)


長々とごめんなさい 本日の走行 73km



08

Category: 2013年01月13日 堀川沿い

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堀川沿い その6
一番 不本意なのは「松重閘門」本人だとは、わかってても 励ます言葉も見つからずに 滲んだ涙をぬぐい黙ってうなずいただけで お別れをした もう見に来てほしくないだろうな


じくじたる思いの「松重閘門」の横を抜けて名古屋高速都心環状線をくぐり ちょっと堀川沿いから離れる この近所に無視できない全国でも珍しい神社があるそうなので探してみたら 難なく発見。「鹽竃神社」。(しおがま神社)

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全国でも珍しいと云う事は世界中でも珍しいはず そう云えば個人的には初耳。

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名古屋城築城の際に工事遂行を祈願し、尾張藩士岩田藤忠が塩竈六所大明神を勧請し、堀川の淵に創建したとアル
 
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境内にはかっぱの神様「無三殿」が祀られてる 昔、この辺りの川にかっぱさんが住んでて夏には子供たちと水遊びをしたり、土手で甲羅干しをしていたんだって  かっぱさんはこの辺りに普通に実在していた川の神様。なの? また川神様は痔を治してくれる神様のようで、近くの山王橋で堀川の水面にお尻を映すと、悪い痔を治してくれるとか。 だから深刻な表情で堀川におしりをペロンと出してる人を見ても そっとしといてあげてね

頭の皿にいっぱい水をかけて みなさまの無病息災と交通安全を祈願してきましたから 今年は誰も転ばないでしょう  お皿に水がほしいなら運動会のテントは無くてもいいようだけど参拝者用なのかな


かっぱの神様にさよなら云って、ついでにもう1本寄り道。ここからほど近い黄金陸橋方面に呼ばれた

名鉄名古屋本線と東海道本線と東海道新幹線を一気にくぐって「猿子橋」で中川運河をわたり黄金陸橋の橋上で見つけた「向野跨線橋」。かわいらしい初恋カラーの割に すげーデケー図体で何本もの線路をひとまたぎのアメリカ人。

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ピントラスだ 細いな 元は山陰本線の保津川に架かってたそうなので、地図で山陰本線をたどって見たら もしかして 保津峡駅前の橋だったのかな 確かに川幅が広いんで大きいのもうなずけるし 山間の結構、川面から高い位置だから きっとカッコ良かったんだろな 秋とか紅葉にカモフラージュして似合いそう  交差するトロッコ電車の保津川橋梁は今年会いに行くリストに入ってるからついでに見て来る

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プラットトラスの斜材には引張力しか生じないからこんなペラいのでも大丈夫。おかげで細くていい感じ

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名古屋駅方面。  線路ってすごく土地がいるんだな 都心だから土地代がバカにならんね 

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保津川橋梁時代の脱線事故で負った傷跡。 きれいに直ってるから痛々しくは感じない 血は出てるけど

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「向野跨線橋」
製作 1899年(明治32年)A&Pロバーツ ペンコイド製
竣工 1930年(昭和5年)
橋長 119m 橋幅 5.5m
下路で曲弦のプラットトラス(ピントラス) 85.3mの1連

近いのにはじめましてでした 挨拶もすんだのでこれからはちょくちょく来ますね  さようなら


さよなら云ったらちょうどお昼。 今日のお昼は、名古屋名物のあんかけパスタにしようと昨日の晩からから決めてた せっかくなんで あんかけパスタ発祥の「ヨコイのスパゲッティ」に行こうと太閤通りをストトトトーと走って 名古屋駅の高架下で信号待ちの時、マックの匂いがした 看板は見えないけど匂いだけで誘惑するマック。おなかもギューって鳴くし でもいかん、マックは近所にもある  マック臭を息を止めて必死にクリアした やっとの思いで栄のヨコイに着いたら  すげー100人の行列 なにあんたたち。 錦店はお休みだし行列に並んだら食べるの3時過ぎじゃないのかな うー もう昨日からあんかけパスタの口になってるから仕方ない 名古屋駅前まで戻って「チャオ」ってお店のあんかけパスタ。 混んでたけど一人だから中央のビックテーブルにすぐ座らせてくれたよ カタジケナイ

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わー体に悪そう じらされた分、大盛りになってるし 止せばいいのにハムエッグのトッピング。 気が動転して冷静な判断がつかなくなる時間帯だったし

ちゃんとスッパ味も感じるからトマトソース系だとは思います 黒い点は挽肉でしょうから旨みも甘みも感じますが ものすごくスパイシーなんです またこのソースが 揚げたんじゃないかってぐらい油ギッシュな太麺に相性ぴったしで おじさんになっても癖になるんだこれが  フー 命がけなんです

堀川沿いを脱線したままだけど 堀川沿い完結につづく



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Category: 2013年01月13日 堀川沿い

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堀川沿い その5
「納屋橋」(なやばし)
竣工 1981年(昭和56年)
構造 上路でソリッドリブアーチの1連

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結構 柳としてはデカいから 昔からの柳なのかな  また来ますね 


柳が似合う納屋橋にさよなら云ったら この辺りから急に人通りが少なくなる 川面はいっそうドス黒さを増すけどピタッと静まり返って悪魔の手鏡の様  鏡の底にも別の世界があって引きずり込まれるんじゃないかと ちょっとビビってきた。   川面と目を合わさないようにオソルオソル進むと「天王崎橋」発見

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名前は偉そうだけど なんて事はないコンクリートの橋。でもすごく役には立ってる  スピード注意は屋形船に云ってるのね 堀川って制限速度何キロだろ ノットか

「天王崎橋」(てんのうざきはし)
改築 1958年(昭和33年)12月
構造 RC桁橋

はい つつっと行きます 木挽町通りをさらに南下 木挽町って云うぐらいだから 丸太のまま運ばれてきた木曽檜はこの辺りで製材されたに違いない いい匂いがしてたんだろうな


次は「新洲崎橋」。 上を行く名古屋高速2号線のせいでほとんど日が当たらない可哀相な橋 もっと可哀想なのは何年竣工なのか反対側の銘板を見てこなかった  オレがこんなでどうする まぁまた今度だごめんね

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きっと新しい橋なんだろうけど 親柱は昭和初期ぐらい立派だしその頃を狙ったデザインで結構素敵 歩道のフィッシュスケールで貼られたタイルもお金掛かってる ほんとごめんね また来ます


「新洲崎橋」からすぐ 今度は「洲崎橋」。この方はなんにも障害がないので日は当たるんだけど いかんのは 空が曇ってきた。

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この辺りはさらに人通りが少なくなって、人目につかない完璧な出入り口を備えたラブホテルがサービス合戦を繰りひろげている始末。 名古屋じゃないみたい

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横から見るとかなり和風。 太鼓や古いタンスに取付られた装飾金物みたいなのが付いてて凝ってるな きっとその部分は最初黒かったんだと思う  名前からして昔はこの辺りからもう海だったのかもね

「洲崎橋」(すざきはし)
竣工 1935年(昭和10年)
改築 1986年(昭和61年)
構造 RC桁橋


「洲崎橋」で堀川を渡って カップルを起こさない様にストトトトーーっと今度は右岸側を下ること200m。やったね鋼橋のお出まし  リベットだらけの「岩井橋」が70年代の工業製品の様なシブイ鳶色をして にこやかに堀川に架かっていました ヤーやっと会えたね

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親柱はよく見るとダサイ いやカッコイイ やっぱりダサイと繰り返してしまう独特のひょうきんさを漂わせ ほのかに 和 のフレイバー  鉄と石は別々のデザイナーかな

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アーチにくり抜いたり 草の蔓を思わせるカールやダイヤのボタン。 強度にはなんにも関係ないし めんどくさいだけなのに 制作者の西洋への憧れにプラス独創性を感じます ありがとうございます
小さく付いてる銘板には「大正十一年 日本橋梁株式会社 大阪工場」と彫られてる

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「岩井橋」
竣工 1922年(大正11年) 日本橋梁製
橋長 30.0m 橋幅 29.5m
構造 上路でソリッドリブアーチの1連

今度は晴れた日にまた来ますよ さようなら


一回「岩井橋」で堀川を渡ってたんだけど また渡りかえして 今度も右岸側を下ってすぐ 見えていました「日置橋」。黄色い欄干の2つの歩道に支えられる様に老体にむち打って堀川に架かっていました

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日置橋周辺はかつては桜の名所として有名だったとアル  名古屋名所団扇絵集の「堀川花盛(はなざかり)」では、両岸に満開の桜が描かれてるともアル。 こんなばっちいとこで? 桜の木は戦火の餌食になって今はもうそんなに残ってない 堀川もその頃は水も澄んでたはずだからきれいだったことでしょう

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「日置橋」(ひおきはし)
竣工 1938年(昭和13年)
構造 RC桁橋

黄色の欄干で挟まれても十分和風なのは擬宝珠のおかげか それとも黄色にも素質があるのかな違和感がない

  

つつっと行く 「日置橋」では堀川を渡らずにやってはならない橋上Uターンでまた右岸側から「松重橋」にアプローチ

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だめだ「松重橋」も銘板の写真がこれしかないから年代がわかんない 納屋橋から似た様なランプが付いてるけど発注が「納屋橋みたいな感じで」だったんじゃないだろうか  なんかのついでにまた来るね


「松重橋」の橋上で振り返ると「松重閘門」。久しぶり あーあーペンキ塗られちゃったね それ何色? 薄いピンク? 名古屋の偉い人 本気なのかな なんかのペンキ余ってたのかな

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頭からピンク色のペンキをかぶって、趣と威厳を失った「松重閘門」。 しかしあなたに罪は無い ただただ残念なだけです

「松重閘門」(まつしげこうもん)は、愛知県名古屋市中川区にある閘門で 現在は使用されていないかわいそうな閘門。  庄内川と都心をつなぐ堀川 と名古屋港と都心をつなぐ中川運河 とを結び近代期の名古屋を支えていた遺構であるとアル
中川運河と堀川では、水位が違うくって、40tもある水門を上げ下げして開閉することで区画(閘室)の水位を調節して、船を昇降させて運河内外の行き来を可能にしてきた 優れものの建物。

2010年7月19に来た時は、ご覧の様に どこかエキゾチックでいながら趣も威厳もたっぷりとその体に纏っていたはずなのに 

松

偉い人ぉ 色の会議とか開いてます? きれいにするのはたいへんありがたい事だけど 塗り終わって足場とネットを外した時の正直な気持ちを伺いたいものです

ガックリと肩をおとして 堀川沿い その6につづく