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  05 ,2014

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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渡良瀬川 その4
年季の入った健康ランド。入口をくぐって中央の吹き抜けが大きな回り階段になってるのはどこも似たような造り。 もちろん天然温泉じゃぁないけど 明るいうちから露天風呂に入れるのはちょっとした贅沢。 ずーっと同じ恰好でこわばった股関節と どうにも痛いおしりがゆっくり弛緩していくのがわかる 昨年はGWの初日にネカフェ難民になってお風呂に入れなかったから 掃除の行き届いてない健康ランドだけど やっぱり一日の終わりにお風呂があるのとないのとじゃ大違いだと大感謝 ありがとうございまっす

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当然早めに出来上がって10時すぎには、イビキ対策なのか耳の横が大きくカバーされてるマットで寝てしまったから 朝5時38分に目が覚めた そしてハッとした おどろいたことに誰もイビキをかいてない 今まで仕事も含めて全国のいろんな健康ランドに泊まったオレだけど こんなことありえない 満席なのに音の無いレストルームに自分の耳の方を疑ったほど  埼玉県の人はお上品なんですね

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朝風呂に入って サービスで置いてある 簡単な使い捨ての歯ブラシで歯を磨き 嫁に「おはよう出発」とメールをしたのが6時21分。 昨日到着した時は誰もいなかったのに いつのまにか自転車にギュウギュウにはさまれて 困り顔のSR。 でもキック一発出発。

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やっぱりわりと都会なだけあって休日の早朝から車も多い ありがたい事に天気は良さそうだけど湿度は高くて まあまあ寒い 今日はパッチを履かずに出発したから なおさら。 メインイベントの渡良瀬川沿いに出る 朝飯前のご近所に1本呼ばれてる。
 
わわわ 寄り道のつもりがとんでもなかった。 始まったばかりの朝日に輝くハイグロスな深紅はマリリン・モンローのルージュの色。  朝から激甚なくちづけにもうメロメロ。 あんたも好きねぇ「見沼代用水橋梁」。

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「見沼代用水橋梁」(秩父鉄道)
東行田駅ー武州荒木駅間 
竣工 1921年(大正9年)
橋長 30.175m
下路の平行弦ポニーワーレントラス(ピントラス)の1連

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じゃぁこれもイギリス積みなのかな。 製作されたのは1885年(明治18年)から1890年(明治23年)ぐらいの間で、旧官設鉄道線あるいは旧日本鉄道線からの転用とアル。 縦桁にPS & A C0 LDの陽刻があるからイギリスのパテントシャフト社製品と考えてよかろう ともアル。 あれれ、確認して来なかった(涙)

なんにしろ目が覚めました おはようございます  結構15分ぐらい見ていたし 会ったばかりで名残惜しいけど 忘れられないひとリストに書き入れて「見沼代用水橋梁」にさよなら云った 一目惚れって信じます? また来るね


国道125号から県道の46号に移って「道の駅童謡のふる里おおとね」を横目に「埼玉大橋」で利根川を渡った。 全国にある童謡自体のふるさととしてまかされてる地域なのか 童謡に出てくるようなふるさとを目指してるのかどっちなんだろうか   まぁ どうでもいい。

利根川を渡った先を右に折れ 田んぼばかりの町内を抜けてしばらくすると 東武日光線の土手に架かるプレートガーター橋をくぐったから この辺りだろうとSRを停めて土手を登りはじめたら  みつけた。

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風もなく 少し気温も上がってきた5月4日の埼玉県加須市。 四葉のクローバーを探しはじめたら5分とかからない幸福感に満ち満ちた土手を上りきると 大変お会いしたかった「利根川橋梁」(東武日光線)と念願の初対面。 無骨な感じが素敵です

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「利根川橋梁」(東武日光線)
竣工 1929年(昭和4年)
橋長 637m
1連から5連と12連から14連が下路の平行弦ワーレントラス
6連から11連が下路の曲弦ワーレントラス

随分長い事頑張ってますね 小々次郎も四捨五入で50入り。いつかまた来れるかな  どうぞいつまでもお元気で。

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振り返った先の右手に よく見えないけど東北本線の利根川橋梁のワーレントラスが確かに写ってる これは次の日に近くを通る予定だから今日はいいやと思って寄らなかったけど 次の日ナビに任せてたら近くを通らずにスルーしてきた(涙)反対の左側につづいて行く土手は利根川のじゃなくて渡良瀬川の堤防。あの辺りで渡良瀬川は利根川と合流してる 「利根川橋梁」(東武日光線)と利根川にさよなら云って 渡良瀬川にむかう。

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埼玉県もこの辺りはたくさんお米を作ってた 田んぼには水を張ってるだけのと もう植えてあるのと半々ぐらい 眩しい水面に目を細めながら田園の畦道をストトトトーと駆け抜けると おぉ お待ちかねの渡良瀬川。 2014年のGW、記念すべき渡良瀬川の1本目 「新三国橋」。

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「新三国橋」
竣工 2000年(平成12年)
橋長 685m 幅員 10.5m
下路のニールセンローゼ 5連

埼玉県と茨城県と栃木県で三国ってことだろうけど実際には埼玉県と茨城県とを結ぶ国道354号の橋。新しい橋だけど記念だからね やっといた しかしやっと会えたのに 渡良瀬川は照れてるのか 水面も見せてくれない

一応、渡良瀬川に出たから良しとして 渡良瀬川 その5につづく


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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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渡良瀬川 その3
今になって聞けば聞くほど 峠の釜飯のドライブインを素通りしなくてよかったなぁと 一安心。 反対車線側だったし その時、たまたまパトカーも停まっていたから 入るのよそうかなと 一瞬思ったのは本当。 昔から悪い事もしてないのに パトカーと警官には構えてしまう癖がある(笑)  釜の再利用をクグっていると 無理してでも 持って帰ってくればよかったと反省もしています  いつかでっかい茶碗蒸しをつくってみたいし プリンもオシャレだと思う

おなかポンポンで出発。  おぎのやドライブインを出たのがちょうど13時34分。 またしばらく国道18号を進むと 信越本線の松井田駅にちょっと呼ばれた

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へー 1885年(明治18年)10月15日 開業の古い駅なんだ ふーん 昔はスイッチバック方式の停車場だったのか てのも そんなに興味はない  でも松井田駅、 跨線橋が古レールで出来たプラットトラスだったぁ スーゲェー。 いい色ですね

まぁでも松井田駅にも簡単にさよならいって すぐ近くの”本命”を探しに 少し下界に下りる感じで碓氷川に出ると とってもお会いしたかった 古老の「上碓氷川橋梁」が その淡くやさしい白緑色を 若い新緑達にからかわれているようでした

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SRを土手に留守番させて川原に下りてみた  碓氷川は水量も少なくて穏やかな流れ 水の色は 誰かが川上の方でバスクリンでも混ぜたのかなと 思うぐらい ちょっと蛍光がっかてた。

上の写真では 手前に上り線のプレートガーター橋が重なって見にくいけど くぐって反対から見る 下り線のプラットトラスは 現存する群馬県の鉄道橋では最古。 しかもパテントシャフト製の イギリス人 なるほど英国紳士的な出で立ち。 おじいさんでもピシィっとしてるね

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「上碓氷川橋梁」JR信越本線
松井田駅-西松井田駅間
竣工 1940年(昭和15年)
上路の平行弦プラットトラス 1連

製作されたのは1910年(明治43年)で 国内のどこかで使われたのち1940年(昭和15年)にこの地につきました この第二の故郷での生活の方が随分長いから それまで何処の景色を見てたのかは もう覚えてないみたい 一番左端には信越線が開通した当時の1885(明治18)年に竣工したレンガ積みの橋台も残ってる 130年の歴史。 文字通り「積み重ね」 ですね  是非また来たいと思います さようならー


待たせっぱなしで悪いなと あわてて戻ってきたのに意外に楽しそうなSR。

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天気もおりかえしをすぎて少し曇ってきたから ちょっとスピードを上げて 国道18号のまま高崎市に入ると すぐ国道17号にのりかえて 群馬県庁の方に呼ばれた この道「東国文化歴史街道」とアル  いくらなんでも大げさじゃない? かな

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「群馬大橋」
1953年(昭和28年)
下路のランガートラスで4連

「群馬大橋」は利根川なんだ 遠くまで来たなぁ。 また「東国文化歴史街道」を戻るかたちで 鳥川沿いに進んで 「聖石橋」や 高崎線の「鳥川橋梁」にも寄ったけど だいぶ端折って「柳瀬橋」。

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「柳瀬橋」
1930年(昭和5年)まず9連が竣工  日本橋梁製
1952年(昭和27年)に1連が延長  櫻田機械工業製 
下路の平行弦ポニーワーレントラス 10連

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右岸側にはなかったし なにをイメージしてるのかは 全くわからないけど 左岸側にはちょっとモダンな親柱が残ってる  違う種類の石を組み合わせてなかなかに凝った造り。 この年代のデザインに対する手探り感というか 迷いみたいなのは好感が持てる


雲行きが心配だから「柳瀬橋」にも簡単にさよなら云って 国道17号にまた戻ると ますます曇ってきて風も強くなってきた  今日の最後の橋と決めていた 鳥川と合体したばかりの利根川に架かる「坂東大橋」の橋上では強風に加えてポツポツと大粒の雨も降り出してきたけど 雨をなんとかこらえて 左岸側に渡ったさきに 部分保存されていました「旧坂東大橋」。

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「旧坂東大橋」
竣工 1931年(昭和6年)
橋長 917.5m 幅員5.5m
下路の曲弦ワーレントラス 62mが6連 
6連と18連のプレートガーター

2004年に新橋が架かるまで 戦前から川幅のある利根川を簡単に渡れて みんなから親しまれていた 長い長い橋も 今は切り詰められ ポリカボネードの屋根も付いたし ベンチが置かれて チャリダーさんも小粋に雨宿りする 憩いの場所となって ゆっくりと隠居生活をおくっていました  ほんとにお疲れさまでした。  オレにしてみれば こんなになっても 残っててくれるだけでもありがたい事 ありがとうございます また来ますね

写真を撮ってたら 雨も上がって チャリダーさんは猛ダッシュして行った あとを追うように新坂東大橋で利根川を渡り直して また国道17号に戻り 沿線の本日のお宿、サイタマ健康ランドに着いたのは17時半をまわった頃。  本日の走行距離は410km。  さすがに疲れた

初日終了  渡良瀬川 その4につづく



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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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渡良瀬川 その2
川の水面も 抱きかかえてるタンクも 木葉のあいだから照らされるアスファルトだって この優しい日差しに ずーっと当たっていたいに違いない  もちろんオレも日照時間のゆるすかぎり照らされていたい 常に一歩前にある輝きを次々に追い抜いて こんな毎日がずーっとつづけばいいのにと やっぱりニヤけてしまう。 すれ違うドライバー達は ニヤけ面のおっさんに すごく気味が悪るかったと思うけど 旅の恥はかき捨てって云うし 知らない人だからどう思われても別にいいや。

でもこのあと大渋滞。 元々オレなんかが通ったらいけない おしゃれで牛丼屋とかは絶対にない 軽井沢をルートに選んでいたから ピンポイントに渋滞したんだと思う みんな巻き込んでごめんね   それでもなんとかいわれもない酷い仕打ちに耐えて 信濃川水系と利根川水系とを分ける中央分水嶺でもある 碓氷峠に差し掛かると また自然に鼻歌も飛び出す素敵な道が始まった

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下りはじめこそ 道もボロボロで状態は悪いし とても国道18号とは思えない細い道だったけど これも中山道とアル。 古くから関東と信濃国や北陸とを結ぶ重要な場所と位置づけられてたので 早く鉄道も敷きたくて 明治も中頃になると上野駅から横川駅まで敷かれた鉄道と 直江津駅(新潟)から軽井沢駅まで開通した鉄道とを結ぶために 1893年4月1日 この中山道を串刺すように碓氷峠を越へていく、延長11.2km。18の橋梁と26のトンネルをもつ官営鉄道中山道線(後の国鉄信越線)が開通した とアル。

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新線が通り(今はその新線も廃止)、 この旧国鉄信越線は1963年(昭和38年)に廃止されたから とっくに使われていない。 このお方はそんなトンネルの一人。 いつもだったら恐怖を感じる 呪われそうな 古いレンガ積みのトンネルとは 目も合わせずに シッポを巻いて逃げ出すオレなのに 小ぶりなサイズとポカポカになってきたお日様のおかげで全然怖くないどころか かっこいいなと思ったほど。(この時は本当)

所々にこんな鉄道の遺構もあって 姿は見えないけど すぐ近くで ピーピケキョ。ってかわいい子が歌うし 体中に浴びる 真の木漏れ日のシャワーは天然のかけ流し状態。 しかもぬるめ。 クネクネ道は歯を食いしばるほどじゃなく適度だし 長くゆるやかに下って行く国道18号って もうっ最高。 季節のおかげだね 勝手に今のところの素敵な国道日本一に認定です 

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「碓氷第六橋梁」
竣工 1893年(明治26年)
長さ51.9m 高さ17.4m アーチ径間11.0m
隅角部を切石で補強した煉瓦造
国指定重要文化財


また少し下って 今度は「碓氷第五橋梁」。 これは当然、秋もいいだろね

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「碓氷第五橋梁」
竣工 1893年明治26年(明治26年)
長さ15.8m 高さ8.8m アーチ径間11.0m
煉瓦造
国指定重要文化財

写真向って左側はまたレンガ積みポータルのトンネルだったけど このトンネルは呪われそうな恐怖を感じたから写してやらなかった し「碓氷第四橋梁」は見逃してきたみたい(涙)

現在この線路跡は「アプトの道」と云うハイキングコースになっているようだけど「アプト」ってなに?  調べてみると スイス人の機械技術者アプトさんが考えたラック式鉄道の一つらしい ラック式鉄道ってのは 2本のレールとは別の中央に歯型のレール(歯軌条、ラックレール)を敷設して車両側の歯車とかみ合わせることで急勾配を登り下りするための推進力と制動力の補助とする鉄道のことであるとアル。 ジェットコースターって最初急な坂を登るとき あきらかに車輪とは別の駆動で登って行くけど あんな感じかな


またしばらく国道18号を下り 知らずに「碓氷第四橋梁」をスルーすると お待ちかねの「碓氷第三橋梁」通称めがね橋 をドドンと発見 会いたかったよぅ

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「碓氷第三橋梁」
国鉄信越本線 横川駅ー軽井沢駅間
竣工 1893年(明治26年)
橋長91m 高さ31m 
煉瓦造アーチ橋の4径間
使用された煉瓦は約200万個!!
国指定重要文化財

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文化財が泣いています。  設計者のパゥネルさんがイギリス人だから レンガもイギリス積みなんだそう でもオレにはオランダ積みとの違いがわからない

急勾配でアプト式のラックレールを用いるには列車の推進力を受ける道床に十分配慮する必要があったことから この頃流行の「鋼桁」ではなくて めんどくさいけどレンガ製のアーチ橋にしたんだそう。 なるほどね もしかして鋼橋だったら何だっただろうなぁ  バイクではクネクネ道が勾配を稼いでくれる分 国道18号は急勾配には感じなかったけどね
季節を変えてまた来ます どうかいつまでもお元気でいてください


「碓氷第三橋梁」にさよなら云って またしばらく国道18号を下ると 坂本ダムで塞き止められて出来た 碓氷湖 の標識にちょっと寄ってみた

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寄ってはみたものの 意外に駐車場は車が混雑してたし 心に響く出会いもなく すぐにUターン。 奥に見えてる 碓氷湖に架かるコンクリートの橋は「碓氷第三橋梁」をイメージしたんだそう。 まぁそーだろね

でもUターンした先には 降りていかなきゃ気づかなかった  ?号トンネルのポータルがいた(怖) 「こっちに来い」って云ってるみたいだけど どう見ても どこまでも暗闇。 一回入ったら出られないのはわかってる

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その手に乗るかと 急発進して逃げてきた  バックミラーには映らないかもしれないから 何度もうしろを振り返りながら また国道18号を下って行くと ここまでくればもう大丈夫だろうって場所に、 名称は後でわかったけど「碓氷峠鉄道文化村」があった。 屋外に車両がいっぱい展示してあったし、屋台も出ていて 結構家族連れがいるなーと その時は思っただけで もちろんスルーした


またちょっとくだって横川駅を過ぎて すぐ 大変賑わってるドライブインがあった 腹ぺこで喉か涌いてたから ちょうどいいやと即入店。 軽井沢で渋滞してる時から おなかはすいていたけど あの辺りはドレスコードがフォーマルなお店しかなかったし きっとバイクでも日本車じゃぁ 駐車さえできないだろうし(涙)

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なんの知識もないまま入店したドライブインが「峠の釜飯」で有名な「おぎのや」だった スゲーラッキー。 京王百貨店で毎年開催されていた「駅弁フェアー」。4階の階段室からもう並んでて 7階の催事場にたどり着くのさえ難しい大人気イベント。 その常連「おぎのや」の「峠の釜飯」がこの地だなんて思いもよらずに大感激。  そうか「峠の釜飯」の「峠」は今越えてきた碓氷峠だったんだと感慨深く うすい醤油だしで炊きあがった一粒一粒を 峠とは全く関係ない階段の踊り場での思い出とともに噛みしめた。  イヤ、うまかったです

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結構お高いのは 食べ終わったら持ち帰ってもいい 釜代込みの価格だからなのはわかってるし 持って帰ればいい旅の思い出にもなるでしょう  実際にキャンプとかの時にこの釜で一合のご飯が炊けて 利用価値があるのも知ってる。 でもバイク旅の初日にこれもらっても 重いし邪魔になるだけだから もったいないけど泣く泣く返却口に返したら 奥のおばさんニヤってしてた(笑)


群馬県に入ったから良しとして 渡良瀬川 その3につづく


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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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渡良瀬川
いろいろと反省や失敗もありましたけど 達成感と云う気持いい疲労と 幸福感と云う心地いい余韻が まだたっぷりと体中に残っています(笑)

年度末からガレージにつるされていたテルテル坊主が もうだいぶクタビレてきたぐらい まだかまだかとなんども指折りかぞえて待ち望んだ 後半のゴールデンウィーク。 ご存知のとおり(笑)全身全霊をかけた嫁孝行の甲斐もあって 4日間をフルに使った道程のおゆるしが出た。 フフフ 今年にかける意気込みはマーくんにも負けてない でもSRはストレートも遅いし 曲げようと思っても曲がらない (曲がらないのはオレのセイだけどね(涙) 現地の週間天気予報では5日の日が雨マークだけど オッケー,オッケー覚悟してる 逆に1日だけでいいのぉ って感じで その場で飛び上がって2回転半したぐらい 

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きれいにダブルアクセルを降りる夢を見て目覚めた 3日の午前4時50分。 何日も前から準備してあった着替えと夢の詰まったバックとカッパをSRに頑丈にくくって まだちゃんと明けきってない東の空に向って出発。 キックはほんの2、3発。 予報どおり天気は良さそうで 思ってたとおり寒いけど  国道19号に出る手前では 文字通り お日様の暖色に気分だけは暖められて 切望していた今年のGWが始まったぁーー

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去年の学習ができてなくてウインターグローブをもってこなかったから やっぱり指先は冷たいし この時間帯は自分の吐く息でシールドが曇る 今回は経験した事の無い長い道程だから 正直 昨晩は不安でマイナスのシーンばかり浮かぶし 背中に変に痛いところもあったけど 走り出してしまたっら なんてことはない どこも痛くなくなったし シールドが曇るのだって 常にニヤけてるからだと思う 天気は申し分ないんだから 幸先はいい。

国道19号は中津川を過ぎると木曽川沿いの道になる 今日は移動日と割り切っていたから 朝日をうけて霧に浮かぶ幾つもの名橋達には 敬礼だけで我慢した おはようございまっす いってきまっす

まだ車もそれほど走ってない国道19号。 運転の上手なビックスクーターの速い人の後ろに付いてたから 8時前には道の駅奈良井木曽の大橋に着いちゃった いい調子。

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前回見逃してたから寄ったけど 2014年GW、本日の橋1本目としては役不足感は否めんなぁ 鉄じゃないからだと思うけど それはオレの勝手な好みの問題で伝統的な技術や知恵をいかして途中の橋脚も無く木で奈良井川を一跨ぎしてる「木曽の大橋」にまったく罪はない  でも渡ってもいない ごめんね

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だんだんと車も多くなってきた国道19号。 道の端に取付けられてる温度計の数字は7℃、8℃、9℃、10℃と 進むにつれて1℃ずつ上がっていくから 寒いけど 自分のテンションもニヤつき加減も当然比例してUPする。 気のきいた国道19号にありがとうを云って 塩尻を過ぎると国道は20号に代わり 岡谷を通り過ぎると諏訪湖も眺めずにスルーする 結構ストイックなオレ。 

岡谷から国道は142号に代わってズンズンと標高を上げて行く感じ 中山道とアル。 風もなく青空も高い高い。 遠くポツンポツンと満開の一本桜達を眺めながら 鼻歌はやっぱり「渡良瀬橋」。 超いい加減に口ずさんで 時には歌詞の思いに涙しながら。  オレにも忘れられない女(ひと)がいる。

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新和田トンネルで和田峠とビーナスラインをくぐった。 トンネル内では自分達の影に何度も何度も追い抜かれておもしろかったけど ビーナスラインは来年あたりにリベンジしたい 


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中山道からナビの云う通り県道40号に移ってしばらくすると お久しぶりの千曲川に出たから再会を喜び合った。 フフン やさしい春の日差しをキラキラと一生懸命に運んでいく千曲川にうっとりしながら並走。 あなた全然かわらないね

ちょっとすると石積みの橋台を発見して急停止。 これはただ事じゃないな

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よく見ると向こう岸にも石積みの橋脚が立たされたままだし 川の中にも残骸がばらまかれてる。 石積みだから結構古いだろうし大きさから見て単線の鉄道橋だろうと見当を付けて調べてみると やっぱり「布引電気鉄道」の「千曲川橋梁」だった。 

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この私鉄は1926年12月に開業して わずか8年後の1934年には休業。そのまま廃止になった短命で気の毒な鉄道。 「千曲川橋梁」も当時は誇らしげに千曲川を跨いでいただろうに なんて無惨なお姿に(涙) 廃線の理由が電気代が払えなくて電気を止められたからなんだそう ううまた(涙)

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「スケッチパーク こ も ろ 」さんより写真拝借

名誉のために当時の写真をみつけた 写真からもわかるように 間違いなく「布引電気鉄道」は動いていたし「千曲川橋梁」だって当然がんばってた。

「千曲川橋梁」(布引電気鉄道)
押出駅ー布引駅間
竣工 1926年(たぶん大正15年)
上路のプレートガーターで4径間

千曲川は何度となく氾濫してるから川の中の橋脚が何年に流されたのかはわからなかったけど 橋脚の上に乗ってた箱桁の鉄の塊は廃線後にレール共々競売にかけられてはずされたそうなので ひょっとしたら どこか違う景色の中 今もがんばっているのかもしれない  がんばっててほしいな(遠い目)

「千曲川橋梁」の残骸に両手を合わせて さよなら云った。 機会があったらまた来ます

そのまま県道の40号を千曲川沿いに少し進むと 今度は大きなランガー橋をくぐる 別にめずらしくもないからスルーしようかと思ったけど すぐ上流側に前橋の吊り橋の主塔が残ってたから 急いでるのにうっかり停まっちゃった

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「大久保橋」
竣工 1969年(昭和44年)
橋長 97.9m 幅員 7.5m
下路のランガーで1連

なんか石碑も立ってたんだけど読んで来なかった 「大久保橋」で つつっと千曲川を渡ると 2014年のGW、短い間だったけど千曲川とはここで さようなら またお邪魔しますね


5月3日は移動日としてたけど結構あるな これはまた当然長くなる予感 まだ長野県だけど 渡良瀬川その2につづく




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大願成就

やったね全国的に晴れそう 心はもうここにないです^^

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わかってます あまり浮かれ過ぎないようにします えへへ

いってきまーす。