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  08 ,2014

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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雨晴
ほら、今年はGWが長かったでしょう(笑) 自分でも飽き飽きしてたから 途中抜け出して 海の日に海に行ってた。 富山県の「雨晴海岸」でソロキャンプ。 「あまはらし」と読みます 「ハレマスヨウニ」をちょっと昔っぽく上から目線で云ったみたいでしょう「雨晴」。フフン

海岸線とJR氷見線の単線路が並走するロケーション。 今年の海の日はいい天気でした。 さすが雨晴。 カンカン照りの国道を折れて 遠くでカンカン云ってた踏切の遮断機が上がると その向こうに大好きな日本海が 相変わらず優しそうな表情で待っててくれましたぁ   ただいま お母さん

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自分も遭難したし 海の日も もう1ヶ月以上前のことだから やめとこうと思っていたけど1枚だけ。 少しでも「あまはらし」の  うまく云えないけど なんらかの 御利益みたいなものがあればいいなと思います(本気) 



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そうなん?
毎年お盆休みには 一部保存されてるであろう「餘部橋梁」に会いに行く計画を立てるんだけど 毎年なんらかの理由で計画がフイになる。  今年も前の週までは行くき満々だったけど 天気予報が当日からお休みの間中雨にかわったから やっぱり呪われたルートなのかと思って早々にあきらめてた

そんな事情をしらない嫁は友達が泊まりにくるから「出てって」って云うもん(涙)。 無言で流れ出た涙を洗い流しに雨の中一人旅立った。 宛てもなく さすがに車で出発。

初日の15日は中途半端な時間に出たから移動だけで 前にも泊まったことがある「信州健康ランド」に泊めてもらい 16日の朝には念願のビーナスラインを走ることはできた。

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ここはビーナスで云うと どのあたりのラインだろうか 腋の下あたりかな。  ごらんのように いっちょんつまらんばい。 

このあと一人松本城に行って お堀の鯉のデカさに驚き。 急に焼きそばが食べたくなったんで「ちとせ」にしようと高山に宿をとった。 途中、ひらゆの森で小雨の露天風呂に入り ずーっと浸かってられて雨もいいなと この時は思ったんだけどね

ホテルに入ると雨がすごいから めんどくさくなって 1階の居酒屋の焼きそばですます こだわりのなさ でも、どこにでもあるはずのオニオンスライスがめちゃめちゃうまくて 得した気分でご就寝。 

翌朝17日。 のんきに朝食バイキングでムチャをして 8時半過ぎにチェックアウト。 激しく雨の降る中出発。 おなか一杯で「ちとせ」の焼きそばにも興味をなくしたから 明宝温泉にでも入って帰ろうと「せせらぎ街道」に入ったのがいかんかった

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あとでニュースで知ったけど 橋が流された川上川は朝からこんな状態。「引き返せって」親切に対向車は全員パッシングしていくんだけど この時は道もまだきれいだったし 不謹慎だけど どこかお祭りさわぎみたいな感じもあって 進んじゃった

次第に ワイパーも効かなくなってきたけど ゆっくりでも進んでいく 何台かのグループが出来てて、最後尾にグループ入りした。  仲間入りしたグループの結束力はたいしたもので 途中、何度も傘をさして外に出て 道路上に流れ出た障害物を協力して撤去した。ベチャベチャになってもニッコリ笑って全員と見つめ合い みんなで西ウレ峠を目指した。 こいつらとなら越えれる気がしいてた


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地図上では西ウレ峠まであと400mといったところ。 先頭の50代後半ぐらいのご夫婦がUターンして自分のところに来ると 窓を開けて「もうあきらめて引き返そう」って。 オレはこれぐらいなら またみんなで協力すれば 行けそうだと思ったけど ずっと先頭で耐えてきた おとうさんに黙って従った。

全員がUターンするのを見送って 一旦、おとうさんがUターンした場所まで行って「大雨で西ウレ峠越えられません」と嫁にメールしたのが9時34分。 メールを送って自分も引き返した。 でも500m戻らないうちに 今度は揺るぎない大木が道を塞いでた。 

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やべーな立往生じゃんか とこの時はまだちょっと他人事のよう  上の写真は割とすぐ駆けつけてくれたパトカーが来てくれた時。 でも警官さん一人だけだったんで ちっとも状況はかわらないから 「手伝いますよ」と軽はずみな事を云ったけど 警官さんにしてみれば 二次災害のほうが心配なようで 若くて頼りなく見えたけど「新たに木が倒れてこないところに車を移動して」と的確な指示をしていたし カッパは着てるけど自分は雨に打たれっぱなしなのに「疲れてないですか」と頻繁に声を掛けてくれてたな  ちゃんとありがとう云ってないや 

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消防車も割と早いうちに来てくれた こんな大きな車が来れたんだからと 少し希望を持ったけど 消防さんも作業に取りかかろうとはしなかった いま思えば状況を把握して手配するのが手一杯だったんだろうけど この時はなにやってんのなと 思ったのは本当。 ごめんなさいね 

なんの進展もないまま 14時35分なった。 雨がちょっと上がったし みんな暇なもんだから かたずければ通れそうだと思った Uターンした場所を見にピクニック気分で歩いていったら こりゃ大変!

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こっちの方がすごい事になってた。 たぶんUターンした直後じゃないかな こんな丸太を鐘撞きのように横っ腹にくらってたら絶対命はない  お、おとうさん命の恩人だわ  随分前に見に行ってた消防の人もこっちの方が酷いとは云ってたんだけど 自分の目で見るまでは信じてなかった。 しょうがないからもう覚悟を決めた

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また雨も降り出して薄暗くなってきたみたいだけど 運良くガソリンは満タンに近かったから 暑くも寒くもないし 昨日買ったペットボトルの水1本と缶コーヒーがある 朝、バイキングで無茶したおかげで おなかもすいてない。 時間の事はあきらめて おとなしく助けを待ってたら 17時頃「すのまた」まで重機が道を片付けながら登ってきてるからと 消防さんが教えてくれた 地図を見るとあと4kmぐらい。 ここだけじゃなくて各所でやられてたんだな

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日が暮れた19時過ぎ。遠くにランプの光が見えた時は みんな車から飛び降りて喜びあった。轟音をあげて次々に現れるブルドーザーは本物のヒーローのようにたくましくて 優しかったぁ。 

業者さんもお盆休みだっただろうにね ブルドーザーのわきを 感謝の気持ちとともに頭を下げながら そーっと通る時、警官さんに自分の車のナンバーを確認してもらい「一人ですか」と訊ねられたから 「すみません一人です」と答えたら おにぎりとお茶を一人分くれた おなかはすいてない気でいたけど 涙が出るほどおいしかった 

結局、一旦高山に戻るから 家に帰って来れたのは23時。 すげー長い一日だった(涙)



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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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渡良瀬川 完結
石和健康ランドは、健康ランドとビジネスホテルが合体しているような施設。 一応(失礼)ホテルだから従業員さんの服装はフィンランド。 いや パリ っとしてたし 常に笑顔で一歩踏み込んだ接客も素晴らしかった。 当日だからダメ元で聞いてみたら 部屋は1つだけ空いていて、久しぶりにちゃんとしたベットで寝たからか 翌朝はいつもよりゆっくりの 7時17分に キック1発。 出発。 お世話になりました 

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あとは、もう帰るだけ。 うーう。 あんなに待ちこがれた2014年のGWも最終日になってしまった。 もう長いこと患ってるけど 最終日には決まって「帰りたくない病」が再発する。  
そんな持病の影響もあってか 空も元気がなくて 楽しみにしていた富士山も姿を見せてくれなかった(涙) 

ドケチの富士山と 素敵なフエフキ川にさよなら云って 県道から国道20号に移り 釜無川沿いを上る。  
いつもなのかな 釜無川沿いは風が強い。県境にさしかかると 沿線に植えられてるハナミズキ達が 風に全身をゆするように手を振って 次々にさよならしてくれた  さようなら山梨県。今回はほとんどスルーだったけど 大好きになった笛吹川を制覇しに またおじゃましますね。

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文字通り この「新国界橋」を渡った 対岸が長野県で 手前は山梨県。 今はまだ渡らないで 左側の旧道におじゃまする。  写真には写ってないけど もうとっくに舗装もはがれちゃって 草がボーボー むかしむかしは道だった 廃道をしばらく行くと 発っ見。 今は当然 使われていない 旧「国界橋」。

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パッと見ても このゴツさだから なんのためらいもなくSRを橋上に乗せちゃった 今回は大丈夫だったけど 古い橋だから もし渡られる時は自己責任でお願いします(笑)

「国界橋」
竣工 1929年(昭和4年)
中路のプレートガター 3径間

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幅はせいぜい5〜6m。 昔はこれでも国道20号だったんだ まぁ車も小さかっただろうけどね。 長野県側から「国界橋」で釜無川を渡ると 正面は山だから 道は左折するようにつづいていく

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やっぱり左側の桁は ご覧の様に だいぶ血を吸ってて 痛々しい。 ってことは元々親柱は無かったんだ。 終わりだよと角をRにしてあるし 銘板も桁に取付けてあった。 あと日本はずーっと左側通行なんだ  

サルの親子を確認したし サルは渡ってるようで 桁に糞がいくつもしてあった。 外側には電線?の配管もしてあったから 廃橋とは云っても まだまだ必要とされていた 実年齢より若く見えるのにはちゃんと理由がある。  きっとまたお邪魔できると思います

糞をされてもへっちゃらな 新境地の「国界橋」にさよならいって「新国界橋」で釜無川を渡ると こんにちは長野県。  そのまま、また国道20号を上りはじめると ・・・ 聞こえてきた オレがたえず抱えている100の懸念のうちの1つ 「立場川橋梁」。 今は使われていない可哀相な橋。

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秩父鉄道のボルチモアトラスと同形なのがよくわかる  お久しぶりです。 やっぱり 元気ないね 具合どう?  下で準備を始めているのは まさか「立場川橋梁」の撤去解体工事の現場事務所じゃないだろうね とうとうその日が来るのかな

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「立場川橋梁」
竣工 1904年(明治37年)
橋長 110m 最大支間長 62.4m
上路の平行弦プラットトラス(ピントラス)
+プレートガーター

1980年(昭和55年)9月25日に信濃境駅 - 富士見駅間の中央本線複線化による線路付け替えにより 廃線。相変わらず カーブミラーはのけぞってるな

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今年の冬も寒さが厳しかったんだろう 完全に冷たくなって 心を閉ざしてる。 まわりは春なのに ここにくると いつも、冷たい風が吹く 雪景色が浮ぶ。  もうどうでもいいのかな。

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前回は、怖くて見にいけなかった 富士見駅側のトンネルに今回は近寄ることが出来た 通ってきた道の裏付けもあって 気づけば この2年間でオレの方は確実に成長している フフン。  でも、影から何かが出てきても走って逃げられる この距離が限界(涙) あの奥になんか見えない?  

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本当はトンネルに背を向けたくないけど 振り向いた廃風景。 ちょっとだけ電車の気持ちがわかった。 同形のトラスで、福島県に架かる「一ノ戸川橋梁」は、文化財。 ここも碓氷峠で見たアプトの道のようにハイキングコースになれば「立場川橋梁」も心を取り戻すハズだけど 役立たずはヒネクレていくばっかり(涙)オレはまたここに来ますけど その時あなたは居るのかな  まぁ お元気で さようなら。

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SRは留守番が苦にならないタイプかもしれない(笑)  

国道20号に戻り 地図上では近いから 茅野駅に寄って 珍しいタイプの「跨線人道橋」にも 久しぶりに会ってきた 

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「茅野の跨線人道橋」
竣工 1931年(昭和6年)
下路のラチスガーター 2連

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元は関西本線の「木曽川橋梁」か「揖斐川橋梁」の仮橋だった らしいし 橋脚は古レールで出来てた かわいい橋。 茅野駅の名物っぽいんで きっと長生きするでしょう またきます


よし、もう義理は果たしたんで 本当に帰るだけ。 

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国道152号を登り 神様が杖をついたと云われる 杖突峠 を越えると まだ桜が舞い散る 杖突街道を抜けた。 伊那からは国道153号で、与田切川を渡ると 県道15号で 遠くに冠雪の残る 南アルプスを眺めながら 飯田線と並走。

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ちゃんと飯田駅のカマボコ屋根も拝んで来たし プラットトラスの跨線橋も写真に収めた 飯田では二つの峠を越える為に 少量を給油して 駅裏から県道の8号に挑んだ

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急激に山を登っていく 超ぐねぐね道の県道8号を肩の力を抜いて踊った 別にそんなに急いでないし なんなら帰りたくもない 途中、下の方に一本桜の美しさにニヤッとなって まずは標高1,235mの飯田峠を越えた。

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飯田峠を越えると道は大平街道にかわり また上り始める 天気はイマイチだけど 阿知川の源流だろうか 美しい せせらぎが届いて滲みるし 姿は見えないけど 新緑の隙間からは これまた美声のピーピケキョ。 自分意外に 汚いものが一つもない。 やめられんね

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入口上部に「峠曽木」と描かれた 大きな土管のようなトンネルで 標高1,358の大平峠を越へて しばらくすると きゅうに天気が良くなって ますます帰りたくないんだけど 馴染みのある景色に やっぱり少し安堵して 優しい春の日差しを運んでいく木曽川に ただいま云った。

4日間の走行距離1,367km  まだまだだな

渡良瀬川 完結。 長々とすみません ありがとうございました



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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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渡良瀬川 その15
もう8月って事は知っています(涙)

随分前から計画していた 今回の旅の道程の中で、わりと出発直前になってから この、秩父を抜けて山梨県に出るルートだけ変更したのがいかんかった。 昔から下仁田方面にも呼ばれていたし 山梨経由は最終日の走行距離が長くなる。 でも下仁田の延長上での宿泊先が決まらずに迷ってて 結局、どんなときもでも安心の24時間営業、年中無休の健康ランドがある山梨県甲府市の石和を急遽、本日のお宿に決定してた。  ようは、勉強不足だったって事です。

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でも、違う角度の写真がもう一枚あった。 この写真を見ても、普通のワーレントラスじゃないって事はすぐわかるのに なにやってんだかな。 たしかこの時 この辺りはミスト状の雨が降っていたし 若い女子3人組が前を歩いてて 後をつけてるように思われるのがイヤでドキドキしたから 平静を装う為に手首を回したり伸ばしたりして、 逆に行動がギクシャクしたのを覚えてる。 こう云う場合、頭に手を組んで空を見上げがちに口笛を吹けば怪しまれないのかな  まぁ曲にもよるよね  ようは、云い訳ばかりしています。

一応やっとく
「浦山川橋梁」(秩父鉄道)
浦山口駅 - 武州中川駅間
1930年(昭和5年)磐越西線阿賀野川当麻橋梁を移設
制作は1913年(大正2年)アメリカンブリッジ社製
橋長 93.2m 
上路の平行弦プラットトラス(ピントラス)62.4mが1連
+プレートガーター他

クーパーさんの設計だし。 たくさん役がついてる(涙)


この時は何もしらないで ナナメになってきた 空のご機嫌をなだめながら 先を急だ。 車もそんなに走ってない 国道140号を自主規制の速度でしばらく進み 荒川にそそぐ支流をまたいだ時  えッ!!

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今度は、あからさまだから めちゃめちゃ驚いた。 実際、耳から何かが吹き出たし。 「どうしてボルチモアトラスがここに!!!ーー」と叫んで バックミラーを一旦見て、フルブレーキ。 もちろんABSはついてないからフルブレーキは云い過ぎた  ようは、興奮しているんです。

「安谷川橋梁」(秩父鉄道)
武州中川駅 - 武州日野駅間
1930年(昭和5年)磐越西線阿賀野川当麻橋梁を移設
制作は1913年(大正2年)アメリカンブリッジ社製
橋長 76m 
上路の平行弦プラットトラス(ピントラス)62.4mが1連
+プレートガーター

さっきの「浦山川橋梁」と同じ。 なのに ここでこの単品に驚いただけで、ひょっとしたらさっきの橋もボルチモアトラスだったのかもしれないと 関連付けて疑う頭がない 残念。 でもよっぽど嬉しかったのか 同じ角度の同じ写真が20枚もある

もう一つ驚いたのが 「安谷川橋梁」の手前、国道140号の旧道部に架かってた「安谷橋」。

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「安谷橋」
竣工 1923年(大正12年)
1958年(昭和33年)に補強
橋長 65.3m 橋幅 7.5m
上路の平行弦?プラットトラス 45.9mの1連

上の写真は現国道140号の橋から撮ったもので、位置関係がわかると思います 自主規制の速度で走ってて、こんな方達がいきなり出てきたら 誰だってびっくりしてフルブレーキですよ 「魅力橋注意」。手前に警告看板がほしいところです。

苗字は同じだけど血のつながってないご兄弟とは 再会を約束して なんとか さよなら云った。 国道に戻って またしばらくすると 今度はお待ちかねの「荒川橋」で荒川を大きく渡る  入口で神社にある灯籠ような 立派な親柱が迎えてくれました

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上路式だと道路にしか見えないから きっと、遠くからでもわかるように 親柱の背が高くなって 明かりも灯ったんだと思う 人を思いやる機能をデザインしたら 使いみちは一緒だし 自然に灯籠っぽい形になったのかな そんな中にも職人同士が競い合う心意気も感じます いい仕事してますね

渡って 新しく と云っても1986年(昭和61年)に増設した方(下り線)の「荒川橋」から見た 古い方(上り線)の「荒川橋」。ご覧の通りすごく近くて全貌が見えにくいのがタマにキズですが 物はいいんです

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「荒川橋」
竣工1929年(昭和4年)
橋長 156.15m 総幅員 6.1m
上路のブレーストリブ バランスドアーチの3径間 4?
設計は前出の増田淳大先生

荒川の川底から橋面までの高さは53.2mもある 大きな橋。ブレーストリブ バランスドアーチと云えば そう「晩翠橋」。「荒川橋」(上り)と「晩翠橋」は、設計者は違うし 会ったことはないと思うけど 日本では2人しかいない 種族なんです

心の底から心配してたけど 足場が架かってなくて 本当によかった。  そっと胸を撫で下ろして「荒川橋」にさよなら云った  今、地図でたしかめると下に降りられる道を発見したし  もう1本近くに架かっていたらしい 秩父鉄道のバルチモアトラスを見逃してきた  ようは、再訪決定って事です(涙)

そんな事とは ちっとも知らずに いい物見れたとニヤニヤしてた(汗) 気持ちとはウラハラな曇り空を背負い 国道140号をズンズン上る。 しばらくすると 谷が深くなっていき 民家も少なくなってきた頃 「左矢印 三峰口駅」の道路標識に反応して寄ってみる  左折した先は「白川橋」だった。

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「白川橋」
竣工 1963年(昭和38年)
橋長 115.2m 幅員6.0m
上路のアーチ橋で1連

「白川橋」で高い位置から荒川を渡ると すぐ 秩父鉄道の終着駅を発見。

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三峰口駅。 地図で見てたときは 薄暗い地域で人も居ないだろうと 勝手にイメージしていた。 駅舎は古そうだけど なかなかポップな いでたち。 というか フランスの伝統色なのかな またベトナムを思いだしたし 全然”アリ”な配色だなぁと 色を決めた人のセンスと勇気を讃えます。

また「白川橋」で荒川を渡り直して国道140号にもどると 道は、じわじわと標高を上げていく  相変わらず空はねずみ色だけど さっきまで街中を走っていたのが うそみたいに緑が濃くなって 空気にうまみを感じはじめた 荒川の上流沿いは曇っていても 個性的でとっても素敵な道でした。 ごちそうさまです


地図

鼻歌のボリュウームがMAXにさしかかった頃「バイク弁当」の袖看板を確認した。 バイクの弁当? ってことはガソリンが入った帯行缶でも売ってるのか と 一時、へへへと ひねくれたった。  ヘルメットの中で悪い顔しながら もうしばらく行くと 上の地図。 地図で見てたときは この○はなんだろうと思ってた

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正解はこちら。 めちゃめちゃおしりがムズムズした(笑)  上の写真を撮った「滝沢ダム」の堰からまた国道140号にもどると 車が結構混んできた 遅い車を先頭に オレの前に10台、後にも10台ぐらい連なっていて 道も狭いし信号もないから一定の速度でみんなで移動。 いくつか橋も架かってたんだけど 停まれずにスルーするしかなかった  それでも一ヶ所、崖崩れなのか 交互通行区間の工事用信号で停車した場所から 2本同時に撮れてラッキー。

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手前の赤いのが
「豆焼橋」(まめやきばし)
橋長 220.0m 幅員 9.25m
上路のローゼ

奥の黄色いのが
「雁坂大橋」(かりさかおおはし)
橋長 248.6m 幅員 15.50m

どちらも1998年(平成10年)の竣工

国道140号は「彩甲斐街道」とアル。 奥の黄色い「雁坂大橋」を渡ると 長い長い「雁坂トンネル」が大口を開けて待ち構えてる。 すでに標高は1000mを越えた「彩甲斐街道」。 文字通り 彩の国、埼玉県から甲斐の国、山梨県へと「雁坂トンネル」で雁坂峠を難なく越えた。  また来るね埼玉県

真ん中にポールが立ってるだけの 片側1車線の対向トンネルでは、まる裸の単車のオレは恐怖を感じる 長くて先が見えないと すごく心細い。 辛抱強くやり過ごして やっとトンネルを抜けたら 雨だった  でも、料金所を抜けて カッパを着る場所を探してたら 雨は止んでくれて、山梨県は歓迎ムード。

しばらく進み 国道140号を離れて「笛吹川」沿いにでると いました「亀甲橋」。

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「亀甲橋」
竣工 1923年(大正12年)
下路のソリッドリブタイドアーチ 3連

アーチに高さがあって半円に近い丸みが とってもチャーミング 架かってる川の名前もムーミン谷っぽいのに肝心のお名前が「亀甲橋」。 まぁお年を召されてますからね  色も塗ってもらったばっかりだし 橋脚も補強してもらったようで お元気になられてなによりです

山梨県1本目だけど 前日からの疲れもあって この日は明るいうちに この近くの健康ランドに逃げ込んだ。

3日目終了で あとは帰るだけ。 長かった 渡良瀬川 完結につづく