1
2
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
  04 ,2017

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

アクセスカウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
03

Category: 2017年03月19日 淀川後編

Tags: ---

本文: 18  Trackback: 0

淀川後編
今年はサクラが遅いです 昨日の木曽川堤サクラは 咲いてる木は咲いてるけど全体的には まだ三分咲き程度 春なのにね。

春なのに、 前日から大きな低気圧が停滞していて 当日は最低気温が3.6℃まで下がってた。 おかげで 軽くだけど二度寝したから 出発が7時をちょっと回ってしまった 花冷えの春分の日。(3月18日)  噂どうり大阪に行ってきた。

P3180002.jpg

春なのに 吐く息は白いから 思い切って ウインターグローブを選択。 天気もそんなに良くない 花曇りの国道22号、「新木曽川大橋」に取り付けられてる温度計は4℃を示していた。  スピードが乗る国道21号に合流すると 自分たちの影の方が少しだけ前を走る。 しばらくは日の温かみを背中に感じていたけど 関ヶ原の長い下り坂は まだ路面が濡れて光っていたから 頭の中で黄色い2つの回転灯が動き出して 冷たいビビリーセンサーにスイッチが入った

国道8号に合流して 米原駅の青いワーレントラスの跨線橋を横目に しばらくすると ムーミン谷に通じる 入り口の街に建っていそうな 近江鉄道の「鳥居本駅」を発見して寄ってみた

P3180008.jpg

今まで何度となく通ったことのある国道8号だけど 初めて気がついた。 調べてみたら「鳥居本駅」の一日平均乗車人員は年々減少していて 2012年では140人ってことだから 今頃は100人もいないんじゃないかな  なんにしろ昭和6年からずーっと動かずに建っているわけだから もう少し早く見つけてやればよかったなと ごめんなさいして 再出発。

この辺りの国道8号線沿いは特にラーメン屋さんが多い。 しばらくすると「愛知川橋梁」がいるんだけど 年末年始に膝を突き合わせて挨拶してきたばっかりだから 今日は敬礼だけしてスルーした。 同じ理由で京都の街は信号待ち以外に足を地面につけてない

P3180012.jpg

それでも すごく渋滞していたから 予定より2時間以上遅れて 大阪茨木の「ねじりマンポ」に到着。 上を通るのはJR東海道本線。 東海道本線の大阪-京都間の開通は1877年(明治10年)だ そうなので竣工もそうだと思うし これは鉄道のために造られたんだから トンネルじゃなくて橋梁だと思う この写真では 全然、ねじりマンポ感は伝わらないけど 実際は計算し尽くされたレンガの配置や数の多さに気が遠くなるほど 緻密。 現場で何も考えず 力まかせにレンガを積んでたんじゃ こんなに完璧な仕上がりになるはずもない 古いものだけど いつもみたいに怖さはなく エネルギーを内包しながらもクールな美しさを感じました。 ポーナルさんが来日する前だけど平積み部はイギリス積みだった フフン。

P3180015.jpg

そんな名もない「細道橋梁」をくぐり 堤防を挟んで すぐお隣にお見えになります 「元茨木川橋梁」。 元茨木川とアルけど川じゃなくて道路をまたいでいる。 今の「元茨木川橋梁」が架かった当初は文字どうり元茨木川をまたいでいたけど 元茨木川は昭和24年に廃川となって 今は、元茨木川をグリーンベルトとして「元茨木川緑地」ってサクラが綺麗な公園に整備されていた。 桜の木も写ってるけど この時は蕾も見えない 今頃は賑わってるのでしょうか

「元茨木川橋梁」(JR西日本 東海道本線) 
摂津富田駅-茨木駅間
竣工 1912年(大正元年)
橋長 28m
下路のポニーワーレントラス
橋台はやっぱり1877年(明治10年)の竣工のようです

奥に写ってる 上り線たちにも さよなら云って再出発 また伺いますね。  家を出る時は、大阪の天気予報は”ハレ”って云ってたのにどんどん機嫌が悪くなってきて 気温も上がらないから ウインターグローブを選んで正解だったし  春なのに涙がこぼれます。 

県道じゃないや 府道の15号で「安威川」を渡り 16号に移って「神崎川」を渡ると 小学校とかもある住宅の込み入った町内に「瑞光寺」はありました 

IMG_3645 (1)

手水舎で一連の作法を行い「雪鯨橋」で「弘済池」を渡って 振り返ってみた「雪鯨橋」。墓石の下で ツボに入って直視しないで済むならまだしも ”骨”むき出しですからね 現場はかなりゾクゾクっとします  こちらの四代目の住職さんが 捕鯨で生計を立てていた和歌山県の港町に遊びに行った時に 豊漁祈願を頼まれてしたら 本当に豊漁になって お礼として黄金30両とクジラの骨18本を寄進されてしまったから 住職さんが供養のためにクジラの骨を使って橋を造ったことが、「雪鯨橋」の始まりとのこと。 もしオレのところに骨を18本も持ってこられたら 強い意志を持って 何が何でも断ってやる 30両も もちろんいらない。

気味が悪いだけで 怒ってはいません 春なのにため息また一つ。

淀川後編 その2につづく



スポンサーサイト