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プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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本文: 16  Trackback: 0

吾嬬橋 その5
昨日今日は少し降ったけど 思ってたより雨は降りませんね 南の方から梅雨が明けたって声も聞こえてくるし 夏場所も始まろうかってのに 本編はまだGWの話なんですごめんなさいね 

たぶん忘れちゃってると思うけど その4の最後の写真に写ってる 朱色の方杖ラーメン橋が「(新)吾嬬橋」。 その橋の右岸側の付け根は「小雨」(こさめ)って云う チャーミングな名前がついた町内。  由来はわからなかったけど それらしい物語はあるのかな  

その 誰もいない「(新)吾嬬橋」の橋上で ゆっくり谷底を覗き込むと 音のない渓谷に協力するように ご自身も息を殺して 隠れていました 「吾嬬橋」。 見っけ!

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10年ぶりにあった友達になら 間違いなく病気を疑われるぐらいに細い  細いのに いっぱいいっぱいじゃなくて クールに静止しているのがすごいんです 色男なのに力もち。

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はじめまして 近づいてもやっぱり細いんですね   「吾嬬橋」はもともと 群馬県渋川市と群馬県勢多郡北橘村を渡すために 利根川に架かっていた「旧坂東橋」。  「旧坂東橋」が最初に利根川に架かったのが 1901年(明治34)年。 いつしか交通量増加とともに 強度不足と判断されて 1959年(昭和34年)お隣に強固な新橋が完成し 「旧坂東橋」としてはお役御免となりました 

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小さい天使がたくさん写り込んでるのがわかるかな 本当にうっとりするぐらい華奢で美しい橋。   「旧坂東橋」はお役御免でも 捨てる ヤナヤツ あれば拾う神あり  「旧坂東橋」は3連の3兄弟だったから 離れ離れにはなったものの それぞれ 六合村、赤城村、子持村 にもらわれていったと案内板にありました でも 現存してるのはこの「吾嬬橋」だけ ともあります

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アメリカ式の形式名はペンシルベニアトラス(ピントラス)。 案内板に「材料は全部アメリカ産輸入鋼材である。」とアルからそうなんだけど この頃だから 当然設計も制作もアメリカだと思う。  分格の斜材もピン結合されていた すごく細い材料だから斜材に圧縮はかからず 全部引っ張りなんだな  国産だしピントラスじゃないけど同形式の「澱川橋梁」(近畿日本鉄道)はごっつすぎて比較にならんけど アレの斜材もそうなのかな 

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1900年頃って云えば 鉄道橋だとアメリカ式の幕開けで盛り上がってる頃だから 自分もよく会いに行くアメリカンブリッジ社製の「第五長良川橋梁」(長良川鉄道)とかの200ftトラスも 細いなーって思うけど 「吾嬬橋」はさらに細く感じる 規格品としては中途半端な橋長だし 他のアメリカンブリッジ社製の橋と比べても なんか雰囲気が違う  アメリカ式は間違いないけど  銘板もないし 設計制作会社はよそかもしれない  はじめから道路橋として設計されたから細いのかもしれないし 雰囲気が違うのは ひょっとしたら単品生産なのかもしれないけどね

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白砂川とはよく云ったもので 白が効いててキレイな水の色  国道時代に眺めていた景色はどうだったのかな 兄弟達とはバラバラになって行方もしれないけど きっとこんな見晴らしのいい渓谷に架けてもらって喜んでると思う 人もほとんど通らなし 本人も景色同様のんびりと 半隠居生活を送っていました

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夢の財力をバックにつけてるのか 色男なのに金も力もある 完璧な橋。

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「吾嬬橋」
竣工 1961年(昭和36)年1月
橋長 69.1m 幅員 2.5m
下路ペンシルべニアトラス(ピントラス)の1連

新橋はすでに架かっていますけど 文化財の勲章をお持ちなので撤去されることはない ハズ。  またいつかお会いする機会がありますように 願います  うーん さようなら


「吾嬬橋」にはさよなら云ったし もういいだろって感じだけど 吾嬬橋 完結につづく


 

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