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  09 ,2019

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2013年05月03日 黒部峡谷

Tags: ---

本文: 20  Trackback: 0

黒部渓谷 その3
もう大丈夫。 5月も終盤に入ってしまったし 梅雨明けまでには終わらせなきゃ 夏は夏でいろんなところに呼ばれてる  いつまでもメソメソしてはいられない メソメソはこんな心にそっと入り込んで悲しい気持ちを少しでも引きずらせようとする困った生き物だったのを 思い出してよかった そしてまた一つ大人になった。


「藤波橋」の橋上から下流側を見ると さっき渡ってきた「西里橋」。色のせいか柔らかな表情がいいヤツそう この町では「藤波橋」ぐらい自己主張しないと 誰もあなたの良さをわかってくれませんよ

P5033395.jpg

「西里橋」
1951年(昭和26年)
橋長 71m 幅員 6m 
下路のタイドアーチで1連

振り返るとSRは なんの反省もしていないご様子。 

P5033397.jpg

だいたいあなたにあんなポテンシャルがあるなんて まだ信じられん いつもブルブルすごい振動するくせに。 いかん まだひきずってる

気を取り直して「藤波橋」に また青空のもとでの再会を約束して さようならをいい  貧乏くじばかり引いてる「西里橋」を労りの横目で敬意を表し  最初、閉鎖的に感じたのは自分の心の問題でこの町に罪はなく 茜色の板金屋根が並ぶ 小粋な城下町を後にした


しばらく高原川沿いを下ると「宝橋」を発見。 わかっていた事だけど この「宝橋」のすぐ上流側、写真手前には2006年(平成18年)12月1日に廃線になった神岡鉄道の「高原川橋梁」が架かっていたけど 今はもう いない。

P5033405.jpg

「宝橋」
1935年(昭和10年)
上路のコンクリートアーチで1連


神岡鉄道の「高原川橋梁」は いつもよく行く長良川鉄道の「第五長良川橋梁」のアメリカ人と同じタイプ。それもそのはず 元々は東海道本線の「大井川橋梁」の16連がバラバラになって各地について生き別れた 血のつながった兄弟。長良川鉄道の「第五長良川橋梁」はご存知の通り現役だけど「高原川橋梁」は解体撤去されて何も残っていない 少しの差で「高原川橋梁」が「第五長良川橋梁」だったかも知れないと思うと ぽっかりあいた空間を見て 涙がでる。 

P5033407.jpg

運か 

対岸の国道41号側にも橋台部のコンクリートの塊は残ってるな でもアメリカ人が乗っていた川の中の橋脚はきれいにハツられて存在しない

P5033406.jpg

神岡鉄道を廃線に追いやった 恩知らずの神岡鉱業側にもプレートガーター橋が乗っていた橋台が残っている  石垣に残る錆跡に流してきた血を思いかぶせる。 間違いなくここにいたね お会いしたかったです(涙)


ヤフー地図には在りし日の「高原川橋梁」がまだ写ってた! 上から見ても男前なのがわかる 左上が「宝橋」。

ス

大井川時代にみんなでわいわい賑やかにやっていた頃に思いを馳せ いつかその地を見てこようと誓った また来ます。


「宝橋」で高原川を渡り国道41号に右折して入ると ここからの国道沿いは民家もなくなり またどんどん高度を上げて行き 名前も越中東街道にかわった。

車もそんなに走っていない対面通行の道。 しばらくすると「割石温泉」の看板。 震災後に湯量が増えたと報道されてたのを思い出したけどスルーした。  遠くにまだ ぽつん ぽつんとサクラが咲いてる 山の中の国道41号をしばらく行くと ロックシェッドとロックシェッドの隙間にバチんと見えました「第二高原川橋梁」。

P5033414_20130521142537.jpg

これも神岡鉄道の橋梁で この方は元常磐線利根川橋梁。はるばる一人でこられたけども 今は使われていない可哀相な橋。

「第二高原川橋梁」は漆山駅-神岡鉱山前駅間に架かる橋
開通 1966年(昭和41年)
橋長 77m
下路 曲弦のプラットトラス 1連

製作は1922年(大正11年)?とあります

現役を退いたとは思えない肌艶だけど やっぱりどこか物悲しい雰囲気。 何年も誰とも会わず 一人、雨や雪に打たれつづけて すっかり冷たくなっているのかな

冷たくされてもまた来ますよ 
心を閉ざした「第二高原川橋梁」に踵を返し またしばらく国道41号を進むと 横山トンネルで峠をくぐり 川はお待ちかねの神通川になった  次のトンネルをくぐる手前で その神通川に注ぐ宮川に架かる 神岡鉄道の「宮川橋梁」が左側に見えたけど 後がつかえてて急停車も出来ずに素通りしてきた あーまたやっちゃった

けどUターンしてトンネルをくぐり直す気にもならずにもうちょっと行くと「神峡橋」が待っててくれました

P5033418.jpg

「神峡橋」
竣工 1969年(昭和44年)
上路のアーチ橋 1連

「神峡橋」で神通川を渡り すぐUターンして もう一回「神峡橋」で神通川を渡って国道41号に戻ると 随分前に手を振って別れた高山本線に再会。 高山本線はオレが切符をきられた事をしらない 


国道41号に戻って割とすぐ 川面が近づいてきたなぁと思った所に 巨大な橋脚の遺構が川の中に残っている

P5033420.jpg

コンクリートの橋台は川の中に6〜7m角が2台 見えないけど対岸にも塊がある この橋台の上に鋼橋がのっていて対岸の丘から鉄道を渡していたのは、昭和6年から昭和42年までの間。 「神岡軌道」の「神通川橋梁」としてがんばっていた。 2006年に廃線になった「神岡鉄道」と区別されるのは、 もっと前の鉄道で「三井鉱山株式会社」が敷設した鉄道。 当初は、鉱山専用軌道だった。 

dobokugahou.jpg
建設途中の神通川橋梁(土木建築工事画報 第7巻10号「竣功せる神岡軌道神通川橋梁」より)

「神通川橋梁」神岡軌道
供用が 1931年(昭和6年9月16日)
全長 294m
水面からの高さ 57mまで持ち上げた桁。
使用鉄骨  550t
トレッスル橋脚に乗ったカンチレバートラス

身長57m 体重550tと云えば そう コンバトラーVとまさかの一致。

ロマンいっぱい眺めてみても 実はコンクリートの塊はゴミにしかならないからハツるのめんどくさくて残ってるだけ でもいい こんな遺構でも残っていれば 次の世代の人も気にかけてくれるはずだから

 
国道41号に戻りまたほんのちょっと進んでロックシェットを抜けると 国道41号上の「猪谷橋」で神通川にそそぐ猪谷川を渡る

P5033428.jpg

奥に先程の橋台の遺構がチラリ。

「猪谷橋」
竣工 1958年(昭和33年)
上路のアーチ橋 1連


振り向くと高い位置に「高山本線の猪谷川橋梁」。眉間にシワを寄せて怒ってんの? 

P5033426.jpg

トラスの端に横の桁が無くて直接プレートガーターを持ち上げてるから台形になっちゃてる 超変わり種

「猪谷川橋梁」は猪谷駅と楡原駅間の猪谷川に架かる高山本線の橋梁。
供用 1930年(昭和5年11月27日)
橋長 103.28m
1、4、5連が上路のプレートガーター
2、3連が上路のワーレントラス
高い位置を渡してるんですから 怒ってないで くれぐれも横風には注意して 安全第一でお願いしますよ 
 

暖かくなったとは云っても気温は20℃に満たないと思う とメモ帳に書いてある。 そんでもうおなじみの国道41号に戻ってまたしばらく進むと また割とすぐだった 国道のすぐ横に「第二砂場橋梁」発見。なんでこんな名前なのかな 第二って事は当然 第一もあるはずだけど あるとしたら見逃してきた 

P5033437.jpg

「第二砂場橋梁」高山本線の猪谷駅ー楡原駅間 
供用 1932年(昭和7年)
上路のコンクリートアーチ 2連

川が流れてくる訳でもないのに真ん中の橋脚が三角に作ってある デザインされた橋なんですね ちょっとローマを感じました おしゃれさんです。

今気づいたけど ギリギリ右下に小さな祠の中にいるお地蔵さんが写ってた この辺りでなにか大きな事故でもあったのかな 気づいて手を合わせる事はできなかったけど あの時も無事故を祈りつづけてくれてたんですね ありがとうございます。


なんか切りがいいから 黒部渓谷 その4につづく



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Comments

こんばんは

爽快な景色を望め 気持ちがいいですね
川の水と空の青さが 一対に なり 印象的です!
最後のお写真は 本当に ローマの雰囲気ですね
ローマの休日・・・なんて^^
こんばんは~!
北海道と大阪の夏はぜんぜん違う感じです。
北海道はあんまし夏の匂いがしません^^
たんぼが少ないのも関係あるかもしれません。
そもそも風景も本州とはぜんぜん違いますからね~。
ぼくはくそアツイ大阪の夏が大好きです(^○^)
あの〜
今回のそれぞれの橋は
かなり個性が際立っているように
感じましたが、中でも
もう橋がなくても橋台だけ
残ってるって、見たことなかったです。
遺跡のような感じですね。
橋がなくなってもなお、居座りつづける
頑固さといいますか、見事な存在感です。
こんばんわ
風景がやたらきれいで
悲しみを薄めてくれたら良いのですが。

神岡鉄道の橋どれも良い感じです。
神通川橋梁の遺構はなんだか戦争の後のような
哀れさがあります。ロマンですね。
鉄橋ってけっこう使い回し?されてるんですね、そんな歴史を追っかける旅も興味あります。小々次郎さんのブログ読むようになって、鉄橋にちょこっと目が行くようになりました。^^;

それにしても、最近は電車に乗っても切符は切ってくれないのに、えらいとこで切られちゃいましたな。^^;って、思い出させるなよってか?^^;
トマトの夢3 さんこんにちはー
コメントありがとうございますー

ローマの休日。 いいですね^^
この橋の前でお地蔵さんと一日過ごすのもわるくないです
雨だったらそうしてもいいかもしれませんよ

ぼくにはない「爽快感」伝わりましたか
こんな季節はちょっとでも走っていたいです。


かっぱのしんちゃん こんにちはー
コメントありがとうございまーす

北海道の夏は全然ちがうでしょうね
夏になりきらないで秋に突入でしょうか
ある意味理想ですが冬がたまらんですからね
たんぼは少ないかもしれませんが
外国みたいにスケールのデカいジャガイモ畑とか牧草ロールとか
無い物ねだりですけどぼくは死ぬ前に1度でもいいから北海道を走ってみたい^^


広報ミヨっちゃんこんにちはー
コメントありがとうございますー

痕跡を遺跡と云って下さるのですね。
跡形もなくなればそのうち忘れられるでしょう。
忘れられるのが本当の死だと思います
橋台だけでも残っていれば ぼくみたいなのが拝みに行きますから^^
忘れられるにはもったいないその橋の歴史を語り継いでいけますし
鉄は融けてまた何かになってると思ってあきらめてます
ミヨっちゃんさんも橋に対しての感じ方がぼく寄りになってますよ^^



いちしんふたば さん こんにちはー
コメントありがとうございまーす

この辺りのときはすごく天気もよくて綺麗でした
いないとはわかっていても痕跡を見るとやっぱり涙が出ますね
しっかり存在してても役目を果たせないでいる姿に泣けますし
思い出してやって語り継いでいこうとおもいます(熱)
この目で見てくるしかないですね^^

ここら辺の山と川の景色は
ホント落ち着きますよね
海育ちなのであまり見ない風景だからですかね  (*^▽^*)
蒼海さんこんにちはー
コメントありがとうございまーす

鉄道や電車のことはよくわかりませんが 鉄橋を見て回っていたら付いてきた少ない知識によると 主要な鉄道が敷設された頃はレールも橋も外国製品を輸入して現地組み立てしてたのですが 何年かたって複線化するのに線路が2線通る橋に交換しなければならない箇所がたくさん出てきて いままで使っていた単線で輸入物の高価な橋がもったいなくてローカル線に払い下げられて全国各地にちらばって今も頑張っています そんなのを見て回っては喜んでます^^

自分で思ってたより結構引きずるタイプだったようです(涙)
加夢 さんこんにちはー
コメントありがとうございますー

山里の景色は最高です
この辺りは新緑とサクラとなんかの花が
全部いっぺんに開いちゃうんですね 不思議
気持ちの良い世界を走れました^^
もうちょっとかかりますがこの後、日本海の登場です
乞うご期待!! なんつって(笑)


有り難う御座います。
家に居ながらにして、色んな所の色んな橋・景色を見る事が出来、感動です。

DEN
どの橋も趣がありますね。私は廃線路の跡や駅舎、旧道が好きなのでいつも楽しく読ませて頂いております。
人間の歴史や技術を垣間見ることができる橋の面白さ。山の中の橋はどこか愛嬌もあるように感じます^^
毎度読み応えのある小々次郎さんの文章ですが、今回はいつも以上に哀愁たっぷり含蓄こってり、味わい深い見聞記でした。鉄さびを帯びた石垣…好きですよアタシも。消えた橋から溶けだしたかと思えば確かに血染めの爪痕のような凄味も感じるものですね。グーグルアースで生前の姿が見えちゃう、web時代の切なさよ。ついこの間のことなんですね。まだ石垣がぬくいんじゃないかと、撫でたくなりました。
「今は亡き」でも、まさかのコンバトラーVと同サイズの鉄橋になると、遺影が白黒写真だし、もう城跡の趣き。歴史ロマンとして気持ちに冷静な距離が出ますね。素直な尊敬の気持ちが湧きます。
分解して各地にもらわれッ子になっていった橋たち、溶けてなんかになっちゃった橋たち、レゴかプラレールみたいに可愛いのに実は隠居だという橋も。。。嗚呼。
この哀愁の雨あられは何事? 全然「橋」に興味ないはずなのに全部知り合いみたいに切なくなって拝んじゃうじゃないwww
玉坂のブログ過去記事にもストック写真にも、実は今は亡きガードレールとか今は亡き側溝のフタとか、どうでもいいものですが、いっぱいあります。東京のインフラ、特に新陳代謝がいいですね。うん…今度特集してみようかなと思いました。(あ、コンバトラーV風の芝刈り機もあったなあ…これは存命だと思うけど。)
DENでん さんこんにちはー
コメントありがとうございます

うわー そんな感動だなんて こちらこそありがとうございます
天気良かったですし 新緑の季節でしたから 明るくてよかったです
まだこれからも一方的に押し付けて行きますから(笑)
またお付き合い下さい^^
SomeDay さんこんにちはー
コメントありがとうございまーす

駅舎や廃線跡が好きなんですか それもやっかいな趣味ですね(笑)
古い橋を回ってますと鉄道関係が否応なしについてきます
自然にかわいい駅舎だなと思って自然にシャッター押してるぐらいですから
廃線跡も駅舎もその歴史をたどれば魅力一杯でしょうね 是非ご紹介下さい
山の中の橋。本当でだ今見ると愛嬌ありますね 会ったときは冷たく感じたんですよ^^


玉坂めぐるさんこんにちはー
コメントありがとうございまーす

こんな拙いブログを隅々まで読んで頂けて恐縮です はずかしいです ありがとうございます。
自分にとっての超個人的なお宝探しですから 前情報が頼りですので 「高原川橋梁」なんかは もう存在しないのはわかっててクールな気持ちでいたんですけど 石垣の錆跡を見たら もうだめ。ヘルメットとらないと拭えないぐらい涙が出てきて いいおっさんが石垣にほっぺたつけてきました(笑)そのあと登って橋台の上に立ちました この旅で変態度がほんの少しUPしたかも知れません 運良く誰もいませんでした。 この記事も泣きながら書いてました(笑)

「ぬくいんじゃないか」とか「知り合いみたいに切なくなる」と云う感覚もそうですが 人によっては なんでもないような物でも いつも労りの気持ちが湧いたり 物言わぬいろんなものの声を たえず聞き取ろうとする愛情が玉坂さんらしくて素敵だなと思いました ぼくが押し付けた橋ですが おかげで浮かばれたことでしょう^^
今は亡き者を尊ぶシリーズ楽しみです 是非よろしくお願いします^^
第二高原川橋梁の写真は高所恐怖症ではないあけぼうも「ひょおお~」と思いましたよ。
SRとのやりとり(?)も愉快です(´∀`)
橋台のみが残っている写真、初めて見ましたけど、なんだろ、静かにたたずむ様子・・・かつて大河ドラマで見た武将が座ったまま往生を遂げるシーンを思い出しました。
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとうございまーす

おおーー
敷地に引っ付いてるから取れなかっただけの橋台もそう云ってもらえると すごくかっこよく見えますw
ぼく的にはどちらかと云うと 首を取られて河原に晒されてるようにも見えます。 どちらも「無念じゃ〜」ですね^^
毎日乗ってる車にはそんな事無いのにSRには特別な感情が湧きます 遅いし、エンジンが丸裸でハレンチだし 跨がって乗るスタイルや走ってないと倒れちゃうめんどくささとか どうしても血の通っている相棒のように情を感じてしまいます 実際はパソコンと同じで自分の操作以上の事はしてくれないですけどね(笑)
高所恐怖症じゃないのはもっとどんどん威張っていいと思います 自分も高いのは平気ですけど暗いところが苦手です。 


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