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  09 ,2018

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

Tags: ---

本文: 13  Trackback: 0

渡良瀬川 その2
川の水面も 抱きかかえてるタンクも 木葉のあいだから照らされるアスファルトだって この優しい日差しに ずーっと当たっていたいに違いない  もちろんオレも日照時間のゆるすかぎり照らされていたい 常に一歩前にある輝きを次々に追い抜いて こんな毎日がずーっとつづけばいいのにと やっぱりニヤけてしまう。 すれ違うドライバー達は ニヤけ面のおっさんに すごく気味が悪るかったと思うけど 旅の恥はかき捨てって云うし 知らない人だからどう思われても別にいいや。

でもこのあと大渋滞。 元々オレなんかが通ったらいけない おしゃれで牛丼屋とかは絶対にない 軽井沢をルートに選んでいたから ピンポイントに渋滞したんだと思う みんな巻き込んでごめんね   それでもなんとかいわれもない酷い仕打ちに耐えて 信濃川水系と利根川水系とを分ける中央分水嶺でもある 碓氷峠に差し掛かると また自然に鼻歌も飛び出す素敵な道が始まった

P5030029.jpg

下りはじめこそ 道もボロボロで状態は悪いし とても国道18号とは思えない細い道だったけど これも中山道とアル。 古くから関東と信濃国や北陸とを結ぶ重要な場所と位置づけられてたので 早く鉄道も敷きたくて 明治も中頃になると上野駅から横川駅まで敷かれた鉄道と 直江津駅(新潟)から軽井沢駅まで開通した鉄道とを結ぶために 1893年4月1日 この中山道を串刺すように碓氷峠を越へていく、延長11.2km。18の橋梁と26のトンネルをもつ官営鉄道中山道線(後の国鉄信越線)が開通した とアル。

P5030031.jpg

新線が通り(今はその新線も廃止)、 この旧国鉄信越線は1963年(昭和38年)に廃止されたから とっくに使われていない。 このお方はそんなトンネルの一人。 いつもだったら恐怖を感じる 呪われそうな 古いレンガ積みのトンネルとは 目も合わせずに シッポを巻いて逃げ出すオレなのに 小ぶりなサイズとポカポカになってきたお日様のおかげで全然怖くないどころか かっこいいなと思ったほど。(この時は本当)

所々にこんな鉄道の遺構もあって 姿は見えないけど すぐ近くで ピーピケキョ。ってかわいい子が歌うし 体中に浴びる 真の木漏れ日のシャワーは天然のかけ流し状態。 しかもぬるめ。 クネクネ道は歯を食いしばるほどじゃなく適度だし 長くゆるやかに下って行く国道18号って もうっ最高。 季節のおかげだね 勝手に今のところの素敵な国道日本一に認定です 

P5030035.jpg

「碓氷第六橋梁」
竣工 1893年(明治26年)
長さ51.9m 高さ17.4m アーチ径間11.0m
隅角部を切石で補強した煉瓦造
国指定重要文化財


また少し下って 今度は「碓氷第五橋梁」。 これは当然、秋もいいだろね

P5030044.jpg

「碓氷第五橋梁」
竣工 1893年明治26年(明治26年)
長さ15.8m 高さ8.8m アーチ径間11.0m
煉瓦造
国指定重要文化財

写真向って左側はまたレンガ積みポータルのトンネルだったけど このトンネルは呪われそうな恐怖を感じたから写してやらなかった し「碓氷第四橋梁」は見逃してきたみたい(涙)

現在この線路跡は「アプトの道」と云うハイキングコースになっているようだけど「アプト」ってなに?  調べてみると スイス人の機械技術者アプトさんが考えたラック式鉄道の一つらしい ラック式鉄道ってのは 2本のレールとは別の中央に歯型のレール(歯軌条、ラックレール)を敷設して車両側の歯車とかみ合わせることで急勾配を登り下りするための推進力と制動力の補助とする鉄道のことであるとアル。 ジェットコースターって最初急な坂を登るとき あきらかに車輪とは別の駆動で登って行くけど あんな感じかな


またしばらく国道18号を下り 知らずに「碓氷第四橋梁」をスルーすると お待ちかねの「碓氷第三橋梁」通称めがね橋 をドドンと発見 会いたかったよぅ

P5030045.jpg

「碓氷第三橋梁」
国鉄信越本線 横川駅ー軽井沢駅間
竣工 1893年(明治26年)
橋長91m 高さ31m 
煉瓦造アーチ橋の4径間
使用された煉瓦は約200万個!!
国指定重要文化財

P5030053.jpg
文化財が泣いています。  設計者のパゥネルさんがイギリス人だから レンガもイギリス積みなんだそう でもオレにはオランダ積みとの違いがわからない

急勾配でアプト式のラックレールを用いるには列車の推進力を受ける道床に十分配慮する必要があったことから この頃流行の「鋼桁」ではなくて めんどくさいけどレンガ製のアーチ橋にしたんだそう。 なるほどね もしかして鋼橋だったら何だっただろうなぁ  バイクではクネクネ道が勾配を稼いでくれる分 国道18号は急勾配には感じなかったけどね
季節を変えてまた来ます どうかいつまでもお元気でいてください


「碓氷第三橋梁」にさよなら云って またしばらく国道18号を下ると 坂本ダムで塞き止められて出来た 碓氷湖 の標識にちょっと寄ってみた

P5030067.jpg

寄ってはみたものの 意外に駐車場は車が混雑してたし 心に響く出会いもなく すぐにUターン。 奥に見えてる 碓氷湖に架かるコンクリートの橋は「碓氷第三橋梁」をイメージしたんだそう。 まぁそーだろね

でもUターンした先には 降りていかなきゃ気づかなかった  ?号トンネルのポータルがいた(怖) 「こっちに来い」って云ってるみたいだけど どう見ても どこまでも暗闇。 一回入ったら出られないのはわかってる

P5030065.jpg
 
その手に乗るかと 急発進して逃げてきた  バックミラーには映らないかもしれないから 何度もうしろを振り返りながら また国道18号を下って行くと ここまでくればもう大丈夫だろうって場所に、 名称は後でわかったけど「碓氷峠鉄道文化村」があった。 屋外に車両がいっぱい展示してあったし、屋台も出ていて 結構家族連れがいるなーと その時は思っただけで もちろんスルーした


またちょっとくだって横川駅を過ぎて すぐ 大変賑わってるドライブインがあった 腹ぺこで喉か涌いてたから ちょうどいいやと即入店。 軽井沢で渋滞してる時から おなかはすいていたけど あの辺りはドレスコードがフォーマルなお店しかなかったし きっとバイクでも日本車じゃぁ 駐車さえできないだろうし(涙)

P5030071.jpg

なんの知識もないまま入店したドライブインが「峠の釜飯」で有名な「おぎのや」だった スゲーラッキー。 京王百貨店で毎年開催されていた「駅弁フェアー」。4階の階段室からもう並んでて 7階の催事場にたどり着くのさえ難しい大人気イベント。 その常連「おぎのや」の「峠の釜飯」がこの地だなんて思いもよらずに大感激。  そうか「峠の釜飯」の「峠」は今越えてきた碓氷峠だったんだと感慨深く うすい醤油だしで炊きあがった一粒一粒を 峠とは全く関係ない階段の踊り場での思い出とともに噛みしめた。  イヤ、うまかったです

P5030074.jpg

結構お高いのは 食べ終わったら持ち帰ってもいい 釜代込みの価格だからなのはわかってるし 持って帰ればいい旅の思い出にもなるでしょう  実際にキャンプとかの時にこの釜で一合のご飯が炊けて 利用価値があるのも知ってる。 でもバイク旅の初日にこれもらっても 重いし邪魔になるだけだから もったいないけど泣く泣く返却口に返したら 奥のおばさんニヤってしてた(笑)


群馬県に入ったから良しとして 渡良瀬川 その3につづく


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Comments

あらー☆峠の釜飯の峠!
そりゃ日本一の国道に仮認定されるだけのことはありますね!
そんな偶然立ち寄るなんて、運命だったとしか♪
本来は、峠を越えたものだけが美味しくいただける一品ですもん、これ以上正しいかたちで出会うことなんてないですねえ~(*^_^*)
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
新緑に赤レンガの橋は映えますね。
しかも大きい。

ああ、釜めしはおいしそう、
特急しなのに乗って食べたけど
どんな味だったかもう忘れてしまいました。
釜を灰皿にしてる人はいましたが、
ご飯が炊けるとは知りませんでした。
ああ、やってみたい。


レンガ積みの橋梁そのものも良いですが、サクラの時期の終わったこの時期ならではの新緑もいいですね。
お写真を次々に拝見すると、緑にもいろいろな色があるんだなぁ・・・ということを、改めて感じます。
百花繚乱、百緑繚乱とは言いすぎでしょうか(笑)。この時期は何をするにも快適ですね。
こんばんは~!!
軽井沢は渋滞してましたか?
鼻持ちならん人たちが列を作ってたのでしょうか^^
峠の釜飯は聞いたことがあるだけで、見たこともたべたこともないです。
たしかその電車は廃線になったでしたっけ??
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとうございまーす

まだバイクでは本州以外の国道を走った事がありません
仮認定ではありますが本当にとろけそうな素敵な道でした
新幹線が出来てからこの区間の鉄道は廃止になってしまったので
「駅弁」としては影が薄くなってしまいましたね
でも「峠の釜飯」ってネーミングは秀逸。
冷たくなってましたが美味しかったですよ^^


いちしんふたばさんおはよーございます
コメントありがとうございます

釜飯の中の具で手前にある 杏の砂糖漬け?
あれが何かわからずに1番最初に食べてしまって
わーやっぱり名物にうまいものなしだなと思ってしまいました
たぶん具の中ではデザート的な役割で1皿で完結を目指したんだと思います
ふたを開けていない漬け物にもごぼうとかもあって手が込んでました
釜は栃木県の益子焼きだそうで何度も使えるそうです
結構みんな大事そうに持ち帰っていましたよ^^



もそあつさんおはよーございます
コメントありがとうございます

百花繚乱^^ すべてはこの優しい日差しのおかげですね
この時期は目がガシガシしてても1mでも多く走っていたいです
こちらのレンガの橋梁の上を走っていた車両はまた特別だったんでしょうね
反対側には新線ですが廃線のコンクリートの橋梁もまだありました
第三セクターは名乗りを上げなかったのでしょうかね^^


かっぱのしんちゃんおはよーございます
コメントありがとうございますー

軽井沢は1本道で大渋滞でした(涙)
犬にも品のあるおしゃれなまちですね
ぼくが近寄っちゃダメでした反省してます
峠の釜飯は物産展とかでも有名ですよね
そうなんです もう廃線になってますから
厳密に云うと「駅弁」じゃないですね^^


いろんな所へ 旅されているのですね。驚きです。
写真も凄く綺麗で、いつも見とれております


いつか、私も写真に 言葉を添えられたらなと
思っています
由貴 咲空さんこんにちはー
コメントありがとうございまーす

空回りぎみですが 変な行動力だけはあるんです(笑)
いい季節ですしね 体が軽くなった気になります 気がするだけですけど
写真はカメラ任せですからカメラを褒めてやってください^^
ぼくは行ってきたところを自慢げに紹介してるだけですからね
由貴 咲空さんのような表現者とはまた全然質が違います
ですから行動力を褒められるのが 実は一番うれしいです
ありがとうございます^^


チビのころの思い出の釜飯、横川駅で父親が買いに走ってくれました。インパクトがある駅弁だから今もあざやかな記憶です。だからたぶん、この煉瓦の橋も列車で渡ったはずですね。うーん、でも残念ながらこっちは記憶がないです。(^^)
鉄道がなくなってからも、たぶん小小次郎さんと同じドライブインで何度か買っています。キャンプの一日目のお昼が多いかな。翌日にご飯炊いてみようかって話は必ず出るけど、やったことは一度もないです。(^~^)
あとも一つ、マニラでのエピソードがあります。アメリカンウィメンズマーケットとかいうのがたまにあって、要するに駐在員夫人たちのフリマみたいなのなんだけど、そこにエスニック骨董の店が出てて、その商品にこのお弁当釜が、紛れてました(^^)。「おぎのや」って、はっきり書いてありましたよ♪ 売れたかな。
杏子はおいしいんだけど、知らないとびっくりするよね。峠の釜飯あるあるです☆
玉坂めぐるさんこんにちはー
コメントありがとーございます

優しいおとうさんですね はやくしないと電車がでちゃうから「買いに走ってくれた」という印象がまたいいですね あわててるドキドキ感も手伝って特別な情景としてよみがえるのでしょうか^^ 
レンガの橋の方は1963年(昭和38年)に廃線になっていますので きっとこのすぐ横に新設された「国鉄信越線」を利用されたのではないかと思います レンガの橋を直接渡るより すぐ横の空中におおきなレンガの橋が見えてる方が印象も強かったと思いますが どうでしょう。 釜飯に夢中だったかもしれませんね
うちの母親はなんでも大事に仕舞っておく方だったので ご多分にもれず 新聞紙に包んだ おぎのやの釜 が流しの下の扉の奥に何年も 引っ越しをするまで置いてありました(笑) でも、たぶんお土産でもらったやつだから 峠の釜飯の峠が碓氷峠だとは知らなかっただろうし お土産話に旅した気分を味わって大事にしてたのなら ちょっとかわいく思います^^ 異国の地で骨董の店に並んでいたら 値段にもよりますが ぼくは買ったかもしれません。 長いこと愛されてるだけあってアイディアも物語も内容も完成されたワンプレートですね^^

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