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  11 ,2018

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

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本文: 8  Trackback: 0

渡良瀬川 その8
この時は、お見それしてましたけど すでに文化財だった「第二渡良瀬川橋梁」にさよならを云って背を向ける と、ここからの国道122号は足尾の町内をバイパスしていくようだから 「左上矢印 足尾交番」と書かれた誘導看板に従い 国道を離れて 県道でもないし 夕方まで子供が遊んでいそうな町内の道路にお邪魔した。 それでも右側には渡良瀬川が十分な川幅をもって ゆっくりと付いて きてて いい感じ。 でも、反対の左側は小高い山々が割と近いのに 白々しい空のせいで せっかく芽吹いた新緑に元気とみずみずしさを感じなかった。やっぱり太陽って偉大。 だまって しばらく進むと さらに山側に抜ける奥に何本か見えたから ぷら〜っと寄ってみた

P5040355.jpg

一番上を行く、花崗岩を上手に積んだ橋台が立派な白緑色の方がわたらせ渓谷鐵道の「有越沢橋梁」。

「有越沢橋梁」(わたらせ渓谷鐵道)
原向駅 - 通洞駅間
竣工 1912年(大正元年)製作 1911年(明治44年)
橋長 14m 汽車製造合資会社(大阪)製
上路のプレートガーター 1連

そっけない顔してるからこの時は気づかなかったけど あとから国指定の文化財だと教えてもらってびっくり。 トラスじゃないから普段ならよっぽっど寄らないんだけど写真撮っててよかった 人は見かけに寄らないって ほんとだね

下の青いヤツは「中才橋」1975年(昭和50年)3月竣工 下路のプレートガーターの1連。 明治10年から足尾銅山に分け入った古河市兵衛が創業者の「古河鉱業株式会社」製とアル。まさか銅製?(嘘)

それから もう一本。 上の写真にもちょっと写ってる 下路のコンクリートアーチ。

P5040356.jpg

橋長は2mぐらいなのに丁寧に作ってある 実はこの時コレに一番驚いてた 自分の目利きの無さにちょっと反省 でも当然好みもあるし わたらせ渓谷鐵道自体や 足尾銅山の歴史には興味が薄くてごめんなさいよ

そうか、これぐらいの規模なら 上手、下手はおいといて がんばれば自分でも造れるかな。  洗濯機とトイレの排水管を跨ぐコンクリートアーチ!!  小さいとくぐるの大変だから上路式にしよっかなぁ やっぱり鉄橋がいいしなぁ 鋼アーチ橋とくれば当然、赤色だよねぇ  うふふふぅ  なんて考えながら また町内の道をストトトトトーと しばらく進むと 右側に有名な「通洞変電所」の おどろおどろしい廃墟。 おっかないからもちろんスルー。 反対側にさっきの「有越沢橋梁」と瓜ふたつな「通洞橋梁」が居たのもちゃんと確認はしたけど 廃墟におどされてスルーしてしまった  「通洞橋梁」も文化財の勲章持ちだった(涙)

また すぐ「通洞動力所」や「新梨子油力発電所」なんかの廃墟が並んでて この辺りは気味が悪い 保存してるって感じじゃなくて お化け屋敷にしか見えん。 「廃墟」が好きな人がいるのは知ってるし 実際写真を拝見すると美しいな とも思うのもある  そんな方達にはタマランのでしょうけど  オレは目も合わせずに加速して逃げてきた

P5040360.jpg

逃げ足だけは速いSRのおかげで「通洞駅」にすぐ到着。 足尾町町制100周年の記念として建てられた 銅のモニュメント。 空洞の部分は長い歴史を持った足尾銅山坑道を、上部は、足尾町の未来・発展を望む「飛翔」を表しています。   琺瑯製であろう駅名看板の 通と洞駅のあいだのスペースが気になったけど駅名が変わった記録はない。 足尾銅山観光や足尾歴史館の最寄駅ということで 結構人がいたしお祭りの期間中だよと のぼりが出ていた けど お決まりのスルーです ごめんなさいね 

駅前でも 細い町内道路のきわきわまで軒をだし 連なる古い建物は、たいへん昭和なフレーバー。 江戸時代にこの地で寛永通宝が鋳造されて 繁栄を極め「足尾千軒」と云われた街並は ここじゃないみたい。 けして屈強ではないけど陽気な酔っぱらい達の笑い声を空耳に ストトトトーっと駆け抜けた 


またしばらく進むと 木が邪魔で振り返って確認した「足尾橋」。

P5040365.jpg

「足尾橋」
竣工 1950年(昭和25年)
上路のランガー 1連


渡良瀬川もきれいだね   つつっと行く。 足尾駅にも寄ったけど ピンぼけで割愛。 足尾駅を過ぎると 細い道の圧迫感がなくなって開けた場所にまた3本の橋。 現橋の「新渡良瀬橋」の橋上から 下流側に旧橋で歩行者専用になった「渡良瀬橋」欄干にはめ込まれた鋳造のデザインに西洋への憧れが見える ケーキ屋のロゴマークみたい

P5040374.jpg

「渡良瀬橋」
竣工 1935年(昭和10年)
上路のコンクリートアーチ 1連


今度は「新渡良瀬橋」の橋上で上流側を見ると 白緑色した水路橋が 渡良瀬川のせせらぎを子守唄に 眠たそう。 どこから来たのかピントラスだし 

P5040371.jpg

「水路橋」
下路の平行弦プラットトラス(ピントラス)の1連

アメリカ式だけど輸入品なのかな  なんかそうは見えないけど どこかからの転用でもなくて  アメリカ式に則ってこの辺りで造ったんじゃないのかな  実際、古河鉱業製と書いてあるところもあったりして 年代もあいまい  だけど 水路橋まで華奢でかわいいピントラスな足尾が素敵すぎる 遠いけど来れてよかった。

連れてかえりたい「水路橋」になんとかさよなら云うと 田元の信号を左折してつづく県道250号沿いにいました。 「水路橋」のご兄弟と思われる「田元橋」と わたらせ渓谷鐵道の「第一松木川橋梁」のダブルパンチにノックダウン。  すぐ立ち上がって まず「田元橋」。

P5040388.jpg

さっきの「水路橋」と同じで王道の7スパンだけど ヤフー地図の航空写真でパソコンの画面に定規をあてがってみたら 「田元橋」の方が幅も長さも大きかった

P5040396.jpg

1927年(昭和2年)竣工説と1936年(昭和11年)竣工説があって、元はガソリンカーの軌道が走っていたみたい。 古い方の1927年(昭和2年)説だって、 昭和になってからピントラスが造られたのは考えにくいってアル。 でも管理者の古河鉱業の台帳では1927年(昭和2年)てことなので、   ウヒヒ ひょっとしたら古河鉱業が内々で黙って昭和2年にアメリカ式のピントラスを造ちゃったんじゃないのかな  あーだったらいいのになぁ  アメリカ式のピントラスに憧れる気持ちは痛いほどわかるよぅ 

P5040422.jpg

「田元橋」
竣工 願いを込めて1927年(昭和2年)
橋長 45.23m 幅員 3.92m
下路の平行弦プラットトラス(ピントラス)の1連

「水路橋」もきっと同じ頃。


それで 「田元橋」のすぐ横、上流側に架かる「第一松木川橋梁」。 そう「松木川」。 今は渡良瀬川になったけど 昔の名前で出ています。

P5040391.jpg

橋脚の上の方、あんまりお目にかかれない トレッスル橋脚が パテント・シャフト社製のイギリス人。 製作されたのは 1888年(明治21年)で、日本鉄道(現・東日本旅客鉄道(JR東日本))の東北本線北部に多数架設したものから転用されたものである とアル。  

P5040406.jpg

桁を持ち上げつづけて 御歳126才 肩こってそうですね お疲れさまです。  曲げた鋼板を4枚合わせて リッベットで固定して柱を作ってるのがわかる 製作された頃は角パイプがなかったからだろうけど さすがイギリス製だけあって分厚い。

P5040408.jpg

「第一松木川橋梁」(わたらせ渓谷鐵道)
足尾駅 - 間藤駅間
竣工 1914年(大正3年)8月25日
橋長 56.45m
上路のプレートガーダー 3連
トレッスル橋脚 2基


下の写真は、2012年に京都まで見に行った 木津川の支流に架かってる JR西日本の関西本線「下の川橋梁」のトレッスル橋脚。

PB031902_20140624140254511.jpg

「下の川橋梁」は関西本線の開通年の1897年竣工だし 関西本線の「木津川橋梁」とかはパテント・シャフト社製だから「下の川橋梁」のトレッスル橋脚もパテント・シャフト社製だと思ってた  でも よく見ると随分違う。  まぁ9才も若いから 何とも云えないか

この時は 大きさ的にもそっくりだと思って 西の空を見上げては「下の川橋梁」に思いを馳せて 一人でニヤニヤしてたけど  今は、そんな自分に お日様もおりかえしを遠に過ぎ 一層白々としてる事に早く気づいて 急いだ方がいいよと やさしく伝えてやりたい(涙)   渡良瀬川 その9につづく




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Comments

こんばんは~!!
足尾銅山って、公害で有名なとこですね?
きょうのブログはアカデミックで高尚な雰囲気が漂ってますね^^
かっぱのしんちゃんおはよーございます
コメントありがとうございまーす

アカデミック!!?
とっ とんでもないです
歴史ある町内でずーっとトイレを我慢してました^^

2011年の震災の影響で渡良瀬川下流から基準値を超える鉛が検出されたそうです
まだまだ現在進行形のごっつい公害です(涙)

小々次郎さんの趣味を存分に発揮した、
手作り橋も見てみたいかもw
老後の趣味に一つ加えるのはいかがでしょう。
そんで花咲か爺さんならぬ、橋かけ爺さんとして
地元で有名人になるんです・・・(妄想)
おじゃまします。
わ鐵かいわいの鉄橋、たくさん撮影されましたね。奥へ行くほど、味のある鉄橋が多くなってくるように思うのは気のせいでしょうか。
トレッスル橋というと、旧・餘部橋梁が有名ですが、第一松木川橋梁のたたずまいも小さいながら威厳を感じます。列車がなくとも絵になりますね。
私はまだじっくり見ていないので、機会を作って行ってみようかと思います。河原に下りることができればなお良しです。
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとーございます

地元の有名人ってほとんどの方が笑い者ですよね やっぱりやめますw 
観光地に寄らずに橋だけ廻ってるだけでもかなり痛いでしょう(笑)
でも歴史ある物だとギリギリ 呑み席でノって来る人もいるんですよ(幻)
嫁は絶えず一年中引いてます(涙)
それに「橋かけ爺さん」って縁結びのお節介じじいみたいじゃないですか ヤダ(笑)


もそあつさんおはよーございます
コメントありがとうございますー

わ鐵沿線。やっぱり見応えがありますね 間藤駅から先の廃線ぶりも素敵でしたよ もう車両が通ることがない廃橋が あと2〜3本まだ架かっています 鉱業でにぎわってた頃の事を想像すると 一層味わいが深いです 
トレッスル橋脚の第一人者 餘部橋梁は存命中には結局行けませんでしたが 一部保存されてると聞きます 今年のお盆休みに行ってこようと思ってます。 
第一松木川橋梁に列車がのってるの見てみたいです 橋に列車が乗ると物体だけじゃなくて物語ができますからね  もそあつさん長靴だけじゃなくて縄梯子も持ち歩いてるんですよね じゃぁ大丈夫です 宜しくお願いします^^

わぉ、またこりゃすごい!
年季のはいった・・・w
素敵ですねー。
普段なにげなく通る橋ですがこうしてみると歴史が・・・。
しかし、こうして写真で見ると様々な色で塗装されてますね。
こりゃ綺麗!
センスが光りますね!
いやこりゃすごいなぁー。
行く数年こうしてさりげなく私たちの生活を支えてる橋。
勉強になります!
旅人Yさんおはよーございます
コメントありがとーございます

意外と黄色の鉄橋が少ないです
注意を促すには最適な色だと思うんですけど
ただそれだけで、似合わないと思うからでしょうか^^
結構ピンク色の橋は見かけます 雰囲気によってはよく似合うんですよ
いつも机上だけじゃなくて現地を確認して色を決めてほしいと願ってます
さりげなく生活に溶込むには、見返りを求めない活躍と
その人のカラーも大事だと思い知らされてます(笑)

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