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  09 ,2018

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2014年05月03日 渡良瀬川

Tags: ---

本文: 8  Trackback: 0

渡良瀬川 その13
「川島橋」はギリギリ茨城県。  自分の中で茨城県と云えば「水府橋」で、旅の計画をした時点は この日だけ少し距離的にも時間的にも余裕があるように思えたから ちょっと大回りになるけど「水府橋」には寄るつもりだった。 だけど直前でもう撤去された事を知って 廻らなかった ほんとうにギリギリ間に合わなかった(涙) 一応そっちの方向むいて さよならとお疲れさまだけは云ってきた(合掌)

P5050570.jpg

ナビに任せてても 国道4号は通るだろうと思ってたから 国道4号が利根川を渡る「利根川橋」と その上流側を通る東北本線の「利根川橋梁」にも当然お会いできるつもりでいた。 なのに「川島橋」の次に撮った写真が東武線の「多々良駅」って どういうこと?

「多々良駅」の位置を地図で確かめてみると 国道4号はちっとも通らずに 国道50号を長いこと走って2本とも見逃してきた事がわかった。 それに「渡良瀬大橋」で本当に最後の渡良瀬川を渡ってた事になる そう云えば「高橋大橋」を左側に見たような  なにしろ2ヶ月以上前の事、 メモにも無いし その時の気持ちが思い出せない(涙)

P5050571.jpg

「多々良駅」は群馬県。 同時に今回よく走らせてもらった栃木県ともお別れだった。 栃木県は、たまたまかもしれないけど オシャレな自転車屋さんがよく目に付いたし 閉店したパチンコ屋さんが多かった 流行ってるパチンコ屋さんはどこも「地域最大級」と看板を掲げ サイズにこだわっていたし つぶれて草ボーボーになってるお店はやっぱり小ぶりだからダメだったのかなぁと見てた。 その中でも絶妙な大きさと駐車場の数のバランスのいい物件は、独立のサインポールもうまく再利用して 西松屋に生まれ変わっていた どう見ても元パチンコ屋さんだとバレバレだけど 出店コストを抑えて その分、商品に反映させている西松屋の企業努力に好感をもった。 でも調べてみたら本社は兵庫県。 単に全国をまたにかけた手練れ集団なのか。  さようなら栃木県 いい道ばっかりでしたよ ありがとうございました

P5050572.jpg

「多々良駅」が可愛かったから まぁいいし、 途中イギリス積みの橋台も発見して東武線が結構古いこともわかったから良し としようと思ったけど相手が「利根川橋」と「利根川橋梁」じゃ 負けは負けなんだけどね 
でもこの時、この短いプレートガター橋に付いてた銘板の「櫻田機械工業株式会社」の文字に ピンときて 嬉しかったのを覚えてる。「櫻田機械工業株式会社」は前「櫻田機械製造所」。森高さんの「渡良瀬橋」やその隣の「中橋」なんかを制作された名門中の名門なんです

P5050573.jpg

「川島橋」の次の目的地として、JR高崎線の北鴻巣駅近くの住所を入力してた。 ナビはどうして国道4号を通らずに国道50号を選んだんだろう どう見ても大回りにしか見えんけどな オレにもう一回、渡良瀬川を見せたかったのかな だったらあんまり覚えてなくて悪いことしたな  そんなこんなでやっとたどり着いた その場所に お目当ての橋が見当たらない

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どうも架け替え中のご様子。 ここでSRのご当地ナンバーを見て 声を掛けてくれたおじさんに ここに古レールで出来た小さな橋がありませんでしたかと たずねたけど 「え〜そんなのあるの?」 との事。 単車に乗ってる時に 声を掛けてくれる人は 大抵、昔乗ってた か 乗りたかったけど親が反対したりして乗れなかったって、 聞いてもいないのに教えてくれる この方は後者。 どちらの方も 遠くからよく来たなと 労ってくれる  はいはい気をつけますよ ありがとうございます

おじさんが教えてくれた元荒川っていう川名と 控えてきたすぐ横の会社名は合ってるから この橋は残念だけど 近所に掛かっているだろう兄弟を捜しに再出発。 やっぱり大きな地図がないから結構迷った 迷った

P5050576.jpg

上流で傷ついたエイリアンが血を流しているのか 奇妙な水の色だけど 地元の方はいつものことのように 水の色に緊張する様子もなく渡っている「笹原橋」。 水の色を除けばかわいい橋だけどね

「笹原橋」
1932年(昭和7年)
上路のアーチ橋で 3連

昭和の初期に、この辺りにはこんなかわいい 古レールで出来た橋がたくさん架けられて 現存してるはずなのに 今回4本しか見てない ただ単に見つけられなかったのならいいけどね
 

忍川(おしかわ)にかわって 名も無い橋。

P5050579.jpg

かわいい橋その1
1933年(昭和8年)
上路のアーチ橋で3連

天気はなんとか保ってる。 あんまりにもかわいい橋だから 同じアングルのスマポ写真を嫁に送ったら「歴史を感じるね」と今までに無い 色よい返事で すごくびっくりした 熱でもあるのか。 そういえば今まで嫁に送った数々の名橋の写真はどう扱われているのかな 今度抜き打ちで見せてもらおう

この子も名前が無い 

P5050582.jpg

かわいい橋その2
1933年(昭和8年)
上路のアーチ橋で3連

昭和の初め頃に古レールを建材として扱う業者さんが存在して 流通してたんだそう。 線路としては磨耗して耐用年数を過ぎたレールも この頃は溶かしてではなくて そのままの形状を加工して柱になったり橋になったして再利用されてる  JR有楽町駅のホームの屋根を支えてた柱をなにげなく見てて、 あっこれレールだと気づいたし もうすぐ撤去されちゃうけど 名古屋の神宮前駅に架かる「御田人道橋」は柱もトラス橋も古レールで出来てた よく見るといろんな所で、今もみんながんばってる

もう一本。 この方には不釣り合いに新しい銘板が付いてた 「前屋敷橋」。

P5050583.jpg

「前屋敷橋」
年齢不詳
上路のアーチ橋で3連

この次の橋も一応、探したんだけど・・・。 GWの真っ最中なのに 先のこの用水路を工事しているようで 通行止めになったり、 U字溝のばけものみたいに大きいのを重機で吊っていたから ひょっとしたら何本かは撤去されちゃったのかな

今まさに歴史が動こうとしてる中、折角会えたこの方達だけでも 少しでも長くつづいていきますように 祈ります たぶんもう来る事はないと思うけど いつも、いつまでも思っていますよ  さようなら



渡良瀬川はもう飽きた けど たぶんあと2〜3回だから頑張る。 渡良瀬川 その14につづく




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Comments

こんばんは~!!
渡良瀬川シリーズ その14ってすごいですね^^
他府県ナンバーのバイクでウロチョロしてると声をかけられることが多いですね。
それにしても、いつも左きわきわにバイクを止められることが多いですが、
降りにくくないですが?
なにか秘訣があるのでしょうか?? 
かっぱのしんちゃんおはよーございます
コメントありがとうございますー

たぶん完結までには16か17までになる予定です(笑) 
さすがに自分も飽きてきたし記憶も曖昧です メモがたより
需要がないのは気づいていますが^^折角なので終わらせます(涙)
田舎ナンバーなのでよく声をかけてもえます おじさんばかりですが^^
あとSRはロングセラーなので「昔乗ってた」とよく話しかけてくれます
一人旅なので一日口をきかない日もありますから ありがたいことです

左きわきわ? ほんとだ本人全然気づいてなかったです
きっと邪魔にならない 一心です^^

相当大きなエイリアンですね、こりゃ~ww
カッパの親玉みたいなやつかもしれません。

そしてまた「高橋大橋」の名前を見ることになろうとは。
完璧に脳裏に刻まれました。
絶対に忘れることは無いと思います。
生きてるうちに渡る機会があるかどうかは分かりませんが☆
こんばんは
ちょいちょい覗かせていただいてます。
いつも、こんな橋もあるんだと感心してます。
昭和前期ばかりの橋ですが、今までの橋を見ると
わりと若い橋が多いのですね。
実は私は小学中学年?~高校卒業まで茨城県で過ごしました
利根川が懐かしいですw
しかしレールの橋おしゃれですねー
名前がない橋もあるんですねえ。
土木、交通整備の必要があって勢いがある時代
同時にどんどんかけていって、
名前なんか気に留めない時期なのかな。
でもお揃い橋がどんどん仕上がる感じは見事で壮観だったかも。
可愛い形だしね。想像するとニコニコできます。
で、古いレールの再利用はどの部分?
あのかわいいアーチの部分もそうなんでしょうか。
うちの東京の王子駅でレールをまたぐ人道鏡もそうだって
前に小々次郎さん、おっしゃってましたよね。
いきなり「古レールで出来た小さな橋」って質問は(^^)
小々次郎さんが思うよりもなかなかに突飛な発言かもしれません。
自分もこのブログに出会う前なら
「へえ、そんなのあるの」っておなじ反応する自信満々です。
この橋が何でできているかなんて普通考えない。
でも、小々次郎さんはずっとその調子で、お願いしたい。
(^^)ノシ是非とも。

 
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとーございます

まわりの草木が枯れるんじゃないかと思うぐらい すごく気持ち悪い色をしてました 
でも地元の方はそんなにビビってなかったので いいエイリアンなのかもしれません

「高橋大橋」もういっその事デビューして M1優勝狙ってほしいです(嘘)
でも ひょっとして「渡ってみたいなぁ」って思ってませんか(笑)
世界遺産の富岡製糸場とか足尾銅山のついでに いつか渡れたらいいですね


旅人Yさんおはよーございます
コメントありがとうございます

昭和の初期ですと、おかかえ外国人のもとで育った
日本人の設計で日本製なのでまた違う意味で興味がわきます
とくに戦前のものは明治期の輸入品に匹敵するぐらいの凄みがあります
各メーカーいろんな形にチャレンジしている時期です

旅人Yさんはお若いのでその頃まで茨城ですと 思い出も鮮明でしょう
利根川は300km越えの全国2位。トラスもたくさん架かってます
また腰を据えてうかがいます^^


玉坂めぐるさんおはよーございます
コメントありがとーございます

いま 押し入れに入って反省してきました。
行田市は市をあげて古レールの橋を押してるんだとばかり思ってました
ですから地元の人に聞けば「こちらです」とエスコートしてくれるもんだと。
よく考えれば こっち側の人間の方が少数なのは身に染みてたはず
自分はその形をイメージできるからあたり前ですが
形のわからない物をそれとあてはめるのは至難の業ですね おじさんごめんなさい
でも説明してきたんですよ ロシア製の古レールは珍しい事もこの辺りには他にもたくさんある事も^^

そうです古レールの再利用はこの橋で云うとアーチ部です
飛鳥山下跨線人道橋」は路面以外のほとんどが100年以上前のいろんな国の古レールです
大正14年製ですから あれっ もっと前から建材として利用されてたんですね
「晩翠橋」は一応制覇したので 今、渡ってみたい橋NO1ですw


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