FC2ブログ
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
  09 ,2018

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

アクセスカウンター
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR
01

Category: 2014年09月14日木曽川沿い

Tags: ---

本文: 4  Trackback: 0

木曾川沿い その2
透明度の高い風がそよぐ青空の下。 涙あり、笑いあり、入浴シーンありの 三姉妹物語のハッピーエンドがスタート。 全米を震撼させるような活躍を期待して「美恵橋」には遠くから手を振ってさよなら云った。 また来るね

P9140075.jpg

「美恵橋」を眺めた「城山大橋」。 なぜか親柱に龍が居たし すごく高い位置に架かっているから 肝を試されているようで やっぱり同じ赤色なのに 女性らしさは感じない(独り言)

「城山大橋」
竣工 1984年(昭和59年)
橋長 398.5m
幅員 9.0m
上路のトラスドアーチで3径間

P9140086.jpg

「城山大橋」の橋上から「美恵橋」の反対側。よく見えないけど 「玉蔵大橋」と その手前に 謎の橋が写ってる。 「東雲橋」すぐ横の大井ダムで塞き止められて、さっきまでは鏡のようだった水面もここまで来ると流れてるのがわかる

「玉蔵大橋」へは「城山大橋」の右岸側の付け根から 等高線に沿った細い市道を発見して チャレンジしてみた。 

P9140092.jpg

お天気のおかげでそれほど恐怖は感じないけど 0.9車線しかない こんな道。 高さもあって川側は崖。 もちろん水面は見えないし 対向車が来たらどっちかが落ちないと通れない道。

ジャンケン弱いから 対向車が来ませんようにと 祈りながら 慎重にしばらく進む。 道はゆるやかに下って行き、 もうしばらく進むと 沢を渡る小さな橋の上を 自然界にはなさそうな しっかりとした直線の影が おおいかぶさっていた

P9140087.jpg

見上げると 雲のない静かな空の中、置いてきぼりのプレートガーター橋がポツンと一人。 忠犬ハチ公のように いつまでたっても来るハズのない ご主人様を待っているようでした(涙)

この方は「城山大橋」の橋上から見た 謎の橋の兄弟。1978年(昭和53年)に廃線になった旧「北恵那鉄道」の橋梁。 クグってみると 緑と黄色の2色に塗り分けられた まるっこくてかわいい電車がたくさんでてきた。 この橋の上も誇らしげに何度も通ったことでしょう   何沢橋梁と呼ばれてたのかな。  きっとまた来ますね

橋の影を遠慮がちに踏んづけて またしばらく進むと 集落と云ってもいい町内に下りて来た。木曽川のせせらぎが聞き取れるまでに近づいた先に ありました この業界(なんの?)では有名な土手の切れ端。 すぐ下の 元待合室の様な建物の前にSRを停めさせてもらい 川原に降りてご対面。 謎でもなんでもないんだけど 謎の橋の正体は 当然今は使われていない旧北恵那鉄道の「木曽川橋梁」。 

P9140099.jpg

お久しぶりです 全然おかわりありませんね  と云うか 若返ってません? 元々イギリス式ですから筋骨隆々なのはわかりますけど なかなか錆びないですね 相変わらずの高気位で安心しました さすがはジェントルマン。

寸断された土手にも登ってみたけど この季節は草がぼうぼうでいかんね。 何年か前にネット画像でこの橋を見つけたとき 自分の体にイナズマが突き抜けた 鉄橋に興味を持った切っ掛けの橋。そのあとバイクの免許を取って  へんてこな旅が始まった。 

P9140102.jpg

「木曽川橋梁」 (旧北恵那鉄道)
中津町駅ー恵那峡口駅間 
竣工 1924年(大正13年)
延長 134mの5連
下路の平行弦ダブルワーレントラス(ピントラス)63.4mが1連
4連は、上路のプレートガーター
1978年(昭和53年)廃線。

ダブルワーレントラスは、1886年、イギリスのパテント・シャフト製。東海道本線の橋梁の再利用と推測されるとアル。やっぱり時期的にポーナルさんの設計でしょうね  長い長い東海道の なに川に架かり、 どんな景色を見てたのかな。  

感謝しきれん想いがある でも ありがとうございます  またお邪魔しますね。


大恩人の「木曽川橋梁」にさよならいって すぐ上流側、今回初登場で緊張気味のSRと「玉蔵大橋」。

P9140105.jpg

「玉蔵大橋」
竣工 1966年(昭和41年)
橋長 265.0m
幅員  8.0m
上路のカンチレバーワーレントラスで3径間


「玉蔵大橋」は渡らずに 簡単にお別れして 県道6号で木曽川沿いを上る。 1kmぐらい進んだ場所に 初代「玉蔵橋」の橋脚が川の中に立たされたままだった

P9140111.jpg

初代は木製の吊り橋だったそうだけど 2代目はトラス補剛の付いた吊り橋でワンスパンで渡せるハズなのに わざわざこの初代の橋脚を利用してたみたい だから残ってるのか  この写真では見えにくいけど よく見ると対岸にコンクリートの主塔も残ってる。 と 云う事はと 後を振り返ったら わぁぁ こっち側もコンクリートの主塔が木に隠れて不気味に立ってる! 想像以上の大きさと至近距離に 腰を抜かしそうになって急発進。 あわてて逃げてきたから写真もない

あぶねー 取り憑かれるとこだった バックミラーも見ないように駆け抜けて なんとか振り切ったあたり

P9140113.jpg

ここまで来れば大丈夫。 気温も上ってきて やっぱりメチャメチャいい天気  いいところだね中津川。 同じ県道6号なのに ここだけ道幅が広いのは農道を兼ねてるからかな


P9140116.jpg

しばらく道なり進むと 祭り囃子が聞こえて来そうな 細い道にもどった。 チューックルックルックルックルーー ミーーン ミン ミン ミーーー。 川のような空を見上げて 100万匹の虫けらどもが大合唱する 竹の細道を抜けると  落合ダムで塞き止められた川面が近づいてきて そのピタッと静まりかえった 鏡に影を映していました 「第一木曽川橋梁」。  なんで電線を入れるかなぁ

P9140121.jpg

映った影の方を見ると上り線と下り線の2本の橋が架かってるのがわかると思います。 1908年(明治41年)に供用が開始された時は 奥の現下り線の単線路だった。 トラスも今のとは違ってアメリカンブリッジ製の分格トラスが乗っかてたとアル。 実物を見たら下り線の橋脚だけ石積みだったから ひょっとしたら橋脚は当時物かもしれない  そうだとしたら106歳。  おつかれさまです

「第一木曽川橋梁」JR中央本線
坂下駅 - 落合川駅間
上り線 1968年(昭和43年)
下り線 1972年(昭和47年)架け替え
延長 93.3m
下路の曲弦ワーレントラス で1連


この時まだ朝の10時半。絶好調の初日はまだまだ(笑) 木曽川沿い その3につづく



スポンサーサイト

Comments

http://nojyukukappa.blog133.fc2.com/
こんばんは~!
0.9車線とかの言い方が、
酷道マニアを思わせますね^^
最近、酷道ぜんぜん走ってないので、
ぼちぼち走りたくなりました(^○^)
かっぱのしんちゃんおはよーございます
コメントありがとうございます

怖がりなくせに変な道を見つけると通ってみたくなります
でもおかげで廃線鉄道の橋梁を1本見つけましたから ラッキーです
帰って来てから調べたら山の中にまだ駅のホームや違う橋もたくさん残ってるそうです
廃線路を追っかけるのもおもしろいかもしれません^^

東京下町、近所の住宅街に煉瓦造りの煙突があって、その前がクリーニング屋さんなんだけどよく見ると、昔は手焼きのおせんべい工場だったことがわかるんですよ。
おいしい香ばしいにおいをあげていた煙突だったのかなあと、勝手に決めつけてたんだけど、一か月ぶりに通ったら煙突はおろかクリーニング屋さんもない。コインパーキングになってました。。。ってことを、謎の橋兄弟の支柱を見て思い出しました。似てますよ、あの煙突に。
玉坂めぐるさんおはよーございます
コメントありがとうございます

東京下町。きっと平気で100年ぐらいおなじ佇まいだったんでしょうね なにで栄えた通りだったんでしょうか。 岐阜でも高山の古い町並みが残る 例の通りを少し入ると 造り酒屋が かわいいけどしっかりとしたレンガの煙突を空に突き刺しています なん軒かありますが 煙が出てる様子は見れません もうただの飾りになってしまってるのかもしれません どんな香りを吸っていたのかな。 込入った街中に突如現れるコインパーキングは容赦ないですね 風情も思い出も全部かたずけてしまいます 便利ですけど。 写真撮っとけばよかったと思うこともしばしば^^

Leave a Comment