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プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2017年03月19日 淀川後編

Tags: ---

本文: 18  Trackback: 0

淀川後編
今年はサクラが遅いです 昨日の木曽川堤サクラは 咲いてる木は咲いてるけど全体的には まだ三分咲き程度 春なのにね。

春なのに、 前日から大きな低気圧が停滞していて 当日は最低気温が3.6℃まで下がってた。 おかげで 軽くだけど二度寝したから 出発が7時をちょっと回ってしまった 花冷えの春分の日。(3月18日)  噂どうり大阪に行ってきた。

P3180002.jpg

春なのに 吐く息は白いから 思い切って ウインターグローブを選択。 天気もそんなに良くない 花曇りの国道22号、「新木曽川大橋」に取り付けられてる温度計は4℃を示していた。  スピードが乗る国道21号に合流すると 自分たちの影の方が少しだけ前を走る。 しばらくは日の温かみを背中に感じていたけど 関ヶ原の長い下り坂は まだ路面が濡れて光っていたから 頭の中で黄色い2つの回転灯が動き出して 冷たいビビリーセンサーにスイッチが入った

国道8号に合流して 米原駅の青いワーレントラスの跨線橋を横目に しばらくすると ムーミン谷に通じる 入り口の街に建っていそうな 近江鉄道の「鳥居本駅」を発見して寄ってみた

P3180008.jpg

今まで何度となく通ったことのある国道8号だけど 初めて気がついた。 調べてみたら「鳥居本駅」の一日平均乗車人員は年々減少していて 2012年では140人ってことだから 今頃は100人もいないんじゃないかな  なんにしろ昭和6年からずーっと動かずに建っているわけだから もう少し早く見つけてやればよかったなと ごめんなさいして 再出発。

この辺りの国道8号線沿いは特にラーメン屋さんが多い。 しばらくすると「愛知川橋梁」がいるんだけど 年末年始に膝を突き合わせて挨拶してきたばっかりだから 今日は敬礼だけしてスルーした。 同じ理由で京都の街は信号待ち以外に足を地面につけてない

P3180012.jpg

それでも すごく渋滞していたから 予定より2時間以上遅れて 大阪茨木の「ねじりマンポ」に到着。 上を通るのはJR東海道本線。 東海道本線の大阪-京都間の開通は1877年(明治10年)だ そうなので竣工もそうだと思うし これは鉄道のために造られたんだから トンネルじゃなくて橋梁だと思う この写真では 全然、ねじりマンポ感は伝わらないけど 実際は計算し尽くされたレンガの配置や数の多さに気が遠くなるほど 緻密。 現場で何も考えず 力まかせにレンガを積んでたんじゃ こんなに完璧な仕上がりになるはずもない 古いものだけど いつもみたいに怖さはなく エネルギーを内包しながらもクールな美しさを感じました。 ポーナルさんが来日する前だけど平積み部はイギリス積みだった フフン。

P3180015.jpg

そんな名もない「細道橋梁」をくぐり 堤防を挟んで すぐお隣にお見えになります 「元茨木川橋梁」。 元茨木川とアルけど川じゃなくて道路をまたいでいる。 今の「元茨木川橋梁」が架かった当初は文字どうり元茨木川をまたいでいたけど 元茨木川は昭和24年に廃川となって 今は、元茨木川をグリーンベルトとして「元茨木川緑地」ってサクラが綺麗な公園に整備されていた。 桜の木も写ってるけど この時は蕾も見えない 今頃は賑わってるのでしょうか

「元茨木川橋梁」(JR西日本 東海道本線) 
摂津富田駅-茨木駅間
竣工 1912年(大正元年)
橋長 28m
下路のポニーワーレントラス
橋台はやっぱり1877年(明治10年)の竣工のようです

奥に写ってる 上り線たちにも さよなら云って再出発 また伺いますね。  家を出る時は、大阪の天気予報は”ハレ”って云ってたのにどんどん機嫌が悪くなってきて 気温も上がらないから ウインターグローブを選んで正解だったし  春なのに涙がこぼれます。 

県道じゃないや 府道の15号で「安威川」を渡り 16号に移って「神崎川」を渡ると 小学校とかもある住宅の込み入った町内に「瑞光寺」はありました 

IMG_3645 (1)

手水舎で一連の作法を行い「雪鯨橋」で「弘済池」を渡って 振り返ってみた「雪鯨橋」。墓石の下で ツボに入って直視しないで済むならまだしも ”骨”むき出しですからね 現場はかなりゾクゾクっとします  こちらの四代目の住職さんが 捕鯨で生計を立てていた和歌山県の港町に遊びに行った時に 豊漁祈願を頼まれてしたら 本当に豊漁になって お礼として黄金30両とクジラの骨18本を寄進されてしまったから 住職さんが供養のためにクジラの骨を使って橋を造ったことが、「雪鯨橋」の始まりとのこと。 もしオレのところに骨を18本も持ってこられたら 強い意志を持って 何が何でも断ってやる 30両も もちろんいらない。

気味が悪いだけで 怒ってはいません 春なのにため息また一つ。

淀川後編 その2につづく



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Comments

こんばんは

そのたたずまい、駅っぽくないですね
昭和の初めに建てたとは思えないなぁ
ねじりまんぽなんて初めて知りました
トンネルじゃなく橋梁ですか
確かに道行く人にはトンネルかもしれないですけどね
上を行く鉄道が重要ですからね(^^)
して、その先に見えるお店は何の店でしょうかね?

親方ちゃんおはよーございます
コメントありがとうございます

こんなに目立つ建物なのに今まで気づかなかったのが不思議
どこの国って限定はできませんがこの駅舎には物語があります
いつか近江鉄道の他の駅も探ってこようと思います

ねじりマンポの奥に見える店舗はこんにゃく工場の直売所でした
大阪府茨木市田中町2−16 (株)伏見屋 さん
グーグルマップで見ると手前のねじりマンポの加減がよくわかります^^



この橋にそんな由来があったのですね。
黄金30両っていくらくらいなんだろ。
150~200万くらいかなあ・・・。
いいね、絶対貰います。骨もオッケーww

駅舎可愛いですね。メルヘンな感じ。
煙突があるのがカワイイ。
こんばんは~!
なにをかくそう、その「ねじりまんぼ」からバイクで5分くらいのところに住んでたことがあります。
むっちゃ地元です^^
あのトンネルもとい橋梁がそんなに由緒あるものだとはつゆ知らず。
茨木川緑地は、しょっちゅうBBQやってました。
SRをとめた場所のすぐそばです。
http://nojyukukappa.blog133.fc2.com/?q=%EF%BC%A2%EF%BC%A2%EF%BC%B1
ムーミン谷の入り口に確かにありそう〜〜(*´∀`*)
90年近くも建て替えもせずに現役で残ってる駅ってすごいですね。

鯨ってやっぱり大きな動物なんだなぁ。
こんなに骨も立派だもんね。
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとうございます

えぇ 200万!! 骨もオッケーww? 
その代わり耳元でブツブツ云う生臭いオヤジみたいなクジラが毎日枕元に泳いできますけど 大丈夫?

駅舎メルヘン それだ!
中にも入ったんですけど暖炉はなかったです(謎)

かっぱのしんちゃんおはよ−ございます
コメントありがとーございます

おお懐かしい記事、拝見しました 当時自分もコメント入れてます
まだビール党だった頃の貴重な証拠写真がありました(笑)

きっとお近くだろうなとは今までの記事から想像してました
その「ねじりマンポ」19世紀の代物ですよ
くれぐれもBBQの煙で燻さないよう お願いいたします^^

misachi68さんおはよーございます
コメントありがとうございます

「メルヘン」って言葉が出てこなかったです
自分とはかけ離れてるからだと思います(涙)

JR七尾線の「本津幡駅」は明治31年開業当時からの木造駅舎が現役ですし
自分も見に行った鶴来駅は1915年(大正4年)。
北陸本線にも大正時代の駅舎が残ってますよ 行ってみたい。
でもどの駅より「鳥居本駅」の駅舎がメルヘン フフン。


四代目住職さんの発想にびっくり Σ(゚Д゚)
クジラの骨で橋・・・意外に気持ち悪くは感じません♪
アートっぽいし (・∀・)
昔は、屍とか骨とかその辺にあってもみんな平気だったから(?)
供養だと思えばありがたいくらいだったのかもですねぇ。
ますかっとさんおはよーございます
コメントありがとーございます

> クジラの骨で橋・・・意外に気持ち悪くは感じません♪
いやいやいや 現場だと大変ですよ 変な音波を感じます
供養のつもりかもしれませんが 絶対浮かばれていないです

> 昔は、屍とか骨とかその辺にあってもみんな平気だったから(?)
??? ますかっとさん思ってたよりご苦労が多めなんですね(涙)

ちゃう!誤解や!
事務所で笑いをこらえるのも大変 (≧▽≦)
近代以前は、今よりもうちょっと
生き物の生き死にが身近に感じられた世の中だったんじゃ
ないのかなぁ~って思ったのでね (´艸`*)

目の当たりにするとやっぱり異様なんですね@クジラ骨の橋
益々興味が湧く💛
ますかっとさんおはよーございます
コメントありがとうございます

誤解だったのかしら(笑)
雪鯨橋は1756年(宝暦6年)以降18世紀後半に設置されたそうです
確かに近世では伝染病や飢餓で野垂死にもあったのでしょうね
最近は猫や犬の交通事故も役所がすぐ片付けてくれます
なんとゴミの焼却所で 供養していただけるそうです(南無)
やっぱり鯨の骨がお寺にあるのは、供養のためなんですね


ねじりまんぼ、グーグル経由でこんにゃく屋さんから覗かしてもらいました。
(^^)そうかー、ストリートビューは観光にも使えるねえww

なるほど「クジラの骨橋」は、前の記事よりちょっとグロに映ってる。
ふと思い出したんだけど、ローマの町中に骸骨寺って修道院
学生の時行ったことがありました。
入場した直後から自分の好奇心に後悔して、ずっと仏式にお参りして見学しました。
古今東西、死生観っていろいろありますよね。。。うーん。
玉坂めぐるさんおはよーございます
コメントありがとうございます

京都の蹴上インクラインにもねじりまんぽがありますよね
いつだったか10kmぐらい歩いた日にご覧になられましたか
ストリートビューは反則観光だと思っています^^
行ってきた人にもらった絵葉書よりリアルに映ってますからね

今、「骸骨寺」をググって後悔しています(涙)
死んで骨だけになっても装飾されていい気分なんでしょうか
骨はそんな感情すらないはずなのに見てるこっちは不気味です
これが流木とかだったらロマンと思えるんですけどね

おじゃまします
こんばんは

風景にバイクが溶け込んでいい感じですね

バイクの鼓動を感じながらいろんな所を回る 
楽しそうです

私事ですが、35年位前にSR400に乗ってました
懐かしいです
またいつか欲しいな
M氏さんおはよーございます
コメントありがとうございます

古い鉄橋が好きで現存を確かめに、いろいろ出かけて楽しんでおります
車もいいですが 個人的にはバイクの方が旅してる感が上がります

35年前のSRは憧れの初期型。最近は「SSS」SR初期型症候群と云われています
自分のもキャブ車ですが初期型は特にめんどくさいキャブレターですよね
自分もめんどくさいのを楽しんでみたくなります^^

こんばんわ
渡るたのしみもあればくぐる楽しみもあるのですね。
知らぬとはいえねじりマンボってググってしまいました。

柏原よしえが歌っているところを初めて動画で見ました。
気恥ずかしいでした。

大阪の海は見ましたか?
いちしんふたばさんおはよーございます
コメントありがとうございます

ねじりマンボはくぐらないといけません
ググってもいいですけどね^^

柏原よしえさん当時まだ10代ですよね
何気に名曲ですし学生時代は気恥ずかしいです

淀川の河口から海は見えました
十三大橋からすでに磯の香りはしてましたよ


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