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  11 ,2018

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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本文: 12  Trackback: 0

吾嬬橋 その2
一番高いところでは標高2000m以上だから 冬枯れで色のなかった ビーナスラインだけど 麓の県道62号に突き当たると一転。 道は真っ直ぐになったし 日に温かみを感じる 沿線の畑や なんでもない木や 小高い山も 全てが新しいエネルギーを放出する 黄緑色の景色に変わった 自然に少しスピードが上がって 新緑の清々しい空気を受動吸い込み。  どんなにぬかるんだ林道でも走れるんじゃないっかて思える 赤いトラクターが軒先に並ぶ 牧場の簡単な建物を横目に そこかしこからサクラの花びらがピラピラ降ってくる一本道を快走♪  畑の人も立ち上がってこっちを見るぐらいに 鼻歌のボリュームも MAX!!  お騒がせしてごめんなさいね(恥)

P5030078.jpg

街まで下りてくると 冬用のグローブではもう鬱陶しいぐらい。  リアルはもう5月も終盤だけど この日は5月3日だということを証明してくれる 気の利いた 鯉のぼり達を発見して 記憶が蘇った。 5年前もこの鯉のぼりの写真を撮っていた それじゃぁと 1本探してみると 前回同様 少し迷って 発見 「りんどう橋」。

P5030086.jpg

ヤー久しぶりー ちょっと痩せたんじゃない? ツヤもなくなってるし  この方、今は一人で歩道橋だけど 元々は九州鉄道が鹿児島本線等に使用するために1891年〜1901年(明治24年〜明治34年)に輸入したドイツ人達の一人。 その後 撤去、転用や保管期間を経て 1928年(昭和3年)当時この地に存在した「丸子鉄道」、 その千曲川橋梁の一部が災害で流失した時に 助っ人にやって来てくれました その時は2連で来たから九州訛りの相方がいたみたいなんだけどね

P5030093.jpg

それで 1969年(昭和44年)に「丸子鉄道」丸子線が廃止になって 1971年(昭和46年)にそのまま道路橋に転用されたと この時「大石橋」に改名するんだけど 2001年(平成13年)にまた台風の被害にあい、 翌年全員撤去されて このボーストリングトラスの1連だけが保管されていたのを 2007年に「りんどう橋」として ここに竣工されました
 
P5030080.jpg

通りの少ない 県道でもない 道沿いに引っ込んで 歩道橋に生まれ変わったおかげで 重い電車や車は渡さなくてもよくなったし おじいさんだけど かわいいい県の花の名前をつけてもらったからか 幸せそうでした もうここに来て10年も経つんですね 余生を楽しんでいますか   近くに”りんどう”は咲いていたのかな きっとまたお邪魔しますね 

「りんどう橋」にさよなら云って 国道152号に戻るかたち 大屋駅前に架かる「大屋橋」で これまた久しぶりに千曲川と再会して 千曲川沿いをのぼる  今回は”橋のノルマ”はあまり持たずに 旅に出たんだけど ここまで来たなら 誰だって寄るよね 「千曲川橋梁」(上田交通)。 みんな絶対寄るよねぇ

P5030100.jpg

平行弦は丸みがないから女性的には見えないけど この方は赤色がよく似会う 攻めてはいないけど おしゃれなお兄さんといったところか  

久しぶりにやっとく

「千曲川橋梁」(上田交通)
竣工 1924年(大正13年) 横河橋梁製 
橋長 224m 
下路で平行弦のプラットトラスで単線 43.89m の5連
端っこにコリジョンストラットを備えてる 小さい斜めのやつ

P5030098.jpg
 
「千曲川橋梁」(上田交通)とも再会を約束したのはいいんだけど 上田駅前はものすごい人の数 外国人もいたことはいたけど 日本人観光客がごった返していた  こんなに観光地なのかな この交差点を北上して「上田城跡」の通りなんかは大渋滞。 まぁ城跡は確かに観光地かもしれないけど こんなに流行るのかな なんかあったのかな? 

オレ2012年に廃止した屋代線の「旧松代駅舎」に呼ばれてて忙しいから 「上田城跡」の駐車場を待ってる渋滞の車の横をごめんなさいして 先を急いだ   だいぶハショルけど 急いだ甲斐あって 発見「旧松代駅舎」。

P5030107.jpg

屋代線は1922年(大正11年)6月10日に長野県千曲市の屋代駅から長野県須坂市の須坂駅まで開業した長野電鉄の鉄道路線。 いろいろと努力はされたようですが 利用客の減少により 惜しまれつつも 2012年(平成24年)4月1日に廃止 当時は ”さよなら屋代線” っていう記事を よそ様のブログでよく拝見したし みなさん本気泣きしていたのを覚えてる

P5030111 (1)

松代駅舎は開業当時のままの お姿。 はじめのうちは蒸気機関車が走ってたそうだから 黒く染まった柱や梁や屋根垂木は 経年劣化にプラス 煙に燻された影響も残しているのかもしれないな 左側にある 松代駅前町内の手書きの地図には 「発祥遺蹟 日本電信電話」とか「宝物展示所 観光センター」 なんて ちょっと意味不明な場所が描かれてた 気になって一番下に宣伝されている 「お食事処 丸新」を調べてみたら 食べログにでてた まぁこの看板は大正時代からあるわけじゃないだろうけどね

P5030113_20170526162938bcd.jpg

自分も見に来てるし こんな駅って云ったら失礼だけど ここにもそれなりの観光客が来ていた 今の地図で見ると松代駅のホーム側は「松代城跡」って書いてあるから それなのかな グーグルアースで上から見てみたけど 上田城跡も松代城跡もお城の建物はないよ よっぽど石垣がかっこいいのかな 

見てくればよかったかな ちょっと後悔しつつも 吾嬬橋 その3につづく



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Comments

リンドウは確か秋のお花でしたっけ。
綺麗な青紫で、橋の色にもなってて素敵。

それにしても真田丸の効果いまだに続いてるんですかねー。
江戸時代、上田を統治した歴代のお殿様たち、泣けてくるでしょうねw
いまだに地元民は六文銭の旗を掲げてるんですもんねw
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとうございます

「大石橋」の時代は白色でしたが りんどう橋になって花の色に染まりました
咲くのは秋なんですね その頃来てみたら川辺に咲いているんでしょうかね

今見たら町内地図には”眞田家”と難しい字で書いてありましたからピンとこなかったです
ただの荒くれ者ではこうはいきませんね きっと強いだけじゃなくて情に厚いお家柄なんでしょう
そういえば六文銭の旗よく掲げてありました いまだに誇りに思ってるんですね



こんばんは
いつも読み逃げばかりで失礼いたしました<(_ _)>

長野電鉄屋代線を拝見して、懐かしく思いました。
ずっと昔、長野電鉄の湯田中に直通するJR(当時は国鉄)の
急行に乗車した事がありました。
確か「志賀」という名称で、信越線の急行「妙高」とか「信州」と
併結されて、屋代駅で分岐、長野電鉄線を走る急行。
編成も3両と短かかったのですが、乗換の手間を省く面で
夏のハイカー、冬はスキーヤーに利用されていたと思います。
その後、特急やバスが主流となって終了、屋代線も廃止と
なってしまいました。
イベントや観光列車がブームとなりつつある今、もし路線が
残っていたら、何か活用方法があったのかなと思ったりも
します。
こんばんは

歩道橋にしては立派すぎですね
でもこうやって残っていくのはいい事と思います
おそらく地元の人は何とも思わない橋でしょうけど
こうやって見に行ったり見に行きたいと思う人がいますから(^^)
どんな形でも残された橋は喜んでるでしょうね
こんにちは~!
快走路で鼻歌ワンマンショーわかります^^
ボリュームも全開になりますが、
スロットルはむしろ控えめになります。
上田城はやっぱし真田丸の影響が
まだ残ってるんでしょうね。
くろすけさんおはよーございます
コメントありがとうございます

イエイエ こちらこそいつも読み逃げ失礼しています

2014年に碓氷峠を越えてレンガのめがね橋を見ました
その時少し勉強したんですが信越線も廃止されてるんですよね
ハイカーやスキーヤーは今はマイカーやバスですか
鉄道は大掛かりですが なくなると早いですね
2012年に廃止したばっかりの5月に屋代線の雨宮駅跡を訪ねました
まだ線路は残っていましたが上面が錆びていたのが印象的でした

2013年に黒部のトロッコ電車も乗ったんですよ
自分も懐かしく思いました


親方ちゃんおはよーございます
コメントありがとうございます

歩道橋にしてはSFですよね
案内板には「このトラスの再生は、単に土木建造物を残すだけではなく、その建設に注がれた先人たちの熱意や地域の歴史を後世に伝えるものです。」と締めくくられていました
自分も地元の珍しい橋はあまり見に行きません 遠いから行くんでしょうね
このトラスは下部に桁を追加されて もう自分の力だけじゃないんですけど
喜んでいるように見えました^^

かっぱのしんちゃんおはよーございます
コメントありがとうございます

もうずーっと一人旅ですから
鼻歌ワンマンショーもキャリアは長いです
これからは持ち歌を増やしてキャリアアップを目指します
曲調によってスロットルに反影するんですね きっと^^

自分真田丸見てなかったんでその人気ぶりにびっくりです

こんばんは、いつも拝見させていただいております。
乗られているSRがカッコよく、度々訪問させていただいております。
橋の雰囲気とSRのクラシカルな感じがマッチしていてgood!!
私もSR大好きなので、また寄らせていただきます。
とんちゃんさんおはよーございます
コメントありがとうございます

SRと もう長い付き合いになりました
一回、おもいっきりコカしてますし
忘れられない いろんな景色を一緒に見てきました
でもXSR250が出たらどうしよう とも思っています
セルって魅力的ですよね^^

りんどう橋、カクカクしてるのがかわいいですね。
なにか不器用なタイプで、声が小さいタイプの
「友達といえば友達かなあ」みたいな気になる知り合いの風情です。(^^)

松代駅って入ったことあります。もう駅じゃないんだね。知りませんでした。
電車がなかなか来ないから、切り替えスイッチとか、、、切り替えないけど(^^)こわごわ触ったりしました。
行こうかなと思ってた池田満寿夫美術館が休みで、あ~あ、と城の公園の芝生でゴロゴロしました。でもその頃、戦国武将のゲームに軽くはまってたから、真田家資料館とか、結局いろいろ楽しかった、でも全然人がいなかった記憶。平日だったのかもしれません。なんだか精悍な印象の街で、忍者の匂いを勝手に嗅ぎ取っていたかも。。。うーん。(^へ^)

玉坂めぐるさんおはよーございます
コメントありがとうございます

りんどう橋はボウストリングトラス。 上弦と下弦がそれぞれ弓(ボウ)と弦( ストリング)のような形をした橋のことを云うんですけど カクカクだとボウとは云いづらいし 不器用なタイプで間違いないですけど しっかり友達になってあげてくださいw

自分、松代駅前の雰囲気と真田家が結びついていない状態で訪問したので 忍びの匂いも感じ取ることができずに いつもの勉強不足スルーをしてしまいました 池田万寿夫さんの名前も今知りました 本当に無知は罪です(涙) カラ回る行動力の行き先はいつもピントが合いません 大河はだいたい見ているんですが 真田丸はなぜか縁がなかったのも原因の一つかもしれません 最後にゆかりの地とかやりますもんね 素直に行ってみたいと思います 真田丸の時は松代駅とか映ったんですかね もう駅としては利用できないですけど その辺りをちゃんと押さえて また行ってきます 宿題ばっかり残ります(涙)


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