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  08 ,2019

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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09

Category: 2019年05月03日  西遊記

Tags: ---

本文: 10  Trackback: 0

西遊記 その5
雨音の催眠効果でコックリコックリやってたのか ガックってなって ハッと目覚めたら 職場のみんなはもう7月だって云うんです 本当なの? 先々週ぐらいがGWだったし 先々月ぐらいに奈良健康ランドで新年を迎えたハズなんだけど おかしいな オレだけ地軸がズレていて1日16時間ぐらいしかないのかな まぁ そういう理由で またGWのつづきをおしつけるんです ごめんなさいね

鳥取砂丘にサヨナラ云ったのが GW2日目、5月4日の午後2時をちょっと回ったぐらい なるべく日本海側を走りたいけど 山陰道と云うだけあって どうしても山あいを抜けて行くもんだから 水平線は途切れ途切れで トンネルも多い 「山陰」とか「トンネル」とか 文字にしちゃうと影が差すイメージだけど この日は澄みきったいい天気。 青空に鼻を突き出して 塩分濃度の高い清香に引っ張られるように 諸寄海水浴場まで下りてきた

P5040225.jpg

諸寄海水浴場から浜坂駅前を抜けて 岸田川の支流の田君川、土木学会選奨土木遺産のこの方「田君川橋梁」に呼ばれてきたのはいいんだけど めずらしく先客がお見えでした その方、三脚に本格なカメラをセットして「田君川橋梁」を撮影してたから 「何か研究されているんですか」と尋ねたら 「イヤただ橋梁の写真を撮ってるだけです」と電車目的でも無い様子。 世の中変わった人もいるもんだな ひょっとしたらこの業界(なんの?)のプリンスだったのかな 背中にサインしてもらえばよかった

P5040231.jpg

気を使ってどいてくれたんだけど なんか緊張しちゃって その方が写らないように こんな中途半端な写真しかない けど この写真を見るとコンクリートで嵩上げしたことがわかる 「ラチスガーター」っていうんだけど 初日に遠くから写した「竹野川橋梁」と同タイプ そう日本に3本しか現存しないうちの2本。 手間より鉄の材料代の方が高かった時代なんでしょうか

「田君川橋梁」(JR西日本山陰本線)
開通 1912年(明治45年)
橋長 38.40m 幅員 単線
1連上路格桁(ラチスガーター)2連上路プレートガーダー

ラチスガーターの方は1919年(大正8年)頃に増連とアル。 増連して またしばらくたってから嵩上げしたのか それぞれ物語(歴史)がありますね この年代の方々が古くから染められてきた「臙脂色」を纏うと説得力と文字どうり重みが増す また伺いたいものです


「山陰近畿自動車道」が開通したおかげで国道の番号を剥奪された「但馬漁火ライン」で しばらくは山の中を徐々に登っていき 桃観峠(ももみ)を桃観トンネルで越えて ゆるやかな坂を下り切ると 余部漁港、黒い瓦屋根が並ぶ漁師町につきあたる。 随分とおまたせしました「余部橋梁」が青空の中、新緑の衣に着替えた山を串刺しにして その漁師町をまたいでいました

P5040237_201907081740056f6.jpg

見えている 橋は2代目で 2010年(平成22年)8月12日に供用が開始された PC(プレスコンクリート)製のエクストラドーズド橋。 ほんとは現役中にお会いしたかった 初代「余部橋梁」、鋼製のトレッスル橋脚とプレートガーター桁の一部が保存されています

P5040239.jpg

自分が古い橋を廻る旅をはじめたのが 2010年(平成22年)のGW 。その時はもちろん「余部橋梁」は知らなかったんだけど 入れ違いだったんだな  上の写真、プレートガーター桁の部分の材料はドイツ 製の輸入鋼材で石川島造船所が製作 1911年(明治44年)9月に神戸から工事列車に乗ってやってきて お隣の鎧駅で組み立てられたそうです「梁」の字が常用漢字に含まれてないから ひらがな表記なんだ  

P5040277.jpg

トレッスル橋脚も部分保存とは云ってもこの大きさだから めちゃめちゃありがたい  橋脚の鋼材 652.496 t とアンカーボルト 12.72 t はアメリカン・ブリッジのペンコイド工場で製作されて一旦九州の門司港に運ばれてから 汽船「弓張丸」に積み替えられて余部沖に運ばれ、1910年(明治43年)8月に陸揚げされた。 ドイツの桁とアメリカの橋脚がドリーム共演だったのか

P5040273.jpg

検討の結果維持費や落下物の危険性などが少ない、餘部駅側の橋脚3本を保存していただけた だけでなく その保存されている橋脚の横にガラス張りのエレベーターを設置したりして旧餘部駅の一部を展望施設「余部鉄橋「空の駅」として整備してくれました 兵庫県の偉い人に大感謝です

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三方を山に囲まれ 海に正面を向いた厳しい地形と 冬季は季節風や吹雪が吹き付ける環境で 完成3年後には早くも塗装作業が必要になったり 5年後は腐食した部品の交換が始められるほど常時保守が必要だったために 1917年(大正6年)から1965年(昭和40年)まで「鉄橋守」「橋守」「橋守工」と呼称される職人さんが常駐しての維持管理してくれていました 「橋守」ってかっこいいけど ヤモリみたいにペタペタと登ってはいけないから自分には無理だな 橋脚の組み立て時のプロの鳶さんだって 2人落下して亡くなられています 大変危険なお仕事だったと思います ありがとうございます

P5040281_20190709161155b36.jpg

塗装記録表に2012年(平成24年)12月とアルので ご覧のようにこの臙脂色にはまだ辛うじてグロスは残っているけどよく見ると 長い年月潮風にやられて 素地の表面はボッコボコ。 鉄道ファンでけじゃなく山陰地方を訪れる観光客にも「余部鉄橋」と親しまれ人気者だった一方 橋梁直下の地元の方は、列車通過時の騒音のほか、様々な落下物、ボルト・ナット・リベット・鉄粉などの鉄道部品、雨水・つらら・氷の塊・雪庇、ガラス・空き缶、さらに自殺者もいたり また降ってくる錆が車を傷めるなどの不安や苦労を抱えて生活していた ともありました

P5040255シロクロ

1986年(昭和61年)12月28日13時25分頃、香住駅より浜坂駅へ回送中の客車列車(8両編成)が日本海からの最大風速約 33 m/s の突風にあおられ 客車の全車両(7両)が転落。転落した客車は橋梁の真下にあった水産加工工場と民家を直撃して6名の方が亡くなり 6名の方が重傷を負う悲惨な事故が起きてしまいました。 2013年から毎年計画はしていたんだけど やっと慰霊碑に手を合わせてくることができました

P5040286.jpg

初代「余部橋梁」(JR西日本山陰本線) 鎧駅 - 餘部駅間
開通 1912年(明治45年)3月1日 2010年(平成22年)7月16日夜 運用を終了
橋長 310.59m 幅員 単線
下を流れる長谷川の河床からレール面までの高さ 41.45 m
上路のプレートガーター 23連
11基のトレッスル橋脚


さようなら「余部橋梁」 今度は電車で また来るね


「余部橋梁」が終わったらもういいだろって云われるかもしれないけど 西遊記 その6につづく

 
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Comments

こんにちは~
「ラチスガーター」なんて、次郎さんとブロともじゃなけりゃ一生聞くこともなかったと思います。
「余部橋梁」は有名ですね。
2代目ができて点前の古いのは撤去されつつある状態でしょうか?
ていうか、線路の上を歩くなんてこのご時世すぐにネットでつるし上げられますね。
いやな時代になったもんです……。
西遊記シリーズ、その6楽しみに待っております^^
かっぱのしんちゃんおはよーございます
コメントありがとうございます

「ラチスガーター」なんとも涼しげでいいでしょう
もう一本は山口県にあるんですが遠いです
「余部橋梁」はこの状態でアートスティックに保存されました(笑)
映画ステンドバイミーでは線路上を死体を見に旅してましたのにね
いつもお付き合いありがとうございます^^

余部橋梁

香住からあと少し東進すればあるのに行けてないですね

電車が橋から落ちて下のカニ工場を直撃したのは当時のニュースで知ってます


カニが解禁になったら、カニ食べに行こう

祝 十郎さんおはよーございます
コメントありがとうございます

この後香住駅や香住海岸にも寄りました
地図上や広報的には派手なのに行ってみると素朴な町でした
カニ解禁って検索すると香住の宿が一番に出てきます
越前蟹しか食べたことがないので比べてみたいもんです^^

余部橋梁にいくんだろ~な~いくんだろ~な~と思っていましたよ♪
やっと来た!
それにしても、辺鄙なところで橋の写真を撮ってる先客の人、
その人がプリンスなんですか?
わたしはてっきり小々次郎さんがプリンスなんだと思ってましたよ(^^)
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとうございます

なんで? 余部橋梁に行くの分かっちゃうんだろう
誰にも見られてないし一人旅なのに 嫁にも云ってない
エスパーか!
先客、多分自分より若いし色黒で艶やかだったっす
プリンスの出現で業界(なんの?)が盛り上がっているなと!
頑張らないかんなと再認識しました^^

あまるべ って、ひらがなの文字列がチャーミングです。
何も知らない自分の心にもなにかがきっと余る心地がします。

プリンスとの出会い・・・
あっちも「あれ?この人業界のナイトじゃないか?」と思ったかもしれませんよ。
橋をめぐるRPGゲームの壮大な冒険が始まるチャンスを逃したんじゃないですか?
玉坂めぐるさんおはよーございます
コメントありがとうございます

あまるべ いいですねどこかの方言みたいです
もっとあると思いますが「最後の漁師町」って感じ 本当に津々浦々です

そうかプリンスよりはナイト方がいいな
プリンスの乗り物がなかったんですよ 自転車さえ
「田君川橋梁」だけを愛しているご近所さんかも知れません
壮大な冒険は心臓一つとピストン一つのコンビでひきつづき頑張ります^^


あ、失礼。
そうかもうすでに愛馬にまたがった勇士だった(^^)。
玉坂めぐるさん おはよーございます
コメントありがとうございます

全然失礼じゃないですw
愛馬というよりは愛犬よりな相棒です
勇士でもなくビビリだし
でも旅はつづきます^^

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