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  09 ,2017

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 40代。 もう後半に突入

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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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吾嬬橋 その5
昨日今日は少し降ったけど 思ってたより雨は降りませんね 南の方から梅雨が明けたって声も聞こえてくるし 夏場所も始まろうかってのに 本編はまだGWの話なんですごめんなさいね 

たぶん忘れちゃってると思うけど その4の最後の写真に写ってる 朱色の方杖ラーメン橋が「(新)吾嬬橋」。 その橋の右岸側の付け根は「小雨」(こさめ)って云う チャーミングな名前がついた町内。  由来はわからなかったけど それらしい物語はあるのかな  

その 誰もいない「(新)吾嬬橋」の橋上で ゆっくり谷底を覗き込むと 音のない渓谷に協力するように ご自身も息を殺して 隠れていました 「吾嬬橋」。 見っけ!

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10年ぶりにあった友達になら 間違いなく病気を疑われるぐらいに細い  細いのに いっぱいいっぱいじゃなくて クールに静止しているのがすごいんです 色男なのに力もち。

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はじめまして 近づいてもやっぱり細いんですね   「吾嬬橋」はもともと 群馬県渋川市と群馬県勢多郡北橘村を渡すために 利根川に架かっていた「旧坂東橋」。  「旧坂東橋」が最初に利根川に架かったのが 1901年(明治34)年。 いつしか交通量増加とともに 強度不足と判断されて 1959年(昭和34年)お隣に強固な新橋が完成し 「旧坂東橋」としてはお役御免となりました 

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小さい天使がたくさん写り込んでるのがわかるかな 本当にうっとりするぐらい華奢で美しい橋。   「旧坂東橋」はお役御免でも 捨てる ヤナヤツ あれば拾う神あり  「旧坂東橋」は3連の3兄弟だったから 離れ離れにはなったものの それぞれ 六合村、赤城村、子持村 にもらわれていったと案内板にありました でも 現存してるのはこの「吾嬬橋」だけ ともあります

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アメリカ式の形式名はペンシルベニアトラス(ピントラス)。 案内板に「材料は全部アメリカ産輸入鋼材である。」とアルからそうなんだけど この頃だから 当然設計も制作もアメリカだと思う。  分格の斜材もピン結合されていた すごく細い材料だから斜材に圧縮はかからず 全部引っ張りなんだな  国産だしピントラスじゃないけど同形式の「澱川橋梁」(近畿日本鉄道)はごっつすぎて比較にならんけど アレの斜材もそうなのかな 

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1900年頃って云えば 鉄道橋だとアメリカ式の幕開けで盛り上がってる頃だから 自分もよく会いに行くアメリカンブリッジ社製の「第五長良川橋梁」(長良川鉄道)とかの200ftトラスも 細いなーって思うけど 「吾嬬橋」はさらに細く感じる 規格品としては中途半端な橋長だし 他のアメリカンブリッジ社製の橋と比べても なんか雰囲気が違う  アメリカ式は間違いないけど  銘板もないし 設計制作会社はよそかもしれない  はじめから道路橋として設計されたから細いのかもしれないし 雰囲気が違うのは ひょっとしたら単品生産なのかもしれないけどね

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白砂川とはよく云ったもので 白が効いててキレイな水の色  国道時代に眺めていた景色はどうだったのかな 兄弟達とはバラバラになって行方もしれないけど きっとこんな見晴らしのいい渓谷に架けてもらって喜んでると思う 人もほとんど通らなし 本人も景色同様のんびりと 半隠居生活を送っていました

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夢の財力をバックにつけてるのか 色男なのに金も力もある 完璧な橋。

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「吾嬬橋」
竣工 1961年(昭和36)年1月
橋長 69.1m 幅員 2.5m
下路ペンシルべニアトラス(ピントラス)の1連

新橋はすでに架かっていますけど 文化財の勲章をお持ちなので撤去されることはない ハズ。  またいつかお会いする機会がありますように 願います  うーん さようなら


「吾嬬橋」にはさよなら云ったし もういいだろって感じだけど 吾嬬橋 完結につづく


 

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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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吾嬬橋 その4
梅雨入りはやっぱりまだです とか云えないのかな それとも もう梅雨明けしたのかな なんにしろ いつも ”ハレマスヨウニ” と願っている自分にしてみれば大変デリケートな問題なので 梅雨明け宣言だけは細心の注意を払って慎重にお願いしますよ

一番標高が高いっていう意味の 「日本国道最高地点」を知らずにスルーすると ここからは当たり前だけど下り坂 この辺りからそこらじゅうで ゆで卵を煮しめたような硫黄臭がしてきて 臭い臭い。 単車だと 寒いのも臭いのも 避けられないけど いい匂いの時もあるもんねー

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少し下ってきた 大きめの駐車スペースから見た景色。  オレが”すげー” って呟いたら あっちの人も こっちの人も ”すげー” ”すげー” 云ってる

こだまでしょうか

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チャリダーさんもいっぱいいた 下り坂のコーナは慣性でも結構スピードが出ちゃうのに よくあんな細いタイヤで下って行くなと 感心する 自分だったら制動力に信用ができない けど たまたま駐車場で横に止まった ヤマハのトリッカーより SRのタイヤ(TT100)の方が細いことに気がついて この後の下りは余計にビビったけど ここはまた絶対に来たい!  GWでも前半の方がもっと雪も残ってていいんじゃないかな 混んでるのは間違いないけどね 

うっかり深呼吸して 硫黄臭をめいいっぱい吸い込み シマ馬の柄みたいになった なごり雪にさよなら云って 国道292号のクネクネ道を慎重に下る

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新緑がチラホラしだし 道が平らになって しばらくすると 突き当りは温泉街。 これもほんとーに楽しみにしていた 草津温泉の湯畑なんだけど 人はめちゃめちゃ豊作なのに お湯は不作。

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でも評判のいい 日帰り温泉に浸かってきた ここも大人気で駐車場は満車って書いてあるトラ柵が出ていたけど 試しにウインカーを点けてみたら 誘導員さんがトラ柵をどかして入れてくれた ほらねこんな時は単車でラッキー 

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「湯上り専用サイダー」って書いてあるから 入る前は売ってくれないのかな

源泉かけ流しは湯畑と違って湯量も豊富だし なんか薬草でも入ってるのかなって感じの匂いでヌメリもある。 ぬるいお湯や めちゃめちゃ熱いお湯にも挑戦した  天下の名湯 総じて評判通り さすがにいいお湯でした 大満足。

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ますます混んできた 大滝乃湯の前を横切って国道292号に出ると その道は「日本ロマンチック街道」。 フフン アラフィフのおっさん風呂上がりに めいいっぱいロマンチストの顔をして 国道292号の標識と記念撮影。 はいフロマージュ!

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伏し目がちにゆっくり振り返ると あの山を越えてきたのかな 地図を確かめると それっぽいけど本当なのかな 自分で云うのも何だけど たいしたもんだな 

そのまま「日本ロマンチック街道」を進むと なんでか山間のクネクネ道になってきたから ロマンチストな顔もしていられなくなって 現実に戻ると 白砂川の渓谷に突きあたった 川面を低い位置で確認しながら 白砂川沿いに下ってしばらくすると

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せせらぎのどどかない静々とした渓谷に お見えになりました  初めまして「吾嬬橋」 会いたかったよう  上の写真では分かりにくいけど 初見の場所だからね 今回の旅はこの方に会いたいがために計画した そう あとはついで。 フフン


やっと「吾嬬橋」が出てきたから良しとして 吾嬬橋 その5につづく


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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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吾嬬橋 その3

かゆくて目ぇばっかりこすっていたら もう 6月に入ってますね 大方の地方は 梅雨入りしたって云うし 2017年の半分が過ぎたのに まだ正月太りが解消しないって どういうこと? ツユなのに体はお雑煮気分なのかな(涙)

拡大

地図を拡大してみたら駅前に「眞田家別邸」って ちゃんと書いてある だから観光客が多かったんだね 一人だけ真田丸と無関係なおっさんが 松代駅まえの町内を見事にスルーしてきた(涙) またちゃんと出直しますね

何かと魅力がてんこ盛りな町内なのに 松代駅にだけさよならを云ったら 1本だけ犀川に呼ばれてる  交通量の多い県道35号で千曲川を渡り 犀川の堤防道路に出ると 日も随分と傾いてきた そのまま右岸側の堤防道路をさかのぼること3km弱、 真新しい北陸新幹線のトラスが見えてきたから 堤防を降りると ご本人達をくぐって 発見「犀川橋梁」(信越本線)。

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新緑とは一線を画す 若竹色だけど 中央のトラスは ごっついね 鍛え上げられた”鋼の体”って そのままか この方には正月休みがないから 太らないわけです   

「犀川橋梁」(JR東日本 信越本線) 川中島駅-安茂里駅間
竣工 1958年(昭和33年)
橋長 485m 単線
1〜11上路のプレートガーター
12 下路の曲弦プラットトラス
13 3径間連続下路の平行弦ワーレントラス
14、15 上路のプレートガーター
手前が下り線で奥が上り線だけどどちらも同スペック

姿形はバラバラだけど 仲良くワイワイやってた「犀川橋梁」達 全員にさよなら云って 本日のお宿に向ったのは17時ちょっと過ぎ。  週間天気予報が発表されて 3連休に雨が降らないとわかった瞬間に検索したら 一室だけ空いていた 長野駅前のビジネスホテルは喫煙OKの部屋しかなかったから 壁紙にタバコの匂いが染み込んでいて 久しぶりにむせたし ますます目ぇがかゆい


それでも翌朝は いい天気だし 空気もうまかったから プラマイ0。 早起きして善光寺に行こうと思ってたけど 遊びの日にしては珍しく 朝寝坊した(涙)

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ホテルには駐輪場がなかったから 600mぐらい離れた街中の 野ざらし駐車場に無理言って停めさせてもらってた 普段こんなに離れて寝ないから イタズラされないか 心配だったんだけど 長野県民にも悪いヤツはいない  方角を確かめて 善光寺の方に両手を合わせて大感謝。  寝坊のおかげでSRもよく休めて キック一発 おはよう 出発。

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小布施駅に保存されてる「松川橋梁」に 久しぶりに顔を出しておこうと 国道18号から「小布施橋」で千曲川を渡り 見覚えのある「栗羊かん」の看板の角を曲がって しばらくすると イヤに簡単に「小布施駅」に着いた。 前回撮り忘れていた「小布施駅」との記念撮影も早々にして 駅裏に回ってみたら 再会を約束していたはずの「松川橋梁」は いなくなっていた(涙) 

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2012年 5月5日 在りし日の「松川橋梁」

どんな理由があったんだろう いない人に さよならは云えず 開いていた口を閉じて再出発。   国道403号を北上して 目ぇから出た液体が 耳の穴に移動しきって 完全に乾いた頃、 国道292号に出た

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まだちょっとした街中だけど 志賀高原草津道路につづく分かれ道。 何日も前から毎日毎日 渋峠に取り付けられてるライブカメラを見たり 路面状況を聞いたりしては、 当日道路は凍結してないかな とか 雪解け水でスベってコケないかな とか マイナスのイメージばかりが浮かんで ビビってたけど ここまできたら いくしかないよね(逃げ腰)  

国道292号を角間川沿いに下り 「角間大橋」で角間川と幾つもの水田を大きく一跨ぎすると 国道292号は徐々に高度を上げていく  上がっていく高度と反比例して 気温は100m進むごとに下がっていく  いくつかのコーナーで高度を稼ぎ 視界が開けると 景色が一転。 すぅげー なかなか見れないからかな 青空と雪って 似合うねぇ

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すげー まだスキーしてるもん いいね でも雪ガチガチじゃない? オレもう10年ぐらいスノーボードに行ってないな 今だと自重が増えた分 スピードが出るんじゃないかな  ”新記録” という漢字が頭に浮かんだ。

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見えにくいけど 奥の方にうっすらと 北アルプスの連なりが壁のように聳えてるの わかるかな

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渋峠に到着。 はじめのうちは一人だったけど ビーナスラインと同じ理由で混んできた でも所々何カ所も、車も停めれる十分な駐車スペースがあるし 落ち着いて記念撮影もできるから大丈夫。

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一歩で群馬県に入った 渋峠の標高は2,150mで ここからもうちょっと先に 標高2,172mの「日本国道最高地点」記念碑が建ってたみたいなんだけど 見逃してきた(涙)。  今のところ個人的な 「日本の国道の”最高”の地点」は やっぱり群馬県の国道18号「碓氷第三橋梁」地点で変わりはないです  目を閉じればわかると思うけど 人によって最高地点は違うはず(遠い目) 


でも「日本国道最高地点」に足跡を残したのを良しとして 吾嬬橋 その4 につづく





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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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吾嬬橋 その2
一番高いところでは標高2000m以上だから 冬枯れで色のなかった ビーナスラインだけど 麓の県道62号に突き当たると一転。 道は真っ直ぐになったし 日に温かみを感じる 沿線の畑や なんでもない木や 小高い山も 全てが新しいエネルギーを放出する 黄緑色の景色に変わった 自然に少しスピードが上がって 新緑の清々しい空気を受動吸い込み。  どんなにぬかるんだ林道でも走れるんじゃないっかて思える 赤いトラクターが軒先に並ぶ 牧場の簡単な建物を横目に そこかしこからサクラの花びらがピラピラ降ってくる一本道を快走♪  畑の人も立ち上がってこっちを見るぐらいに 鼻歌のボリュームも MAX!!  お騒がせしてごめんなさいね(恥)

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街まで下りてくると 冬用のグローブではもう鬱陶しいぐらい。  リアルはもう5月も終盤だけど この日は5月3日だということを証明してくれる 気の利いた 鯉のぼり達を発見して 記憶が蘇った。 5年前もこの鯉のぼりの写真を撮っていた それじゃぁと 1本探してみると 前回同様 少し迷って 発見 「りんどう橋」。

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ヤー久しぶりー ちょっと痩せたんじゃない? ツヤもなくなってるし  この方、今は一人で歩道橋だけど 元々は九州鉄道が鹿児島本線等に使用するために1891年〜1901年(明治24年〜明治34年)に輸入したドイツ人達の一人。 その後 撤去、転用や保管期間を経て 1928年(昭和3年)当時この地に存在した「丸子鉄道」、 その千曲川橋梁の一部が災害で流失した時に 助っ人にやって来てくれました その時は2連で来たから九州訛りの相方がいたみたいなんだけどね

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それで 1969年(昭和44年)に「丸子鉄道」丸子線が廃止になって 1971年(昭和46年)にそのまま道路橋に転用されたと この時「大石橋」に改名するんだけど 2001年(平成13年)にまた台風の被害にあい、 翌年全員撤去されて このボーストリングトラスの1連だけが保管されていたのを 2007年に「りんどう橋」として ここに竣工されました
 
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通りの少ない 県道でもない 道沿いに引っ込んで 歩道橋に生まれ変わったおかげで 重い電車や車は渡さなくてもよくなったし おじいさんだけど かわいいい県の花の名前をつけてもらったからか 幸せそうでした もうここに来て10年も経つんですね 余生を楽しんでいますか   近くに”りんどう”は咲いていたのかな きっとまたお邪魔しますね 

「りんどう橋」にさよなら云って 国道152号に戻るかたち 大屋駅前に架かる「大屋橋」で これまた久しぶりに千曲川と再会して 千曲川沿いをのぼる  今回は”橋のノルマ”はあまり持たずに 旅に出たんだけど ここまで来たなら 誰だって寄るよね 「千曲川橋梁」(上田交通)。 みんな絶対寄るよねぇ

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平行弦は丸みがないから女性的には見えないけど この方は赤色がよく似会う 攻めてはいないけど おしゃれなお兄さんといったところか  

久しぶりにやっとく

「千曲川橋梁」(上田交通)
竣工 1924年(大正13年) 横河橋梁製 
橋長 224m 
下路で平行弦のプラットトラスで単線 43.89m の5連
端っこにコリジョンストラットを備えてる 小さい斜めのやつ

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「千曲川橋梁」(上田交通)とも再会を約束したのはいいんだけど 上田駅前はものすごい人の数 外国人もいたことはいたけど 日本人観光客がごった返していた  こんなに観光地なのかな この交差点を北上して「上田城跡」の通りなんかは大渋滞。 まぁ城跡は確かに観光地かもしれないけど こんなに流行るのかな なんかあったのかな? 

オレ2012年に廃止した屋代線の「旧松代駅舎」に呼ばれてて忙しいから 「上田城跡」の駐車場を待ってる渋滞の車の横をごめんなさいして 先を急いだ   だいぶハショルけど 急いだ甲斐あって 発見「旧松代駅舎」。

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屋代線は1922年(大正11年)6月10日に長野県千曲市の屋代駅から長野県須坂市の須坂駅まで開業した長野電鉄の鉄道路線。 いろいろと努力はされたようですが 利用客の減少により 惜しまれつつも 2012年(平成24年)4月1日に廃止 当時は ”さよなら屋代線” っていう記事を よそ様のブログでよく拝見したし みなさん本気泣きしていたのを覚えてる

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松代駅舎は開業当時のままの お姿。 はじめのうちは蒸気機関車が走ってたそうだから 黒く染まった柱や梁や屋根垂木は 経年劣化にプラス 煙に燻された影響も残しているのかもしれないな 左側にある 松代駅前町内の手書きの地図には 「発祥遺蹟 日本電信電話」とか「宝物展示所 観光センター」 なんて ちょっと意味不明な場所が描かれてた 気になって一番下に宣伝されている 「お食事処 丸新」を調べてみたら 食べログにでてた まぁこの看板は大正時代からあるわけじゃないだろうけどね

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自分も見に来てるし こんな駅って云ったら失礼だけど ここにもそれなりの観光客が来ていた 今の地図で見ると松代駅のホーム側は「松代城跡」って書いてあるから それなのかな グーグルアースで上から見てみたけど 上田城跡も松代城跡もお城の建物はないよ よっぽど石垣がかっこいいのかな 

見てくればよかったかな ちょっと後悔しつつも 吾嬬橋 その3につづく



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Category: 2017年05月05日  吾嬬橋

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吾嬬橋
前半の連休は気休め程度にお仕事をして 後半のGWに2泊3日で信州と少しだけ群馬県を回ってきた 3連休って何年ぶりだろう  あぁ 年末年始とかもっと休んでるな。

例年には珍しく 朝から13度ぐらいあった憲法記念日。 一応薄手の冬用グローブを選択して 6時ちょっと過ぎにキック15発(涙)で 出発。 うすーく 雲がにじんでいるせいで 透明感はないけど まぁまぁいい天気 おかげで適温 ありがたい  あっち方面に行く時の 仕来たりに従って 春日井から国道19号に入ると スピードは1段階上がったんだけど 朝から交通量が多いなぁ〜  中でもトラックや キャリアに脚立を結んだワンボックスカーが目立つ みんな普通にお仕事してるんだね ご苦労様です

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内津峠をトンネルで越えてズンズン進み 中津川の市街地をやり過ごして 「落合川」を渡ると 道はだんだんと中山道らしくなっていく 沿線に咲く 白や赤や黄色、 なんてったってサクラの花が 今日オレが通るのを知っていて 散らずに待っててくれました おはようございます  帰りも通りますから もうちょっと頑張ってね 

2017年GW 記念すべき本日の橋1本目、 今年は渡りましたよ「木曽の大橋」。 こんなところにも中国人観光客が何人かお見えになりました いったい何が狙いなんだろう 漆器かな

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「誰のために〜咲いたの〜♪ それはあなたのためよ〜♪」 鼻歌のトーンも気温も急上昇! ハンドルより先に鼻を突き出して 風薫る国道19号 清香をかき分けて 中央本線と並走。 

口を半開きにして 塩尻まで下りてくると 道はそのまま国道20号になったけど 中山道の文字は消えなくて また徐々に登り始める。 まだ11時前だったけど 高台のどこかの道の駅で あたたかい信州そばを食べた

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国道20号に戻ってしばらくすると 国道142号に突き当り その国道142号を10kmぐらい登った 分かれ道。 3年前は直進の「新和田山トンネル」を通って 千曲川に出たなぁ 川の中に立たされたままだった「布引電気鉄道 千曲川橋梁」の橋脚は 今もちゃんと立っているんでしょうか  今回はビシッと左折して 念願のビーナスラインに挑む。

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国道142号で和田峠をトンネルで越えて すぐの分岐路で 無事ビーナスラインに入った  だからここは ビーナスで云うと”つま先”の辺りかな 

はじめのうちは誰もいなくて 美しいビーナスを独り占めだったんだけど 上に行くに従って 道も細くなるし 停められるスペースもないから クネクネ道に車も詰まってきて ちょっと渋滞気味。 でも追い立てられるのもイヤだし おかげでオレにしてみれば 安心のゆっくりペースで ビーナスをなめまわしてきた フフン。

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雪が残っているのわかるかな  今度は車で 自分が渋滞の先頭になって 嫁にも見せてあげたい 

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たぶん一番奥が浅間山だと思う  深呼吸が癖になるね  でも自分、 深呼吸するとき 必ず 「ちぃ〜らし〜すしなぁ〜あぁらっ♪」って聞こえてくるんです きれいな景色がちょっと台無し(涙)

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後半の ”ビーナス”の脇下から首筋にかけても 存分に味わって 麓に下りてきた。 美ヶ原高原美術館の駐車場から こちらの上田側に下りてくる人は ほとんどいないようで 後半はここで一台のバイクに抜かされただけだった みんな知っているのかもしれないけど こちら側は路面状態があんまり良くなかった  だからすげービビったし 「存分に味わった」 は 云い過ぎた(涙)


ビーナスラインを制覇したから 良しとして 吾嬬橋 その2につづく