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  08 ,2011

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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08

Category: 2010年05月16日 揖斐川と

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2010年5月16日 木曽川と揖斐川沿いその2
木曽川と揖斐川沿いその2

おまちかねの 旧「揖斐川橋梁」現「揖斐川橋」。



天気も良くなって来てその爽やかな、蒸栗色の橋は、意外な大きさで田舎の風景にとけ込んでいますよ


先に「東海道本線揖斐川橋梁」をくぐりすぐ隣の「揖斐川橋」の橋台とSRを入れて記念撮影。
橋台は、レンガで積まれてて中心下部はわざわざアーチに積んでて凝ってる。
レンガ_convert_20110818184404




すぐ下流側、現「東海道本線揖斐川橋梁」の間には、2代目「揖斐川橋梁」の橋台も残ってる


ややこしいので



よけいややこしいかな

初代は、「揖斐川橋」と名前を変え歩道、自転車用となって、現役。
2代目は、橋台だけ残して撤去されてしまった
3代目は、現「東海道本線揖斐川橋梁」。

3代目を造って2代目を撤去するまでの間は、3本の「東海道本線揖斐川橋梁」が狭い場所に架かってたことになる


「東海道本線初代揖斐川橋梁」(現揖斐川橋)は
明治政府が官設鉄道として、日本の東西に幹線鉄道(東海道本線)を敷く為 
1886年(明治19年)に揖斐川に架けた最初の鉄道橋であるとある。

橋長321.7m 
岐阜県安八町ー大垣市間 
下路の平行弦ダブルワーレントラス(ピントラス)
1連が63.4mの5連。
1913年(大正2年)に道路に転用。

国の重要文化財に”指定”されてる。

 


橋脚もレンガ積みで下部、中心がアーチ型に貫通している 橋台のアーチ積みは、このデザインに合わせたんだなきっと

この日は草ぼうぼうで この一枚は、今年2月の再訪時。
よく見ると、真ん中の足は、だいぶコンクリートのパンツ下げてるな


1886年の銘板と


1885年の銘板(ちょっと見にくい)の2種類ある これも今年2月の再訪時の写真


ダブルワーレントラス(ピントラス)とパテントシャフトアンドなんとか製と云えば、
岐阜県中津川市 旧北恵那鉄道の「木曽川橋梁」と兄弟。年式も一緒だし東海道本線の再利用ってあったから あの外人この辺に居たのかな 東海道本線は、長いからな でも同じ電車が走った事は間違いない。
こっちだけ文化財は、気の毒なキもするけど、はじめからずっと同じ位置に居るってのがすごいのか

2代目は、1903年(明治39年)に複線化の為に初代の下流側に架けられた アメリカンブリッジ社製 曲弦のプラットトラスの5連だったそうな。1960年(昭和35年)に3代目が架設され1961年(昭和36年)解体撤去されたけど橋台は、残った 残したんだな 57年間もお疲れ様。

やっぱり1年間とは云わないまでも何ヶ月かは、3本の東海道本線「揖斐川橋梁」が架かってた時期が間違いなくあるな

3代目は、1961年(昭和36年)下路で平行弦のワーレントラスで5連の複線。


それにしても、初代 あんたは、立派だよ124年間もそこに居て人の役に立ってるなんて、普通ならガンコじじいは、いやがられる。 ガンコかどうかはわからない


124年前だと電車じゃなくて汽車だな


この橋の向こうから汽車が走ってくる 想像するだけで だいぶドキドキする。

今日の目的は、これ。 あとは、テキトーに揖斐川を下る


3本架かってる航空写真があったけど見えにくいし年代があってない。まぁいい




木曽川と揖斐川沿いその3につづく

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