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  09 ,2013

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2013年08月13日 九頭竜川

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本文: 12  Trackback: 0

九頭竜川 完結
お仕事やっぱりパニクってきた 元々容量不足な頭の割に後回しにしがちな体質も手伝って ひとつが完成しないまま次のお仕事とガチ合う もう何年も自分なんだからわかってるはずなのに 急かす自分とのんきな自分が交互に出たり入ったり 急かす自分は変に心配事を煽るだけでなんにも進まず のんきな自分はあくびが出るぐらいそりゃ〜もうのんき。 今求められてるのはコツコツした自分。 けしてポチャポチャした自分ではない コツコツカモーン。


「小舟渡橋」にさよなら云って そのまま県道168号でえちぜん鉄道と並走したのはいいけど ガソリンがなかったので「荒鹿橋」で九頭竜川を渡り国道に出て給油したから そのまま国道を走っちゃって「勝山橋」とかを見逃してきた(涙) でもそのおかげでのっぺりした勝山城が国道から見えたから 今思うと、近づいてみたのが良かった。 勝山城は博物館で新しい建物だし 先にも云ったけどのっぺりしててそんなに魅力を感じなかったけど すぐ横の道路標識には奥の方にお寺があるって書いてあった  いつもだったらよっぽど寄らないけど呼ばれたんだと思う

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最初この石碑を見て ウソつけ! って思った瞬間 ガチガチっとつながった ここが東尋坊達がいた平泉寺なんだ でもあの崖からはだいぶ距離があるな どうやってそそのかしたんだろう

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入口の常夜灯。 ちょっと こんにちは してるね  羨ましいぐらいフサフサの頭に小石を投げて乗っけられたら いいことがあるんだそう 乗っかったよ

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何百年も生きてきた背の高い杉。 木の世界ではまだ若者なんだろうか お年寄りって感じはしない たのもしい僧侶にでも守られてるような居心地。 重なり合う真っ直ぐな心を通り過ぎて なんとか地面にたどり着いた光が先に導いてくれるよう 蝉はたよりなくかろうじて鳴いてた

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癒されるのかと思ったら なんかここヤバい。 すぐに叱られてるような錯覚に陥ってく 通り過ぎる木や草や石や なにかに おまえはまっとうに生きているかと 幾つもの声に問われているような気がする ごめんなさい ごめんなさいって早足になる

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根っこの辺りで複雑に絡み合うのは人間関係とおんなじだけど くじらはフジツボが自分に付いてる事をしらないように おおきくなっちゃえばいいのかもしれない  鈍感はまずいと思うけどね

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平泉寺は、霊峰白山(標高2702m)の越前側登拝口に開かれた白山信仰の拠点寺院で、今から1300年近く前に泰澄によって開かれたとあります。  その後かなり大きくなって、 なんてったって東尋坊を含む数千人の僧侶がいたぐらいだから 流行ってたんだけど 東尋坊が死んで約400年後の1574年(天正2年)に一向一揆との戦いで全山が焼失。 今残ってる白山神社はほんの一部でしかない 現在も発掘作業は進んでて「発掘現場」なる案内板も立ってた

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白鳥町にある「阿弥陀ヶ滝」でもいたるところで石が積んであった 意味はわからないけど 同じように神聖な場所だとは、背中のあたりの肌で感じる

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観光客も少ないし 見た通り涼しいぐらい 本気の人ばっかりだった また時々叱られに来たいと思います その時もどうぞ おてやわらかにお願いします。


平泉寺にさよなら云って本業に戻る。 国道157号を下り「下荒井橋」の手前を左折して九頭竜川沿いの県道を上る 県道を離れてもなんとか九頭竜川を眺めながら進んで行くと 見えるかな かなり川幅が狭まってきた九頭竜川の輝きの先に 1連のおじいさんも半分光にとけ込みながら 長いプレートガーターを従えていました 「第一九頭竜川橋梁」。

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「第一九頭竜川橋梁」
1962年(昭和37年)
JR九頭竜線 下唯野駅-柿ケ島駅間
橋長 214m 
下路の曲弦プラットトラス(ピントラス) 62.4mで1連
製作は1911年(明治44年) アメリカンブリッジ製

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この方は 元東海道本線の「大井川橋梁」、各地に貰われて行った16人兄弟の一人。 やっぱりポツンと寂しそうだけど 綺麗に塗ってもらって肌艶はいい なにより現役は立派なこと 兄弟の神岡鉄道の「高原川橋梁」は亡くなったよ。(涙)
駅舎をのぞいて時刻表を見たら1日に5本しか電車が来ないと書いてあった ほとんど隠居みたいなものですね こんな山奥だけど境遇はみんな似たようなものだし この辺りは下を流れる九頭竜川も高原川や長良川に引けをとらない綺麗な川。 どうかふて腐れずにいつまでもお元気でいて下さい。 また来ますよ


「第一九頭竜川橋梁」に さよなら云って国道158号に乗った どんどん高度を上げて行き、しばらくするとだいぶ下の方にいました「第二九頭竜川橋梁」。

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「第二九頭竜川橋梁」
1960年(昭和35年)
JR九頭竜線 柿ケ島駅-勝原駅間 
上路の平行弦ワーレントラスで1連

ちょうど5本中の1本の電車が橋上を走ってたけどカメラを出した時にはもういなくなってた 残念。 「第二九頭竜川橋梁」にもさよなら云ったら 国道158号は九頭竜川のくねくねに付き合うように蛇行する 川面と道路面の高低差にビビりながらおしりのあたりにスカスカムズムズを常に感じて山の中をすすんでいくと 九頭竜線の終点 道の駅?と併設された九頭竜湖駅に到着。 線路の最後ってこんな感じなんだ

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入口に機械仕掛けの恐竜がいて小さな子供が親戚のおじさんにビビらされて泣いてた あれは絶対父親じゃない 水分補給とトイレだけ借りて割とすぐ出発。 鷲ダムの大きな大きな堰を横目にしばらくしてトンネルを抜けると九頭竜湖畔の道になった 暑いかわりに天気は申し分ない

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「野尻橋」
1965年(昭和40年) 
下路の曲弦ワーレントラスで1連

去年だったかな 地元のキャバ嬢が殺害されて 冷蔵庫に入れられ この九頭竜湖に捨てられた事件があったからちょっとビビってる 犯人は捕まってオレと同じぐらいの年だったけど めちゃくちゃな思考回路してるな そんなのが近くにいたかと思うとゾッとする  この橋から捨てたのかな 

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「大谷橋」
1967年(昭和42年) 
下路のランガーで1連

九頭竜湖はそんなこと無かったようにキラキラと太陽を弾き返して のどかすぎる でもダム湖って村とか沈んでそうなイメージがあって祟られそうで怖いけど この辺りは元々僻地過ぎてそんな心配はなさそうだからよかった

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「箱ケ瀬橋」
1967年(昭和42年)
トラス補剛の吊橋

「箱ケ瀬橋」も隠れてるだけで実は橋脚長いんだろうな 「箱ケ瀬橋」を過ぎるとオートキャンプ場を横目にもう湖畔じゃなくなる いま思い出してみてもキャンプ場には人がいなかったような気がする 夏には涼しげで人気ありそうなのにね ひょっとしたら九頭竜湖は遊泳禁止なのかもしれない

このあと旧道の方の158号を選択して油坂峠を油坂トンネルで越えて いつもお馴染みの長良川沿い、国道156号に下りてきた 国道156号入って、盆踊りに明け暮れる郡上八幡の町をスルー。 いつものように長良川沿いを帰って行くんだけど その前に折角だから1本寄った

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「第五長良川橋梁」。この橋がここに架けられたのは1960年(昭和35年)。前年の1959年9月26日の伊勢湾台風の増水で前橋が流さた為に急遽 元東海道本線の「大井川橋梁」時代の兄弟と離れて一人でこの地につきました もちろん製作されたのは先の「第一九頭竜川橋梁」やGWに橋台だけ見てきた「高原川橋梁」と同じ1911年(明治44年)のアメリカン・ブリッジ社製。 こんなに離れてる人達がつながってたんだと思うと 震えてくる。 

「高原川橋梁」は亡くなったてたけど 「第一九頭竜川橋梁」は あなたより元気そうだったよ そろそろ塗ってもらえるといいね。  



九頭竜川 完結 2日間の走行距離 451km




 

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