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  04 ,2020

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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04

Category: 2019年12月31日  隅田川

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本文: 12  Trackback: 0

隅田川 その5
バイクでひとり旅だとどこにも密はないハズだけど このままだとGWのお出かけは中止だな 4月中に車検を通してもらって 遠くまでSRに連れってってもらう約束はしているんだけど カッパを着ていけば大丈夫かな ってバカモノ! 自分自身も具合が悪くなる可能性だってあるから ルートだけ作って行けないけど ルート作ってる時が一番楽しいし ダメでも生きてればまたの機会に走ればいいから命優先 目には見えないけど 最近は空だけじゃなくて変な空気もハレマスヨウニと願っております

すっかり怖じ気ついていますけど また年末の話と足場の呪いがかかったままの「白鬚橋」まで戻ったつづきから シレッとはじめます 

「白鬚橋西詰」の交差点を左折して 隅田川とはワンブロック挟んだ道を流れに合わせてしばらく下ると 隅田公園の奥から歓声が聞こえてくる 年末なのに何かスポーツでもやってるみたい 観光バスが何台も路駐してるから プロっぽいスポーツなんだろうか と よそ見をしながらKさんを漕いでいたら 橋の親柱にぶつかりそうになって急ブレーキ。

PC310231.jpeg

山谷堀にまだ水が流れていた頃 隅田川に出る直前にかかってた橋 下の写真で見ると上路の鋼アーチ橋だったことがわかる「今戸橋ブリッジ」。 今地図で見ると山谷堀は埋め戻されてグリーンベルトになっているし 高さから見てもアーチ部は発掘したらそのまま出てくるんじゃないかな 

PC310234.jpeg

かわいそうに「生き埋めの刑」を受けているけど 山谷堀の跡の先には吉原大門の地名が残っているように 吉原通いの船(親不孝船)がこの橋をたくさん潜ったそうなので 「今戸橋」には罪はないハズなのに まだまだ実刑はつづくようです(涙) あんまりにも気の毒なんで隅田川の橋じゃないのに寄り道したった 

いつか罪がハレマスヨウニと願って またしばらく進み「言問橋」の橋上から上流側を振り返ると「桜橋」が 冷たそうな隅田川に マーガリン色をにじませているから そこだけ温そうだった

PC310237.jpeg

真横から撮っているから全くわからないと思いますが 上から見ると Xの 形をしている 歩道橋だからちょっと遊んじゃった橋。「桜橋」って名前の橋は何本かお会いしたことがある 名古屋にもあるし 東京にはあと2本もある 会ったコトはないけど福島にも三重県にも岡山にも広島にも台湾にだってある 金沢の「桜橋」は「犀川大橋」から見えたし 近づいたとき「薄」っと思った そーいえば富山の「桜橋」はさっきの「今戸橋」に似ているな 名古屋以外はみんな桜の名所で間違いない

隅田川にかかる「桜橋」
竣工 1985年(昭和60年)4月11日
橋長 169.5m 幅員 中央部 20m 取付部 6m
3径間連続X形曲線箱桁橋

また正面の「東京スカイツリー」に向き直り「言問橋」で隅田川を渡りきった位置にあって 漢字の銘板がはめ込まれた親柱。 1945年(昭和20年)3月10日未明の東京大空襲では多くの方が橋上で焼死しています この時あまりの火の強さに縁石のほとんどが欠けたと云われています この親柱にも痛々しく焼け跡が残っているし剛熱で欠けている

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「言問橋」は国道6号線、東京都道319号環状3号線の”言問通り”を通す橋 関東大震災後の震災復興橋梁として架橋が計画され「両国橋」や大阪の「天満橋」と並んで三大ゲルバー橋と呼ばれたとあります 大阪の「天満橋」会ったことある ここに繋がるのか フフン。   前出の「豊島橋」や「小台橋」、「尾竹橋」の初代はみんなこの形式の小ちゃい版。 「言問」という橋名は在原業平の詠んだ、「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」という歌に因むとアル 「ちはやふる」の人だよね

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当時は軍艦色だったんだけど 戦争のなくなった今は年甲斐も無く(失礼)爽やかな淡水色に塗ってもらって 空と隅田川を分けています

「言問橋」
竣工 1928年(昭和3年)2月10日
橋長 238.66m 幅員 22m
鋼ゲルバー鈑桁橋 3径間
横河橋梁製作所 製

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「言問橋」を降りて下流側に進むと この辺りはまだ古い防潮堤がついてくる でも防潮堤の裏側はちゃんと遊歩道になっていて やっぱり薄着で走っている人が何人かいた  ここはKさんを担がなくても裏側の遊歩道に坂道で降りられたから 自転車もOKなんだと思う

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なんなのかさっぱりわかんないと思うけど また足場で囲われて視界が悪い「隅田川橋梁」 (東武伊勢崎線)。(涙)

「隅田川橋梁」 (東武伊勢崎線) 浅草駅 -とうきょうスカイツリー駅間
竣工 昭和6年5月25日
橋長 166m 幅員 複線
中路のカンチレバーワーレントラス

さっきまでゲルバーゲルバーって云ってたのにここはカンチレバー。 なんか理由があるのかな それにせっかく帝都復興院 橋梁課長 田中 豊先生の設計だけど 協力的じゃないのでつつっと行きます


気温は16℃まで上がったけど 少し風が出てきた隅田川沿いを河口側に進み 東武伊勢崎線の高架を潜って 親柱のランプが素敵な「枕橋」で北十間川を渡ったのはいいんだけど「枕橋」の全体が撮りたくて隅田川からだいぶ離れちゃったから 戻ろうと思って大回りしたら キンタマ が挟まってた。

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キンタマ横目に浅草通りまで出たら「吾妻橋」の目の前。 「吾妻橋」辺りは赤いから華やいで見えるけど なんか途中で足場解体をやめてほかってある状態(涙) 塗装は完璧に終わっているけどね 浅草寺に色を合わせてあるんだろうな 当然「竹町の渡し」と呼ばれた渡し舟があった場所。 初めてこの地に橋が架かったのは 1774年(安永3)江戸時代に隅田川に架橋された5つの橋のうち最後の橋。
当時の橋名は「大川橋」としていたんだけど 架橋工事中から「あずま橋」と呼ばれるようになったようで 江戸の東の橋として「東」を「吾妻」に置き換えたとか、左岸側にある「吾妻神社」への道をつなぐ橋の意味を重ねた とかいう説があります

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「吾妻橋」
竣工 1931(昭和6)年6月
橋長 150.114m 幅員 20m
上路の2ヒンジソリッドリブアーチ 3径間 他

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広重 駒形堂 吾妻橋

左岸側の「浅草通り」から「吾妻橋」を渡ると「雷門通り」になるんだ 「吾妻橋」は「雷門通り」に属しているみたい 「吾妻橋」で隅田川を渡ったのが ちょうど12時08分 フフン


浅草の老舗の洋食店でランチなので 隅田川 その6につづく


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