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  02 ,2021

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2010年07月19日 空港と海

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2010年7月19日 海へ行って来た その2
2010年7月19日 海へ行って来た その2

名古屋市役所を左手に右折して出来町通り県道215に  すぐの「二の丸」信号を左折。信号の名前も らしい てかそのままか。

すぐに石造りの親柱に隷書体で「本町橋」と彫られた橋発見。親柱の上に東屋のついた4面体のランプ。 ガラスは、あめ色のがはまってた。朝の光をもらって、たいへんきれい。 

本町_convert_20111011195245

もうセミ達が「シーシー シャーシャー」いってる。

二の丸_convert_20111011195456


こっから堀川沿いに、桜通りまで出て 右折して「桜橋」。

桜_convert_20111011195716

「桜橋」上路でコンクリートアーチの1連

とここで堀川沿いの橋 撮り忘れヶ所たいへん多く、腰をすえて堀川沿い再調査しんといかん。
堀川沿いの橋は、その時に。近いと思ってだらけ過ぎ。堀川の「岩井橋」の写真は撮ったけど銘板は撮っていないし 「岩井橋」から向こうの橋は、全然写真がない。 まぁ きっと「松重閘門」が見えたんで ふらふら〜っとそっちに行ちゃった。 うかれとったんだろう

閘門_convert_20111011200043

「松重閘門」(まつしげこうもん)は、愛知県名古屋市中川区にある閘門であって現在は使用されていない。庄内川と都心をつなぐ堀川  と名古屋港と都心をつなぐ中川運河 とを結び近代期の名古屋を支えていた遺構であるとアル
中川運河と堀川では、水位が違うくって、40tもある水門を上げ下げして開閉することで区画(閘室)の水位を調節して、船を昇降させて運河内外の行き来を可能にしてきた 優れものの建物。

陸上輸送が簡単になってきて水上輸送の需要が減って1976年(昭和51年)閘門の使用は、停止。その後公園として整備され1993年(平成5年)に名古屋市の都市景観重要建築物に指定されて 今ではライトアップもされているそう。

建設されたのは1930年(昭和5年)とやっぱり古い。なんかヨーロッパ辺りの古い城の塔の部分が2人一組で門を開け閉めしとったみたい。門をあけて水位を合わせるのに20分ぐらいかかったようで船の運転手さんはいい休憩になっただろうな。

閘門2_convert_20111011200433

愛知県道107号江川線を走って若い頃に名古屋競馬場に仕事をしにかよった時は古いラブホテルかなと思ったり古い橋かな とかも思ってた 全然違ってた。すみません 

単車に乗ったまま写真撮った時に足が ”痛” と思ったら素足のふくらはぎがマフラーに一瞬さわった この時は、さわっちゃった。ぐらいにしか思わなかった。 ちゃんと長ズボンだったけど。

「山王橋」の信号クイックターンで 中川運河沿いを走る中川運河側の閘門は、うすいピンクに全部を塗られてオモムキが感じられない。ペンキを頭からかぶってしまったみたいで ヘン。 中川運河は、趣き たっぷりめ 江戸っぽい。どっかからハッピ着たおじさん出てきそう。 川面はピタッと静まりかえっている。

まだ朝だし シーンとしてる。  運河沿いをズンズン走る。 案外都心が近いのか きっとホストさんらしきひとが車のなかで寝ていた。 もうすぐに暑くなるよ。

運河はわりと川幅が広くて、川の両サイドは、なんかの工場。 道路ー工場ー運河ー工場ー道路 と並んでる
なにか造って運河で運んで港からまた船に乗せ替えるのかな  結構昔からの風景が見えたきがした。

中川運河_convert_20111011200640

ハッピーマンデーの海の日なのに、工場では、みんな結構働いてた。 納期に追われる製造業は、自分も含めてタイヘンだ。 知らないうちに義務感をもってしまう。 根がまじめな日本人 だから粋な事もいっぱいある。請けたら死んでも みたいな ちょっとかっこいい。  今日オレは、休みなんでいっぱい遊ぶ。

チンタラリンと走り抜けて右手に「いろは橋」薄ーい黄色に少し緑が入ってる。

色は_convert_20111011200859

下路のニールセンローゼで1連。

渡りもしずに単車に乗ったまま ”パチり” として  すぐ 非常に会いたかった「中川橋」アーチの長さが短くて幅が広いので アメンボウがしっかりつっぱってる様なお姿が見えました。晴天のスカイブルーに朱色の体が映えますねぇ  意外と日本の伝統色や中国の伝統色には朱色は、なかった。きっとDICの何番かだろう



こんどは、SRと渡って、停めてヘルメットをとって。 結構汗ばんでた ゆっくりと両側の歩道を歩きながら見とれた  無数のリベットは、行儀良く並んでいるし、歩道にブラケットで持ち出したランプもまるっこくてかわいい。 手のこんだ橋だなぁ ツンツンしてなくて愛嬌を感じるのは、やっぱり幅が広くて 「つっぱって」見えるからだろう か  結構近いんで季節が変わったらまた来ます。がんばって つっぱり 通してください。



「中川橋」(なかがわばし)は、愛知県名古屋市港区中川本町  
 金城 ふ 頭線に架かる中川運河の最終の橋であるとアル。
 1930年(昭和5年)
 大阪鉄工所製
 橋長 46m 橋幅17m
 下路のブレースドリブタイドアーチで1連
ご立派。

なぜに 金城 ふ 頭線の ふ は、ヒラガナなのか。一瞬我にかえると云うか 一瞬冷めるのはオレだけかな

もうここは、海。 でも「海の日」の海ではない気がする 流れてもいないし ゴミが溜まっている 潮の臭いはするけど 磯の香り では、やっぱりない。きちゃない川だ。 まッこの辺には、似合ってる雰囲気だ
ここで中川運河ともお別れ。 さようなら。

中川運河(なかがわうんが)は、愛知県名古屋市港区にある名古屋港を河口にして中川区の旧国鉄笹島駅(1986年11月1日廃止。現あおなみ線ささしまライブ駅南方付近)の間を結ぶために掘られた運河であるとアル。
全長 8.4km(1930年当時は7.1km)
幅 36m〜91m(随所異なる)
水深 1.2m〜3.6m (随所異なる)

水源がなくて水の流れがない為に昭和40年代になるとヘドロが大量に蓄積したドブ川になってしまったのをヘドロ除去と排水規制を行った結果少しではあるけど水質は改善されたとアル。

人の手が結構入ってる。 めんどくさくなって埋められない事を願う。


2010年7月19日 海へ行って来た その3につづく



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