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  03 ,2021

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2013年01月13日 堀川沿い

Tags: ---

本文: 12  Trackback: 0

堀川沿い その4
荘厳華麗な「桜橋」のすぐ南側 手が届きそうな位置に 次の「伝馬橋」は、打って変わって控えめな姿で堀川に影を映していました

P1132364.jpg

どこから見ても地味だけど「桜橋」より「伝馬橋」の方が歴史は古く 堀川に最初に架けられた「堀川七橋」のひとつ だから随分偉いはずなのに 見た目ちょっと不気味。 でも大丈夫、お地蔵さんは見当たらなかったから心配しないで

P1132367.jpg

あれあれ なになに 「美濃路」は、この「伝馬橋」を渡ってから北上してさっきの「五条橋」の西端を通り、枇杷島、清洲、起(一宮)経て 中山道垂井へ向うとアル。「五条橋」は「美濃路」をカスッてるだけで橋自体は「美濃路」脱落。 おしいけど 残念 悔しい事でしょう でも雰囲気的には「五条橋」の方が「美濃路」っぽいけど  まぁいいや

P1132368.jpg

向こうに渡ってもすぐ右折して堀川沿いに行かないと熱田神宮には着かないから「美濃路」は「五条橋」でもいいんじゃないかな くどいかな 

「伝馬橋」(てんまはし)
竣工 1920年(大正9年)
構造 RCアーチ
中部地方最古のRCアーチ橋である。とアル

けど、浜松に行った時に通った「本長篠」駅近くに架かってた「黄楊橋」(つげはし)は大正7年竣工だったぞ 最古は、あっちでしょう  



いろいろと疑惑の掛かる「伝馬橋」で堀川を渡り「木挽町通り」を南下すること200m。「錦橋」に到着 全然進まなーい

P1132369.jpg

出来上がったら思いのほかショボくて後から飾りを足したんじゃないのかな 「錦通りなんだからもうちょっとカッコ良くしてよ」って上からの圧力に負けて当初の予算内でやったから中途半端になちゃったんでしょうか

「錦橋」
竣工 1936年(昭和11年)
拡幅 1987年(昭和62年)
構造 RCアーチ橋
 


「錦橋」から次の大御所「納屋橋」までは石畳の敷かれた遊歩道が異国情緒をたっぷりと演出。 川はきちゃないし、もちろん行った事は無いけど セーヌ川沿いをちょっとだけ連想した セーヌ川?で良かったかなセーム川だったかな  おもいきって調べるのやめよう

P1132370.jpg

中央のテラスには、クロード・モネさんの「日傘の女性」があのまんまの格好で立ってそうな感じ

P1132372.jpg

久しぶりの鉄の橋だからうれしい。  一見ごちゃごちゃしてる様で実は、丁寧に装飾が施され ものすごい凝ってる 橋の強度にこの装飾は必要ないだろうから景観を考えてドラマを作り上げたんでしょう 素晴らしいな

P1132375.jpg

これも「堀川七橋」のひとつ。 1886年(明治19年)に広小路通が名古屋駅前まで延伸された時に鉄骨製の橋に改修され、1898年(明治31年)からは名古屋市電栄町線が橋上を走ってた 現在の橋は1921年(大正10年)に改築された橋をベースに、1981年(昭和56年)に架けかえられたもので、中央部にテラスを持つ青銅鋳鉄の欄干が特徴的なアーチ橋とアル。 欄干は大正10年の時のヤツそのまま使用

P1132382.jpg

親柱のすぐ横の建物は、1916年(大正5年)に建てられた 国の登録だけど有形文化財で「旧加藤商会」。元は貿易会社だったけど今はタイの国旗が掛かってるレストラン。

これしか写って無かったけど「納屋橋」を囲う遊歩道は、この街路灯にまで 生のパンジーを飾ったり遊歩道にプランターを並べたりして すごくきれいにしてた こんなに手間隙かけてもらって「納屋橋」は幸せ者だね 誇り高くいつまでもお元気でいて下さい
 

また400mぐらいしか進んでないんだけど 堀川沿い その5につづく


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Comments

こんばんは。

お疲れ様です!
歴史ある 橋を丁寧に調べられ た記事
興味がありますので じっくり読ませて頂いて おります
大正時代の欄干を使用する 作り手の心が スゴイと思います
それぞれの橋 に 歴史を感じる 特徴があり 美の芸術を 拝見してる様です。
毎週水曜日に名古屋城の隣で仕事してると前書きましたが、仕事が早く終わると金山まで歩いて帰ったりしてるので、こんど時間がある時に堀川沿いに歩いて帰って見よう…なんて、思ったりしています。

小々次郎さん、なかなか進みませんが割と良く知ってる場所なので写真の隅の方とか見て「おっ!これ知ってる!」とか独り言つぶやきながら読ませてもらってます。^^;
あの〜
僕も調べてませんけど、たぶん
セーヌ川で間違いないと思います。
むかし、アニメで
「ラ・セーヌの星」ってありましたから。

おはようございます。
小々次郎さんは霊感の強い方ですね。
橋のそばのお地蔵さんは橋と関わりがあるものなのでしょうか。

時々親柱という言葉が出てきます。
円空仏や何かの飾りがあったりするのですが、
どの位置が親柱になるのでしょう。
またそこに何か特別な飾りをつけるのには
どんな意味があるのでしょうか。
よろしければ教えてください。
tomatoの夢さんおはようございます
コメントありがとうございます

近場すぎてなかなか来れなかった堀川沿い
城下町故 歴史深いですね 見逃してる事も多いはずですけど
この頃は「工事」では無くて職人さんの「仕事」って感じがします
あんまり変わらないかな でも美術品にまで高められてますね^^
蒼海 さんおはようございまーす
コメントありがとうございます

名古屋城から金山までですか 6kmぐらいはありますよ
強靭な肉体は日頃の鍛錬の賜物なんですね

本当になかなか進みません
短い区間に沢山の事がありすぎてその4にしてまだ2kmしか進まない(涙)
今回は、金山ではなく途中寄り道もしますが 神宮前駅が終点です
3月にはならないようにしますので見捨てずにお付き合いください^^
広報ミヨっちゃん おはようございまーす
コメントありがとうございまーす

ぼくもウロ覚えですが
セームは革だったと思うので大丈夫かと
この件に関しては調べずに白黒つけたくないです
美少女剣士もカフェオーレは飲んだはずですし^^
いちしんふたば さん おはようございます
コメントありがとうございます

霊感なんてカッコいいものではなくてただのビビリなんです
お地蔵さんが祀られてる場所は大抵 誰かが亡くなられた場所
清水の舞台から落ちた辺りには何体ものお地蔵さんがいますし
渡船時代からの事故も含めて橋にも結構な確率でお地蔵さんが祀られています
なので目が合えば手を合わせるようにしているぐらいです

親柱ですが橋の入口両サイドにある欄干の柱です
なんで親柱(おやばしら)と云うかはよくわからなくて
これは自分の考えですから違うかもしれませんが
神社の鳥居が最初で 入口を示す門柱に簡略化されて
橋の入口にも据えられたのではないのかなと思っています
橋は建物と違ってどちらも入口だから両方にあって
欄干につづいていく間柱を子と例えれば要の柱と云う意味で親柱。
なんて考えたことがあります^^

特別な飾り付けに関しても 今は作者のコンセプトが込められたり
郷土的なわかりやすい装飾もありますが 
元はやはり神社の廊下とかの欄干が木製で木口からの水の侵入を防ぐ為につけられた
「擬宝珠」がエスカレートしてったんじゃないかなと思ってみたり
でも誰も詳しく調べてくれないので本当の事はなんにもわかりません すみません^^

鉄の橋をたまに見かけると
なんか嬉しいですね
作りで強度の分散の仕方とか
設計者の意図を感じますからね
この辺りって、僕は通るだけで
あまりゆっくり見たこと無かったなあ 
加夢 さんこんにちはー
そうなんですよ 鉄なんです 男子の憧れは
今はコンクリートが強くなってコンクリばっかり
あんまりにも強いから重量を下げる為に中空にしたりして余裕かましてます
まぁコンクリートもアーチとかだとかっこいいんですけどね
これだけちょこまかしてたら鉄のドデカイの見たくなりました

> この辺りって、僕は通るだけで
> あまりゆっくり見たこと無かったなあ 
納屋橋饅頭を車とめて買わなかったですか^^
 
こんばんは~!
天満橋、なかなか風情のある橋ですね^^
続編に期待です(^○^)
かっぱのしんちゃん おはようございまーす
コメントありがとうございます

数が多すぎて、なかなか進まないので
本人ちょっと飽きてきた感じですが
こんなのにも毎度お付き合い頂きましてありがとうございます^^

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