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  04 ,2021

プロフィール

小々次郎

Author:小々次郎
SR400 に乗っておっかなびっくりいろんな所に出かけては、いろいろ感じる 50代。

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Category: 2019年12月31日  隅田川

Tags: ---

本文: 13  Trackback: 0

隅田川 その2
「新豊橋」に影を落としていた大きなマンションと隅田川の間には 赤いアスファルトで遊歩道が整備されていて 朝からジョギングしている人や Kさんよりもっとしっかりした いわゆるロードバイクの人達が 朝日を眩しそうにしていた。 大きく右に曲がっていくように見えた隅田川は もっとも荒川に近づいた地点でもう一度右にカーブしていき 半径300mぐらいの半円を描くことになって その半円の終点に「としまばし」も 水面とそんなに離れない位置に 若々しく架かっていました

PC310122 2

奥に見えている「首都高速中央環状線隅田川道路橋」が 我関せずと隅田川をしなやかに跨いで行く 上弦も下弦も利用して 上路プラス下路 ダブルデッキのワーレントラス。

PC310126.jpg

もう少し右に振ると「五色桜大橋」もいるんだけど「五色桜大橋」は荒川なんで今回は割愛。「豊島橋」の橋上で振り返ると 半径約300mの半円を描いた隅田川と荒川の堤防がもっとも接近したあたり、「天狗の鼻」とよばれる場所に鎌倉時代からつづく「六阿弥陀の渡し」(豊島の渡しとも)があった場所。 そこに1925年(大正14年)木橋の「初代豊島橋」が架けられ またそれも老朽化によって 1960年(昭和35年)に下流の現在の位置にゲルバー式鋼製桁橋の「2台目豊島橋」が架けられました
 
豊島橋

上が現在の地図 「3代目豊島橋」

「豊島橋」
竣工 2001年(平成13年)
橋長 106.7 m 幅員 15.0 m
下路のローゼ

旧豊島橋

図177-2 豊島橋、江北橋付近(1961年3月)出典:KT611YZ-2-247(1961年3月)国土地理院より拝借

1961年の航空写真には初代と2代目が同時に写ってる 現在団地になっているあたりで白く光っている大きな工場の屋根は「日産化学王子工場」で さっきの「新豊橋」が架かってるあたりから すげー煙吐き出してるのが「東伸製鋼東京製造所」とのこと。 この煙は高炉の煙なのか オレですら生まれてないけど イケイケな昭和の風景が見えます


PC310128.jpg

「豊島橋」で隅田川を渡り 今 地図で見ると Kさんとならいけそうな隅田川沿いの遊歩道は「左岸防潮堤耐震補強工事」のため この期間、この区画だけ封鎖されてたのか  現在位置からは「左岸防潮堤」と隅田川に沿って下ること 1k弱。 
 
なごりの川霧に艶をもらった「小台橋」が 冬空に輝きはじめていました 

PC310129.jpg

橋の中の両サイドに歩道があって 川側じゃなく車道側に水勾配が切ってあるのは桁に堰き止められてるからだろうな 欄干の縦格子一本一本に桜の花びらが彫ってあったし 片側2箇所、計4箇所に「納屋橋」ばりのバルコニーが設置してあるから この橋は急いで渡るんじゃ もったいない 一歩に3秒ぐらいかけて バルコニーではテーでも飲みながら 隅田川の水面に心の淵を映して ぼんやりと優雅にお過ごしください

PC310139.jpg

親柱のランプも橋上の街路灯にもバロック建築あたりの雰囲気があるし 歩道には銀杏の葉型にくり抜かれた大理石が敷かれ 車道と歩道の間の欄干にも銀杏の葉が形どられてるのとか 独創性にあふれてる 一見似たような作りの「豊島橋」とは明らかに予算が違うな  調べてみたけど「小台橋みずき通り」が「パリのなんとか通り」と姉妹提携しているっていう噂も聞こえてこなかった

PC310138.jpg

バルコニーから下流側を見ると「尾久橋」と よく見えないけどその奥「日暮里・舎人ライナー隅田川橋梁」が とりすました水面に影を滲ませていました。 

「尾久橋」
竣工 昭和43年(1968年)5月
橋長 431.0m 幅員 24.0m
3径間連続鋼床鈑箱桁橋

PC310148.jpg

南詰めの上流側には この状態で空を見ると腹筋一番辛いんじゃないかな?  頑張っている「空を見る少女」像がマゼンダピンクのかわいい花に応援されていました 寒いのを我慢すれば今日の空は見上げるのに打って付けだけど 雨の日もあるよね

でも瞳を覗いてみたら 若いのに悟りの境地に達していた まさに開眼 心の奥までハレ渡ったような瞳だったから 意地悪なことを云ってごめんね

PC310150.jpg

「小台の渡し」(尾久の渡しとも称された)があった場所。 江戸時代より江北や西新井、草加方面への交通の要所として賑わっていた この地域は古くから洪水が多く 沿岸付近は他よりも台地になっていたから「小台」と名付けられたとアル。 明治、大正、昭和と時代の流れとともに交通量が増加して渡し船での輸送に限界がきているとして 1933年(昭和8年)初代「小台橋」(ゲルバー式鋼鈑桁橋) が完成すると小台は一躍新興商店街になりました やっぱり橋って偉大だ フフン。

「小台橋」(おだいばし)
竣工 平成4年(1992年)
橋長 122.0m 幅員 15.0m
下路の鋼ニールセンローゼ橋 1連

d01000814_1.jpg

「小台の渡し」 足立区のホームページから拝借


結局3本しか進まなかったけど 隅田川 その3につづく


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Comments

こんにちは~!
ふだん橋のことはほとんど意識しませんが、
いろいろな物語や歴史があるんですね。
「空を見る少女」、腹筋バキバキに割れますね^^
かっぱのしんちゃんこんにちはー
コメントありがとうございます

地域の生活には欠かせないものですし
昔から都なので隅田川に架かる橋はいろんな歴史がありますね
関東大震災後の都市復興事業により架橋された橋が多いです
最近女性でも腹筋割るの流行ってますね
もう自分はお酒やめれたとしても割れることはないです(涙)

小台橋 ホントに鼻歌を歌いながら渡りたいオシャレな感じですね。
昔と今の航空写真の比較も面白い~。曲がりくねった川の流れを見てると、大雨や台風の時の荒ぶる姿がちょっとだけ想像できますね。昔の人は大変だったなぁ・・・。
「日産化学王子工場」も「東伸製鋼東京製造所」も、どちらも同じ場所に今もあるのかな。日産化学王子工場の建物は洗濯ばさみみたい(^^)
わあい。「ハレマスヨウニ」に小台橋登場♪光栄です。嬉しくなります。
(^^)ほんとに特別ゆっくり渡って、バルコニーで立ち止まってもらっちゃった。
エコヒイキしていただいて、ありがとうございます。
スペシャルテーを入れてお届けできたらよかったです。
いろいろ勉強になりました。
そうか、センスがいいかどうかは別として
言われてみればお金かけて作ってあるんですね。
腹筋少女は、落書きされて今の色に塗り直しされたみたいです。
たぶん根性あるから、あんまり気にしないと思うけどね。
それも一度じゃないのかもしれません。(^^)
去年の暮れはバルコニーから、誰かダイブしたらしくて緊急車両が来てました。
消防署の人が川に入って救助して…生死は知りません。
真夜中に車道でスノボをする集団がいました。生死は知りません。
ランニングする女性が橋上で殴られた事件もありました。
バルコニーはゲロもよくあるけど、お盆のお供物も毎年置かれます。
月がよく見えて、桜の時期は花筏ができます。
嫌なものもいいものもあるのが、橋だし川ですね。
小々次郎さん、ありがとうございました。ほくほく。
天狗の鼻に見えますね!!
航空写真とか地図とか見ないと気付かないんだろうけれど
いいネーミングです。
腹筋する少女は、角度が絶妙ですよね。
あの角度維持したら翌日の筋肉痛が不安です( ;∀;)

それにしても案外最近まで渡し舟ってあったんだということに驚きです。
橋ってほんとに偉大です。
あけぼうさんおはよーございます
コメントありがとうございます

言葉足らずで申し訳ない 正式には「日産化学工業王子工場」が公害問題で千葉県の袖ヶ浦に移転して 跡地に「豊島5丁目団地」が1972年〜1973年(昭和47年〜昭和48年)に12棟完成しました 洗濯バサミは14階建ての団地です 「東伸製鋼東京製造所」は解散しているようです 1961年は高度経済成長期ど真ん中ですから めちゃめちゃイケイケです^^

玉坂めぐるさんおはようございます
コメントありがとうございます

えへへ えこひいきしたのわかりました?
震災後にランプの形状が変わったとの情報を頂いておりました
前の方がよりお金がかかっていたのかなと現場で思いました
「小台橋」竣工の1992年(平成4年)はバブル崩壊後ですが
計画段階ではバブル経済真っ只中でしたでしょうからゴージャスですね

レンガ作りのおじさんが私財で「あらかわ遊園」を作ったとか
そのあらかわ遊園は改装中だったことや「船方神社」に参拝したこと
もっと話したいことがいっぱいある 歴史深いいい町内ですね

実は「小台橋」で検索するとつづけて「事故」と出ます
「小台橋」からつづけて荒川を渡る橋はないので交通量は「尾久橋」より少ないはずなんですけどね
都会らしい事故や事件なんでしょうけど 「橋」は事件に巻きこまれやすいです
自分が伺ったちょうどその時期です ダイブした人は酔っ払いですかね

いずれにしろ大役果たせてなによりです^^


misachi68さんおはよーございます
コメントありがとうございます

天狗の鼻 それこそ神の目線ですよね 名付けた人
隅田川も思いっきり蛇行して みなさん蛇行に付き合って生活しています
荒川放水路ができるまでは痛い目にあってるでしょうね

「空を見る少女」ですw まぁ「鍛えながら」をつけてもいいですかね
 
木曽川には今も渡し船ありますけど 今は観光目的ですね
もちろん昔からの木橋はありましたけど近代橋は鉄道が先でしたから
渡し船の時代は長いです それとたくさん亡くなったでしょうね
橋は偉大です^^

橋にも色々あるんですなぁ( ゚ω゚ )

橋好きの貴方には是非とも奈良県十津川村の吊り橋を
SRでバキューンと渡ってほしいものであります( ー`дー´)
再びおじゃまします♪
いやあ、ほんとに丁寧なフィールドワークなんですね。
船方神社なんて、地元の人もあまり知らないと思います。
http://konnakao.blog96.fc2.com/blog-entry-1220.html
実は不思議の国なのにね。(^^:)

私も最近知ったのですが隅田川、荒川周辺には、
聖武天皇のころからの「足立姫伝説」っていうのがありまして
義母にいじめられた姫とその11人の女官の入水の伝説なんですが
たぶん江戸期それ以前も、川の氾濫のたびに治水工事の犠牲のたびに、
この姫の千年の祟りをみんな思ったみたい…(玉坂の持論ですけど)。
船方神社の裏手にも、彼女らへ鎮魂の碑らしきものをみました。
川沿いのかなり広範囲に、伝説への祈りや鎮めの気配をかんじます。
「はるのうららの隅田川」うららかですが
先人の治水工事の犠牲を思うとほんと有り難いです。切ないです。
ほかにもね・・・謎の金属片の社っていうのがあるんだけど…
あ・・・きりがないので、そのうちまた。(^へ^)スイマセン


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rossiさんおはよーございます
コメントありがとうございます

電車もバイクでも車でも自転車でも徒歩でも橋がなかったら大変
用途にあわせて色々ありますね ありがたいことです

奈良県十津川村の吊り橋をググってみたんですけど
SRは乗り入れ禁止みたいです 橋上は禁煙ですし
でも行ってみたくなりました ありがとうございます^^

玉坂めぐるさんおはよーございます
コメントありがとうございます

何年か前に購入した隅田川の橋に関する書籍に「船方神社」が載ってました
「船方神社」に広岡幾次郎さんが寄進した煉瓦造の神輿庫があると書いてあって
この広岡幾次郎だか広岡勘兵衛さんだかが「あらかわ遊園」を作ったとも 写真付きでした
レンガの積み方がイギリス積みでもフランス積みない小口積みだったので興味を持ちました
もうお抱え外国人の影響のない時代なんだなと まぁ橋脚と建物では違うんでしょうけど

「足立姫」気の毒でしたね いつの時代もいじめがって 自殺しちゃうんですね
本人は繊細な人間だから自殺なのに 怒り祟っているふうに思うのは悪いことした側の考え
生贄とか、自然災害にまともに目を向けない時がありますね 物語は楽しいですけどね

我にかえってからの治水工事での犠牲を思うと本当ありがたいですし 切ないです
木曽川の治水工事では薩摩藩士52名自害、33名が病死です 自害はいじめによるものです
感謝して橋を渡ります



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